6.<バーチャルとリアル>
〜桃美は、トオルの誘いに、OKをしてしまうのか?〜
桃美は、昔から、比較的、計算高い女性であった。
そんな彼女が選んだ旦那様は、人柄もよく優しい男性。
存在感もあり、皆から愛される、トラブルも少ない人。
旦那様に、何も不満はなかった。桃美36歳、夏。
「ホテルに行こう。」
彼からのこのメールは、桃美にとって、悪魔のささやきだった。
リアルでホテルに行ったら、男と女だし・・・。
でも、人目を気にしないで、彼と二人きりになりたいし・・・。
天使と悪魔の声が、桃美の中で、こだまする。
行くべきか、行かないべきなのか。悩みに悩んだ。
色々考えたけどね、私は主婦だし、ホテルは行きません。
お酒を飲むだけというのが最初からの約束だしね。
だからね、来週逢う時は、お店で逢いましょう。
これでいいんだと自分に言い聞かせた桃美の返信。
文字を打ち終えたあと、何故だか、安堵の表情になった。
それから1週間がとても長かった。
逢いたい気持ちが、一日ずつ増幅する。
主婦業も、手につかない状態だった。
バーチャルからリアルになるトオルとの約束の日。
待ちに待った輝かしい日。心の中で、クラッカーがパンパンはじけていた。(笑)
力の入ったメイクに、お洒落。
「同窓会でも行くの?」 と聞かれそうな雰囲気で待ち合わせ場所に向かう。
六本木のあるビルのエレベーター前。
そわそわしながら、辺りを見回す。彼らしい人はいない。
その時、メールが届く。「少し遅れる」と。
平日だったため、彼は仕事先から向かっていた。
桃美は、気持ちを落ち着かせようと、深呼吸をした。
そういえば、私は、トオルの顔も声もを知らない・・・。
冷静になった瞬間、頭をよぎった。
ある芸能人に似ていると言っていたな、それで、わかるかな。
考えてみたら、安易な逢い方である。今頃気がつくなんて、と桃美は失笑した。
数分後、トオルらしき人が近寄ってきた。
「●●?」
と、桃美に話しかけてきた。
聞き取りにくい言葉だったので、キョトンとしていると、そのまま立ち去って行った。
「あれれー」と思っていると、再びメール。
「たばこの自動販売機の前にいるけど。」
辺りを見回して、たばこの自販機を探す。
「あれかな?」と側に行く桃美。
近づくと、彼だと確信できたので、話しかけた。
「桃美ですけど・・・。」
「桃美?」
「初めましてー。」
「初めまして。」
それだけの言葉を交わし、予約していた店に向かった。
歩いている間、終始、無言の状態。
「店に行ったら、きっと会話もはずむわ。」そう、勝手に思った。
店は、どこにでもある普通の居酒屋。
隣同士に座り、お酒を注文した。
その後も会話がない。
どうしよう、どうしようとあせる気持ち。
勇気を出して、たわいもないことを質問してみた。
「さっき、最初の言葉、よく聞こえなかったんだけど、何て言ったの?」
「桃美?て聞いただけだよ。」
返答はあるが、会話がふくらまない、続かない。
逢う前までは、逢ったらあのことを話そう、このことを聞こう、
手ぐらいは触りたいな、つなぎたいなと、色んな妄想をしていた。
でも、現実は、大きく違っていた。
時間になったので、店を出、駅のほうに二人で歩いていく。
途中、帰る方向が違うので、お互いにさようならと言い残し、帰路についた。
帰りの電車の中で桃美は、脱力感と虚しさを感じていた。