第21話 天西 鈴音(私)の見た世界 ⑧ 『同調』
うぅ~~~っ!!!
戻れ~っ! 身体よ動け~っ! ――と、つながってる糸に、必死になって強く念じる。
「――――」
変化なし。 たび重なる激痛で意識を失ってしまった私の身体に、再び意識が戻る気配がまるでなかった。
それとも、私は……無意識の内に、心の中で彼女に怯えてしまっていて、それが原因で意識が戻らないのかもしれない……。
だって、私は――彼女の目を見てしまったから……。
それはまるで、人を傷付け……殺めることに何の躊躇もないような……そんな目を、していて――。
「―――っ」
ハッとなり、意識を切り替える。
今、そんな彼女とかっきちゃんが対峙してる……!
私にとっては、そっちの方がよほど重要で、深刻なことだった。
かっきちゃん……。 今、どこ……?
どこかケガとかしてない……? 無事なの……!?
「………っ」
この世界では呼吸する必要がない。
それなのに、何故だかとても息苦しく――まるで胸が締めつけられているような錯覚にとらわれてしまう。
少しでもかっきちゃんの様子が知りたい……っ。 今――すぐにでもっ!
必死になって、そう考え続けていた時――。
『――――』
私の指先から伸びていた別のもう一本の糸が、漂うように……上に向かって伸びていく様子が、自然と目に入った。
……手伝ってくれるの?
――お願い……っ! かっきちゃんを探すのを手伝って!!
『――――』
そんな私の想いに応えてくれたか、その糸が勢いよく上に向かって伸び、あっという間に先が見えなくなった。
「………」
そう言えば……と、自分の手を何度か握り返してみる。
少し前までは、指先の一本すらまともに動かせなかったこの身体が、ほとんど現実と大差ない――普通の状態で動かせるようになっていたことに気付かされた。
……けど、そんなことよりも今は――。
すぐに思考を切り替え、伸ばした糸の先に全ての意識を集中させる。
「――――」
「――――」
あれから一体、どのくらいの時間が流れたのか……。
1分だったかもしれないし、10分か、1時間以上過ぎているかもしれない……。
それはともかく、今の私はかっきちゃんのことだけで頭の中がいっぱいで、時間のことなんて気に掛けている余裕なんて欠片もなく、意識を集中させ続けていた。
……けど、そのかいもあってようやく――。
「―――っ!!」
瞬間、私にいきなり訪れた変化。
何、だか……。 急に視界がボヤけて……――っていうより、二重に見えてる?
こうして見えてる景色はそのままで――それとは違う、新たなる別の景色が頭の中に入ってくる。
「――………っ」
重なって見える二つの景色に対し、私の意識の向ける先を一方に傾けると、それに比例して見える景色の比率も変化する。
「――――」
その要領で意識の比率を変え、新しく見えた方の景色をより鮮明にさせて、いく……。
「―――っ」
瞬間、ビクッってなったけど、違う……。 ガラス越しのベッドに横たわってるのは――さっちゃんだ……。
ここって……集中治療室? みたい、な……。
「――――」
――そうだ。 ここって私が入院してた病院にもあった、無菌室にいる患者さんがお見舞いに来た家族とガラス越しにでも面会できるようになってた、そんな部屋、で……。
つまり、さっちゃんは一命を取り留めたものの……無菌室にいないといけないほどの重傷を負わされた、ってこと……?
っ! それじゃあ、そのさっちゃんのすぐ近くにいたかっきちゃん……って――。
「――――」
そこまで思い至ったところで、ふと視界に入ってきた。
――このガラス越しに反射して見えてるのって、かっきちゃん……?
これって、もしかして……かっきちゃんがいま見てる景色……なの?
――っていうか、かっきちゃんは大丈夫!?
無菌室の中にいるさっちゃんを見守っているのだから、さっちゃんよりかは重傷じゃないってことだけはわかる。
――けど、それでも心配なものは心配だった。
さっき……意識の比率を変えたら、視界がより鮮明になった。
だったら、その比率をもっともっと上げれば、かっきちゃんの状態だってわかるかも――。
要領はさっきので大体つかめたし、今度は――その意識の強度だけをより高めようと試みる。
「――――」
「――………っ」
――ズキリとなり、腹部に感じた鈍痛。
この……痛み。 まさか、これって……かっきちゃん、お腹でも蹴られたりした……とか?
「――――」
あれ……? 今……私、何か……。
胸の奥に、ふつっと何かが湧いたような気がして、そこに手を当ててみる。
「………」
気になりはしたものの、今はそれとは別にもっと気に掛けるべきことがあった。
『――……………――――………』
さっきからこうして耳に届いて聞こえるのは、あの彼女の声。
どうやら今の私は、景色が見えていただけのさっきまでとは違い、周囲の音まで聞こえるようになったらしく――。
『――――』
何だか声が少しこもった感じで聞こえて……――これって、録音された音声?
