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その代わり、力を貸して頂きたい

現在の()()に会いに来ませんか。水仙はそう提案した。


「あなたが先生と呼んでいた若者が、サトシ・ヒラサカ、この並行世界(リバース)への干渉技術を確立した人間であり、そして()()のリーダーです。現実として危機に晒されている以上、あなたはこの世界に関する知識を増やす必要があるでしょう」


一方的に語る彼の言葉をラジオのような非現実感の上で聞きながら、僕は彼に会って何を話せば良いのか、まったく見当がつかないでいた。

長く待ち望んでいたはずの手掛かりを手にした途端、僕は自分のやりたいことがわからなくなっていたのである。


僕の戸惑いを見越してか、水仙が囁くように訴えかける次の言葉は、僕の心を強く揺さぶった。


「そしてあなたは個人的に、彼に聞きたいことがあるのでしょう?」


僕は頷くしかない。あの夜に「先生」の部屋へ消え、世界から消え、葬式で送り出された、ゆかり姉ちゃんを思った。

この老紳士は僕の思念をどこまで見据え、どこまで見通しているのか。

いずれにせよ彼は僕に対して決して共感も同情もしていないであろうことだけが、確かな事実として理解できた。


「――その代わり、力を貸して頂きたい」

「力?」

「六郷の力です。あなたはその血筋に生まれたことで、望むと望まざるに関わらず、並行世界(リバース)干渉の基盤となる六種のフレーバーすべてに適性があると考えられます。それは連合と対立関係にある我々にとって、この上ない価値を持つのです」


水仙の言葉に僕は父親を思う。ゆかり姉ちゃんが消えたあと、血のような夕日に染まって僕を見下ろす父親。


――六の(こう)()べる役割を持つものが、六郷だ。


誰であっても逃れることはできない。あの父親からは逃れることができない。ましてやあの男の血を受け継ぐ他ならぬ僕自身に、逃れることができるはずもない。


僕は水仙の誘いに乗る以外の選択肢を持たない。

そうすることで自身の身にかつて起こった事件の真相を知ることが出来るのではないか、もしかするとゆかり姉ちゃんに会えるのではないか。そうした期待を持っていた。もう生きているかどうかもわからないのに。


(そういえば、あの女の子……)


メルトと呼ばれたあの少女の声は、どこかゆかり姉ちゃんと似ているように思われた。

僕と水仙が言葉を交わしている間、彼女の声は何も語ろうとはしなかった。白黒の世界にどこからともなく響いていた声は、もうない。

そのことを問うと、水仙は「あれはシステムですから」と答え、それ以上の説明を加えることはなかった。



僕たちはそのまま、とある大学の構内へと辿り着く。それは多くの学生と広い敷地を有する、都内に存在する総合大学のひとつである。


「我々の拠点はこの中です」

「大学に?」

「多様な人間が出入りして不自然ではなく、設備もある。ですから、そろそろ」


白黒の世界の中でたった二人、水仙はあたりを手で指し示す。


「元の世界に戻りましょう」



◆◆◆◆◆



元の世界に戻ることは、銀のブレスレット、ATPI を使って簡単に実現可能であった。やり方としては僕が裏側に入っていたときと大きく変わらない。単にそれに触れてちょっと精神を集中し、世界間の移動を意識するだけだ。


僕の視界には、色のある世界が映っている。水仙の言う通り大学の構内にはそれなりの人が歩いているが、幸いにというか、僕ら二人が突如並行世界(リバース)から戻ってきた瞬間を目にした学生はいないようであった。


