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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢中育 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 はあ〜、おう、おはようつぶらや。今日はやけに元気そうじゃないか?

 俺か? いや、なんだか寝つきが悪くてな。おまけに、見た夢も今一つ面白くないものだった気がするんだよ。今となっては輪郭がぼやけちまって、はっきりしないけどな。

 つぶらやは今まで見た夢、どれくらいのものをはっきり覚えている? 正直、八割以上はぼんやりとした形で、輪郭を思い出すのがせいぜいだろ。日記とかにメモしているなら別だけどな。

 一説によると、見た夢を忘れるようとするのは防衛機能のひとつらしい。人間、ショッキングなことがあると、脳がそれを現実と認めたがらず、また受けるダメージをやわらげるために、忘れようと努めるんだそうな。

 でも、意識が覚えていなかったとしても、肉体が覚えていることがある。起きた時、妙に身体のどこかが痛かったりしないか? 寝相が悪かっただけっていうのが大半だが、ごくまれに別の要素が絡んだりするんだ。

 それについて、俺が体験したことがある。ちょっと聞いてみないか?


 それはとある午後の授業でのことだった。

 給食を食べて、昼休みを挟んでとなると、午後の一コマ目は眠気が襲ってくる頃合い。クラスの3分の1くらいは、机に突っ伏したり、舟を漕ぎながらシャーペンで象形文字を書きつけたりしていた。

 俺自身もうつらうつらしていたんだが、隣の奴なぞは開いた教科書に顔を押し付けて、完全に撃沈していた。黒板に向かう先生は気づいていないのか、それとも思うところがあったのか、特に注意をすることなく授業時間が進んでいく。


 ちょうど残り時間が半分ほどになった時だ。その突っ伏していた奴がびくりと肩を震わせて、急に起き上がった。ただそれだけなら注目を集めなかっただろうが、問題はあいつの口と突っ伏していた場所にあった。

 あいつの口の周りには、赤いものがべったりと張り付いていた。給食のミートソースが残っていたにしては、いささか時間が経っている。それにミートソースというより、ケチャップと見紛う赤さだ。開いた教科書のページにも垂れている上に、どこか鉄のような臭いが漂っている。そしてあいつの歯もすっかり赤く染まってしまっていた。

 ケガをした。そう思ったのは俺だけじゃなく、授業はいったん中断。保健委員に連れられて、あいつは教室を出ていった。


 保健委員はさほど時間をおかず戻ってきて、授業が終わる前にそいつ自身も帰還する。保健の先生に調べられたらしいけど、口周りに外傷はなし。簡単に身体も見られたけれど、先生の判断じゃ内臓を傷めているように思えなかったとか。

 一応、学校が終わったら病院で見てもらおうかと考えているようだったが、その時に聞いた話が少し気にかかった。あいつは自分が目覚める直前まで見ていた夢を、だいたい覚えていたらしい。


 夢の中であいつは、かなりの速さで走っていたんだ。姿勢も低く、前にかがんでいるよりも、だいぶ目線は低い。

 周囲に明かりはなかったが、夢の中のせいか夜目はきいた。どうやら自分は立ち並ぶ木立の間を縫い、何度も曲がりながら走っていたんだ。時間が経つにつれて、鼻にも臭いを感じるようになってくる。

 獣の臭いだと思った。動物園などで見る時の、体毛に己のフンがこびりついたまま放つ、あの異臭にそっくりだったんだ。それでも夢の中の足は止まることなく、臭いはどんどん強まっていく。

 やがて、自分の前を走る影が見えてきた。それは四足歩行で犬とも狐ともつかない獣のもの。いささかも勢いを緩めることなく、こちらを振り返ることもせず、前へ前へと飛んでいく。それでも追っているこちらの方が早い。

 鼻先が、逃げる相手の振り上げる足に触ろうかという間合いを詰めたあいつは、大きく前へ飛ぶ。その体はぴったりと相手と重なってのしかかり、押しつぶす。地面にへばりつき、身動きが取れなくなった相手に対し、あいつはその首へ迷うことなくかみついて、そこで目が覚めたらしい。


「そこからは見ただろ? 俺の口の中は血でいっぱいだったんだ。俺自身のじゃない、誰かのものでさ。鼻血とかで、自分の血が口に回ってきた時に、味わった奴とかいる? あれよりももっと獣っぽいというか、まるで馬刺しの臭いを何倍にも強くしたような感じだったんだよ」



