改定最終
ゴイゴイスーな嘘
奥三顎喰中毒
正直あまり聞いていて心地良くは無いと思う。
僕はどうするべきだったか気付けたとしても…。
だから絡まった細糸を解くような慎重さで必死に記憶を探る。
大昔という程でもないのに主観的に見てもとても訊き返したくなる。
まるで現実味がない。
決して私達には分からないけれど、
ただ僕たちはいつからか知れないまま、
世界を何色かもわからない、色の付いた眼鏡で見ていたのかもしれない。
そう思った。
暫くその車は山の斜面に沿って走っていた。
僕と、1人のヒッチハイカーを乗せた車だ。
車と言っても軽自動車で、凱風吹く5月、新緑色の森にはあまり似合わない。
しかもここは岐阜の山中で、太陽も出ているのに人っ子1人歩いていない。
さっきまで日本海を見に行こうとしていたとした僕が何故、岐阜か。
それはこの搭乗者が関係している。
「で、颯斗さんはどこまで行くんですか?」
「いや、もうどこでもいいよ。」「じゃあここまでお願いします」
そう言って、赤信号の間に彼女はスマホのマップ画面を見せて
目的地を示したのだった。
ことの始めの回想。
自分は自動車で国道を走っている。いつの間にか市街地を抜けている。
街灯が減り、景色はもう時刻表がまばらに立っているだけだ。
視界の隅に古びた路上の脇道に紫紺色の服を着た人が見える。
仰いだ空は灰色に染まる事を否まず、時々、人影の下に燻んだ滲みを作っている。
雨降り出す前兆だ。 見えた人影に近付く。色彩の無い背景に不釣り合いな鮮やかなシャツ。
少女頼り無げな日傘を憮然とした表情で掲げていた。バスを待っているのだろうか。
「だいぶ降るらしいです、送りましょうか?」彼女は思案顔をしてから、
「はい、お願いします」と白い歯を見せて笑った。
ええ、ちょうど困っていたので。すみません。いえいえ。
そうして、暫くの間だけ、と思っていたドライブは
彼女の榛色の瞳に気を取られてどこか上の空になっていて。
僕はきっと上滑りした閑談を走らせていたと思う。
彼女の名前は未亜と云うらしい。
「信号が緑です。颯斗さん。」しまった。
はっと声に気づく。信号機の色はもう変わっている。後ろの車は?。
後方をバックミラーを確認するも、山道が広がっているだけだった。
「あぁ、ごめん。」「いえ、違うんです。」違うって何が?
また地図を一瞥し、とりあえず、アクセルを踏む。
したのか、未亜が言い直す。
「あぁ、緑なのに青っていうのは不思議ですよね」そう言われれば確かに。
そこか、成る程。「あまり区別しないかもな。」
でも田舎の方だとまだフィラメントが多いが最近は青みがかったLEDになっている。
そう言えばイギリスの場合は黄色を琥珀色と言うらしい、と黙考に耽る。
「色はどうなんだ?」「そうですね…。」
はっと思い、未亜を見た。顔色はあまり良く無い。
強く違和感を感じる。声が震える。
「祖父ですか?」「抹茶がまっ茶色に見える?」そんな事を言ってしまう。
未亜を見る、あからさまに口を噤む。訝しんでいる様に見える。
でもその度に瞳が映えて見える。
だが、それが彼女には映らないのかも知れない、と憂う。
自分はいやな性格をしている。気付いても遅いな、
ああ、赤と緑を混同している。
腑に落ちる。いやな気がしてはたと膝を打つ。
紫と青の違いに気付いていない様子だった。
彼女の祖父は四色の中継器信号を大阪の地下鉄で見慣れていただろうか?
窓の外に目を向ければ菫が咲いている。山奥には人より守られたものがある。
「もし彼女の瞳の色は父から受け継いだのではない」……どういう意味か。
ふと未亜の顔色を見るとだからか。色素が薄い。コンタクトだとは思わない。
イギリスには、Elizabeth Taylor という女優もいたということを知っている。
でも青色色素の不足によるものだという事も僕は知っている。
もうすぐ目的地だろう。「颯斗さん、私は、生まれつき緑色を認識しづらいです。」
「だからあなたが見ている色とは感覚が違いますよね。」でもそれを私も知っている。
確かに外人ぽかった彼女に目的地を病院に指定されて、地元の人間だという方がおかしい。
そして診察だと思って聞いていなかった。
まさか見舞いだとは思っていなかった。
着いた。病院だった。ただし頭に廃、が付く。
一灯式信号では2色型の場合は見づらい場合がある。
電柱には菫が1束、添えられていた。