僕と並んで色のある世界に戻ってきた水仙は、少し感心したような様子で僕を見る。


「うまいものですね。初めてはどうしても時間がかかるものですが」

「まぁ、似たことはやっていたので」


僕が ATPI を水仙に返そうとすると、そのまま持っていてくださいと突き返される。


「それはそのままお使いください。これから、夜介様が戦力になって頂けるようお力添えしますので」


力を貸す、という具体的なイメージが付いていなかったもので肯定も否定もせずにいたが、いつの間にか、確約になってしまっているらしい。

僕が水仙のように、拳でグレースーツの男と殴り合う図を想像する。実にしっくりこない。


「その力を貸す、という話ですけど」

「ええ」

「いまいちピンと来ていなくて。僕が六郷家の人間だから過大評価されているような気もして……」

「ええ。確かに現時点では、夜介様は ATPI とフレーバーを使いこなせているとは言えません」


すっきりとダメ出しをされるのは、むしろ清々しい。

水仙がそのまま歩き出し大学キャンパスの内部へと向かっていくので、僕はその横に付いて彼を追う。この場所で堂々と歩く老紳士は、まるでどこかの教授だ。世代は違えど確かに違和感はない。


「それでも当初――あなたは並行世界(リバース)で、意識はあるにも関わらず、人間の形が()()()()()いた。あれは、おそらく【ボトム】に対する高い適性を示します」


父親の手が、頭上に覆いかぶさってくる光景。


――私は一時的にお前を()()()ことができる。


「ボトム?」

「ええ。【ボトム】とは、一言で言うと()()()()フレーバーです」

「それはずいぶんと……何というか」

「抽象的?」

「ですし、中二病ですね」

「はは!」


僕は、水仙が声を出して笑う顔を初めて見た。

くしゃりと笑うと笑顔の中に皺が目立ち、この老紳士が重ねてきたであろう年月の片鱗を感じ取ることが出来る。


「それに関しては、ヒラサカの趣味と言うほかありません」

「先生の?」

「ええ。もともとこれらの【フレーバー】の名称も、素粒子物理学におけるクォークから彼が拝借したものです」


先生らしいというか、何というか。ゲーム大好きで口が悪い白衣のメガネを、久方ぶりにちょっと身近に感じる。


僕たちは学内を歩き、食堂の前に到着していた。日が落ちて、時刻はちょうど夕飯時らしい。晩飯を求める学生がざわざわと学食に集まって来ている光景が見える。


どうやら僕たちは夕飯を取る流れに向かっているらしい。僕はその前に、本格的に腰を下ろして状況に適応し始めてしまう前に、老紳士に聞いておきたいことが合った。


「ところで、その、僕が()になると言いますが……どこまで科学で、どこから先生の妄想なのか。いまいち」


あなたが拳に白い光を纏って、スーツの男と戦闘を繰り広げるところは見ましたけど。

結局のところ、僕には何ができて、何を期待されているんです? 心の中で付け加える。


「それに関しては、彼女に教えてもらうといいでしょう」

「彼女?」


水仙は少し遠くに向かって、軽く手を振る。学食の前で入口近くの扉に背を預けていた女の子が、僕たちに手を振り返す。


オープンキャンパスに来た女子高生。それが僕の第一印象である。

なぜならば彼女は、紺のセーラー服を来てその場にいたからだ。黒い髪を肩口に切り揃えている。


「えっ……高校生?」

「さぁ」

「さぁ?」


僕はオウム返しに聞き返しながら、隣の老紳士を見る。彼はニコニコと微笑むだけで、何一つ僕の違和感を解消してはくれない。

混乱した頭のまま、僕はその女子高生(仮)の方に向かい、挨拶を交わすハメになる。


「彼女はアザレア。れっきとした、()()のメンバーですよ」

「……」


アザレアと呼ばれるその女子高生(仮)は、親しみでも敵意でもなく、僕を観察するような目つきで見回してくる。黒の髪に黒の瞳に、黒に近い紺のセーラー服。多様な人間と水仙は言ったが、様々な人間がうごめく大学キャンパスとはいえ、周囲からやや浮いていることは否定できない。

むしろどう見てもふわふわ女子大生感のある花さんの方が、この場に違和感なく溶け込むだろう。


「よ……よろしく」


僕は自身を観察してくるアザレアこと女子高生(仮)に対して、ぎこちなく社会人としての笑顔を向ける。

無言の彼女とは正反対の、淡々とした、それでいてやや面白がっているような水仙の言葉が覆いかぶさる。


「アザレア、この方が六郷の夜介様です。これから我々に協力してくださいます」

「うええ……」


心底嫌そうな声色。それが、僕がアザレアから向けられた最初の感情であった。

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