 その話を聞いてからというもの、クラスではちらほらと、似たような夢を見る奴が出てきた。不思議とその夢を見るのは、男子に限られていたんだ。

 半分ほどはあいつと同じ、獣を追いかけてかみついたところで終わるんだが、残りの半分は違う。木に登ってそこに成っている実を片っ端から落とし、口の中にくわえていずこともなく去っていく途中で覚醒するパターン。動きが全くなく、暗い洞穴らしき場所でうずくまり、目の前の毛がついた肉を、延々かみちぎっていくパターンなどだった。

 ある獣の生活をトレースする夢だと、皆は噂し出したが、特に肉をかじった面々については、やはり歯に血がついていたらしい。

 俺は件の夢を見ることを、どこか心待ちにしていたねえ。いつ見てもいいように、口にはぴったりサイズのマスクをつけ、早めに布団へ入る。これまではだらだらと夜更かしして親にどやされていたのが、楽しみひとつでこうも変わるかと、我ながら驚いたものさ。


 そして一カ月ほどが経ち、ようやく俺もそれらしく夢を体験する。

 話に聞いていた通り、俺の目線はかなり低い。四足歩行の獣のもので間違いないだろう。半分以上が走っているところから始まったというが、俺の場合はゆったりとした速さで森の中を進んでいる。

 やがて視界が開けると、岩肌に開いた洞穴が姿を見せた。おそらく肉の解体組がいたところだろう。

 ひとつの夢で2パターン分も拝めるとか、ついてるぞ! と思いながらも、穴の入り口まで近づいたところで、俺はちょっとびくつく。なぜなら、穴の奥から聞こえてくる鳴き声がいくつもするからだ。いかにも威嚇している気配を感じる、喉からのうなり。なかなかに気が立っているらしい。

 臆しかける俺に対し、夢の中の主は悠然と穴倉の中に身体を入れると、「うおん!」と小さく一声鳴く。奥から聞こえてくる鳴き声を、いくらか低音にした響きだ。

 唸り声がぴたりと消えたが、今度は足音がまばらに近づいてくる。その動きは相当に速かったが、夢の中の主は逃げようとしない。俺から見る目にも、夢の主より二回りほど小さい、子犬のような影が四つか五つ、確認できた。


 そいつらは立っている主の、開いた足の中へ次々と入り込んでいく。ややあって、急に俺は乳首をぎゅっとつねられるような感覚に襲われた。それも一定ではなく、自転車のギアを順番に変えていく時のように、段階的に強さが増していく。

 くすぐったさを感じる暇さえなかった。下を向いていると思しき俺の乳首は、ちぎれんばかりに引っ張られている上に、ときどき歯まで立てられているらしい。飛び上がりたくなるほどの痛みが、思い出したように走る。

 俺は「タップ、タップ!」と言わんばかりに、手足をじたばたさせようとするが、どうにもならない。やがてほんのりと、乳首のあたりに暖かいものが垂れる感覚が……。


 やべえ、噛みちぎられたか! と思ったところで、俺は布団の中へ引き戻された。

 ただちに状況を確認。布団を剥いだだけでも、俺のパジャマの上の両乳首の上に、シミができているのが見て取れた。脱いでみると外傷こそないものの、乳首の周りが妙に湿り気を帯びている。ティッシュで拭き取ると、やや黄ばんだ液体ではあったが、臭いはどちらかというと乳製品のそれを感じさせる。

 まさかとは思うが、どうやら夢の中の主は子持ちだったらしい。それも乳飲み子として気をつかわないといけないほど、幼い子供たちを。

 以降、俺は夢そのものを見ることはなかったが、起き抜けに例の液体で乳首周りが濡れていることがしばしばあったよ。引き続き、夢を見る人は現れたが、やはりいずれも男。

 どうして女は見ないのだろうか。ひょっとすると夢の中の主はオスで、あそこはお乳をオスが出す世界だったのかも、と俺は考えてしまうんだ。



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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] 夢が現実に影響してくるのは、ちょっと空恐ろしさみたなものを感じます。 ただ小学生の頃だったら、この周りが同じような夢を見ているとなると、自分も話題に入りたいがために見てみたいになってしまうん…
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