「――――」
そうして……流れ、聞こえ続けたその内容は、天西 鈴音さんの――ううん……天西家一族の壮絶な人生の軌跡だった。
「………」
これが本当だとしたら、ひどい話……。
私の身体の本来の持ち主、天西 鈴音さん……。 そのご家族に、そんな過去が……。
それにしたって、話してる彼女の方も彼女の方だ。
同じ女性なのに、よくもあれだけ……あんな、いかにも楽しそうな物言いで――。
「――――」
変化は、突然訪れた。
今までずっと、一点を見つめたまま……ぼーっとなって動かなかったかっきちゃんが、胸元に入れてあったメモ紙にチラッと目を通したかと思った瞬間、いきなりスクッとなって立ち上がった。
そして――近くに立て掛けてあった竹刀を片手に、すぐさま病室を出て廊下へ。
そのまま、ガラガラッ! と、正面の窓を開け放ったかと思うと――。
「―――っ」
その窓枠に、無造作に足を掛け――。
「――――」
そこから、垂直に自由落下した。
――え? え?
あまりにも突然の事態に頭が全くついていかず――。
――まさか自殺!?
「―――っ」
そう思った瞬間、すぐにかっきちゃんが空中で落下スピードを自在にコントロールし、危なげなく落下していくのが体感で伝わってきた。
かっきちゃん……こんな――ろくに足元も見ないでワザと窓の縁にかかとを当てながら落ちて……。
――すごい……っ!
こんなことを軽々と――ごく当然のようにやってのけるかっきちゃんにの行動に驚きの感情を禁じ得ない。
「――――」
最後に――かっきちゃんは植え込みをクッション代わりにしながら着地した後、そこから少しも止まることなく中庭を駆け抜けていく。
――かっきちゃん!? そっち、行けないよ!?
そこには身の丈倍以上もある、コンクリートのフェンスと樹木――それが目の前に広がっていて――。
「―――っ!」
「――――」
次の瞬間、たったのひと蹴りで木の枝まで到達したかっきちゃんが、そこからさらに跳躍して軽々とフェンスを飛び越え、その姿が月明かりのもとに照らし出された。
「――………」
全くもって、意味がわからなかった……。
「――――」
そんな……今のかっきちゃんには迷いが全くなく、細い路地裏を一直線に駆け抜けながら、ある方向を目指し続けてる。
――けど……あれ……? この、方向って……。
偶然だと……間違いだって信じたい。
今のかっきちゃんの状態と位置情報はこうして把握してるけど、気を失っている本体の位置だってもちろん認識している。
そのふたつの距離が……今、ありえないスピードで縮まってる……。
というより、かっきちゃんの方から一方的に距離を詰め続けてる。
「――………っ!」
動揺が……心の震えが止まらない……っ!
かっきちゃん……っ。 まさか竹刀だけ持って……それで、たった一人で乗り込む気……!?
――ダメだよっ!! 私なんて放っておいて!! かっきちゃんさえ無事なら、私はそれでいいんだから……っ!!
かっきちゃんっ!! 戻って!! 今すぐにでも!!!
「――――」
届いてくれない、悲痛なる私の叫び。
「……――はっ!! はっ!! はぁっ!!!」
それと同時に、こうしてかきちゃんから伝わってくるのは、ありえないほどの肉体の疲労と、呼吸の乱れ。
――かっきちゃん……体力の配分なんてこれっぽっちも考えてない……。 ただ、ひたすらに全力で……。
「――――」
こんなの……思ったら……考えちゃいけない……。
……でも――!
「―――っ!」
目的地を目視したからか、元々限界近かったスピードがさらに増し――。
「―――っ!!」
図書館正面のボロボロだった木製のドアを一撃で蹴り砕き、中に突入した。
「――――」
やっぱり――というか、当然のようにかっきちゃんは待ち構えられていて、三方向から同時に襲われる。
――かっきちゃんっ!!
瞬間的に声を荒げた私だったけど、やっぱりその声はかっきちゃんのもとまで届いてくれない。
けど――。
いつの間に手にしていたのか、かっきちゃんは突入した勢いそのままに――。
「――――」
竹刀のたった一振りで、襲ってきた三人を迎撃し、真正面から叩き返した。
『――………っ!』
そのかっきちゃんの一撃を受けた三人が息を呑み、同時に気圧された感覚も伝わってきた。
――うん……。 ここにいる人達じゃ、たとえ銃を使っても今のかっきちゃんを止められない……。
それだけ――今のかっきちゃんとの間に明確な実力差がある……。
「――――」
かっきちゃんはそのままチラリと周囲を一瞥させ、目的のモノがないと見るや、すぐにまた駆け出す。
目指した先は、目の前の階段。
「―――っ!!」
かっきちゃんの動きを見た後から、残りの三人も慌てて動き出すけど、もう遅い。
今のかっきちゃんには誰も追いつくことができず、そのまま階段を駆け上がり――。
「――――」
ダンッ! と、最初に視界に飛び込んできたのはかっきちゃんを待ち構えていた、あの彼女と――。
鎖で拘束されてる私――天西 鈴音さんの姿だった……。
――見ると、私は白いドレス姿に着替えさせられていて、深く斬られた四肢や目元にはおざなりに包帯が巻かれ、とりあえずの治療をされていたようだった。
「――………」
かっきちゃんがじっとなって私のドレスの胸元に視線を合わせ、その様子を黙って見つめる。
見ているのは肩や胸が上下する動き……。 私の呼吸を確かめているようだった。
「――――」
かっきちゃんは一度だけ安堵したように小さく息を吐き出した後、その視線を今度は彼女へと向けて対峙する。
後から追いついた三人も続けて2階に駆け上がってきたようで、もう逃げ道もない。
「――――」
その後、彼女との会話の中で発せられた、かっきちゃんのひと言――。
「アンタをここで倒せばあの人は助かる……――でしょ?」
「~~~~っ!」
だから……思っちゃいけない……っ! そんなこと絶対考えちゃいけないって、わかってるのに……っ!
