8.< ごまかし >
一ヶ月もチャットをしていると、バーチャルとはいえ、親しい異性が数名いた。
チャットの時の流れは、速く感じるもので、
1週間ルームに行くと、その何倍もの時間に感じる。不思議な異空の時間の流れであった。
ゆえに、毎日チャットルームで会い、何度も会話をすると、
すごく親しい友人に感じるのが常であった。
おそらく、それが、ネット独特の「錯覚」というものだろう。
意気消沈しているこの心を誰かに癒して欲しい、と桃美は思うようになった。
誰でもいい・・・・。誰かにすがりたい。
本当なら、悩みというものは、家族にすがるものである。
けれども、悩みの種の内容が、家族に話せるような代物ではなかった。
ネットの悩みは、所詮ネット内で片付けるしかない、そう思うしかなかった。
落ち込んだ時に、人はスキができるもの。
そのスキの匂いを嗅ぎつけて、心に入ってくる異性がいるのも当然であった。
桃美、大好きな彼に逢ってから、わずか、1週間で別の異性とリアルに会う。ダイゴ、35才。
それは、桃美の本望の相手ではなかった。
何となく電話をする仲で、お互いを意識するようになった、ただそれだけで。
今度は、声だけ事前情報は知り得ていた。
けれども、顔は知らない。考えてみたら、勇気ある行動だ。
ネットなんて、いくらでも嘘をつける世界。どんな人が来るのかさえわからない、危険地帯。
約束の場所に着くと、ダイゴは車で迎えに来てくれていた。
何の迷いもなく、あっさりと乗車する、桃美。
「初めまして〜」
の挨拶の後に、顔を見合わせることもなく、お互い失笑。照れくさかったのである。
いい空気が流れた。
車の中の会話は、予想に反して、盛り上がった。
家族の話から、チャットの話し、趣味の話しと、幅広く語った。
静かなエンジン音を鳴らしながら、車はそのままホテルへと。
ダイゴは優しく、
「OKなのかな?」と、桃美に聞いた。
桃美は、うつむきながらコクリとうなずいた。