キいてみました
橋本くんはいつも、クラスメイトの中で最後に登校してくる。ギリギリすぎて担任といっしょに教室に入って来るぐらいである。
「おはよう」
例にもれず、ギリギリ登校の橋本くんに今日は初めて声をかけた。
眠たげな目と視線を会わせれば、少しだけ彼の糸目が開いた。
驚いた様子だった。
「……はよー」
気の抜けた、眠そうな声がぼそりと帰ってくる。
やった。
割りと緊張したが、ふつうに返事が帰ってきたことにグッと小さく拳を握った。
彼はいつもの調子で、授業が始まると寝て書いてしていた。
ちらっと見たノートは、不器用な字でもちゃんとまとめていた。何だか意外ときちんとしている。
この高校は偏差値が低いため、授業もそれ用に対応している。
数学は四則計算、英語はローマ字から始まった。バカにしているのかと思うかも知れないが、ボンクラ校の生徒はここからつまづくものが必ずいるらしい。
現国の音読など漢字が出るたびつまづくものがいる。This is a penの和訳ができないものもいるし、プラスとマイナスの概念が理解できないものもいる。
6限目、現国の授業での小テストは、採点を隣同士で行うこととなった。
「よろしく」
すっと横から橋本くんがプリントを差し出してきた。
「あ、うん。私のもお願いします」
交換した彼のプリントには、空白や途中で書き捨てた文字が散らばっている。
苦手なのかな。
彼の方を見ると丸しかしてない。
自分はというと、ペケだけでは何となくそっけないような気がして、折角だから全部答を書き写していく。きれいな字で。
「……はい」
丸しかついてないプリントが帰ってきた。
「ありがとう」
こちらは赤い漢字だらけのプリントを返す。
授業はこれでおしまいだが、彼が思い付いたように聞いてきた。
「これ、なんて読むの」
予想外の質問に、彼の指を追えば私の名前を指していた。
「わしづといいます」
「こっち」
彼の指が下にずれた。
「ともです。わしづとも」
「へー」
反応はそれだけである。
「橋本くんの名前は、なおたかなの?それともなおき?」
「直貴」
知ってます。橋本直貴くん
「よろしく」
「……おう」
隣人にはなれたのではないでしょうか。