私がそう考える間にも続く会話の中で、最後に――。
『――それが私の戦う理由だ』
「――――」
その言葉がトドメだった。
「……――~~~~っ!!!」
私は最低だ……。 最低のお姉ちゃんだ……っ。
間違いなくかっきちゃんは今、この日本で最も危険な死地にいる……!
頭では、そう理解してるのに……っ!
「――――」
ありがとう……かっきちゃん……っ。
助けにきてくれて、ありがとう……っ!
私……すっごく嬉しい……っ!!
――……でもっ!
「――――」
そして、とうとう始まってしまったかっきちゃんと彼女との戦い。
今のかっきちゃんの動きはありえないほどに速く、ありえないほどに強い。
けど――戦うその相手が、さらにありえないほどに強かった。
私は、何にもできない……。
かっきちゃんが私のために戦い、ただ傷付いていく様子を黙って見続け、それを一緒に体感してあげるぐらいしかできない……っ。
そうして、激しさを増す戦いを見守っていた……その、最中――。
「――――」
『――――』
――おねーちゃんっ!!!
『っ!? かっきちゃんっ!?』
何だか一瞬だったけど、いきなりかっきちゃんと出会えた。
一体何が原因で、どうやって――とか、理屈は全然わからない――けど……。
かっきちゃんと私が、何だかすごく深い所でひとつになれた。
そんな感覚だけが、胸の中に残った……。
『――――』
「………っ!」
あ……れ……?
不意に襲ってきた頭痛とともに、見ていた映像が一瞬途切れた。
これって、かっきちゃん自身から伝わってくる疲れとは別の、疲労……?
身体が、重い……。 元々苦しかった呼吸が、さらに息苦しくなったような、そんな感覚……。
「―――っ」
それは――再びかっきちゃんへ意識を向けるとさらに悪化する一方で、再度映像が途切れた。
――というより、も……。
「――――」
まるで太陽のように……すごく遠くにあるものとして認識していた、下にある濁流……。
一本一本がまるで巨大なビルのようである濁流の集合体が――私のすぐ足元で暴れ狂っていた。
足元――とはいっても、それでも数キロ近くは離れてる。
それでも、私が今まで見慣れていた場所からすれば相当に……かなり近い。
そして、私は知ってる……。
アレに触れた魂は粉々に砕け、完全なる死を迎えてしまう、ということを……。
「――――」
こうなった原因はわかってる……。
今もこうしてつながってるかっきちゃんとのリンク。
これを切断すればいいだけの話だ。
わかってる……。
そんなの……できるハズもない……。
今の私は何もできず、こうして戦ってるかっきちゃんをただ見守ることしかできない。
それなのに、その見守ることすらできなくなるのだったら、見続けた方がまだマシだ。
大体にしてそもそも、見ることをやめたらこの状態が良くなるって保障もない。
それだったら……私は――。
「――――」
「――――」
うぁ゛~~……。 頭が、ぼ~っとする~……っ。
それに何だか、力まで……抜け、て……。
「―――っ!」
不意に足元から伝わってきた、圧倒的熱量に似た何か。
気付くと――そのまま落下し続けていた私の身体は、濁流のすぐ真上まで迫っていた。
『――――』
そして、ついには――大きく伸びたビルのような一本の光の束が、私目掛けて襲い掛かってきたっ!
「―――っ」
怖い……っ! ――でもっ、今のかっきちゃんは、私なんかよりももっと怖いんだからっ!
最後まで逃げずに立ち向かうっ、そのつもりで向かってくる光の束を必死になってにらみつけ――。
「―――っ!!」
「――――」
激突寸前、目の前の光の束がいきなりピタリとなって止まった。
「――………?」
よく見ると、巨大な光の束の前にある――人型のような何かが私の間に割り込み、それを受け止めていた。
女の、子……?
こうして見えてるのは後姿だけど間違いない。
少し手を伸ばせば触れられそうな目の前の距離に、背格好も私と同じぐらいの女の子がいる。
「――――」
その女の子が、片手を前に突き出したまま振り返り――笑顔。
「―――っ」
一瞬、鏡かと思った。
だって、それは――。




