第七話「エミリアの魔法陣」
冒険者ギルドを出た私とヘルフリートは道具屋に戻る事にした。ヘルフリートがどうしても道具屋の中を見たいと言うので、私は道具屋の鍵を開けて、ヘルフリートを中に入れた。
『へぇ、結構品揃えが良いんだね。魔法学校は迷宮都市ベルガーにあるんだって?』
「そうなの。ここから馬車で五日程進んだ場所にあるみたい。一度しか行った事が無いからよくわからないけど」
『迷宮都市か……どうして迷宮都市と言うか知っているかい?』
「どうしてなの?」
ヘルフリートは店の中の商品を手に取って楽しそうにはしゃいでいる。堅焼きパンや乾燥肉が置いてある保存食コーナーの前で立ち止まると、私に一つ食べてみても良いかとねだった。
「一つだけ堅焼きパンを食べて良いわよ」
『やった』
ヘルフリートは小さな手で堅焼きパンを掴むと、豪快にかぶりついた。物凄い勢いで食べると、満足したのか嬉しそうに笑みを浮かべて私の肩の上に飛び乗った。
『迷宮都市は地下にダンジョンがあるんだよ。それも、ダンジョンは毎日少しずつ成長しているんだ』
「ダンジョンが都市の下にあるの?」
『そうだよ。俺が生きていた頃は、冒険者はダンジョンを攻略するために、毎日の様にダンジョンに潜ったのさ。ダンジョンに潜ってモンスターを倒し、魔石やドロップアイテムを集めて日銭を稼ぐ。それが当時の冒険者の生き方だった』
「ダンジョンで狩りをするのが主流だったのね?」
『まぁ、主流ではないけど。迷宮都市の様に、ダンジョンが都市の内部にある地域の冒険者は、ダンジョンでお金を稼ぐのが一般的だったね。都市にダンジョンが無い地域に住む冒険者は、地域を守るために外で狩りをしていたよ』
「ヘルフリートもモンスターとはよく戦ったの?」
『そうだね。一般の冒険者では手に負えない高レベルのモンスターの討伐なんかを受けていたよ。主に闇属性のモンスターの討伐の依頼が多かったな。様々な国から要請を受けて、モンスターとの戦争に参加する事もあったよ』
「やっぱりヘルフリートって本当に凄いんだ……」
『今は全く凄くないけどね。ガーゴイルだし……』
ヘルフリートは恥ずかしそうに顔を隠した。何だか小さくて可愛らしい感じ。賢者ハースと一緒に居るのはずなのに、気さくなモンスターと一緒に居る気分になるのはどうしてだろう。
『エミリア、今日は召喚のせいで魔力を消費していると思うから、魔法の練習は明日からにしようか』
「わかったわ」
『せっかくだからモンスター相手に練習した方が良いだろう。冒険者ギルドではスケルトンの討伐クエストも受けられるみたいだし。聖属性の魔法を学ぶには丁度良さそうだね』
「私がスケルトンなんて倒せるのかな?」
『大丈夫。もし倒せなくても俺が居る。それに、エミリアの魔力ならきっと倒せるはずだよ』
「ありがとう。なんだかヘルフリートって話しやすくて嬉しいわ」
『俺もだよ、エミリア』
私はヘルフリートのゴツゴツした頭を撫でると、彼は嬉しそうに目を瞑った。それから私達は家に戻ると、ゲレオン叔父さんとザーラ叔母さんにヘルフリートを紹介する事にした。
「エミリア……? 肩の上に乗っているモンスターは召喚獣かい?」
「はい、ガーゴイルを召喚しました」
「そいつはいい! 体は小さいが賢そうな顔をしているな! それにしても、エミリアは召喚魔法なんていつ覚えたんだい?」
『以前召喚魔法の本を読んで覚えたって言うんだよ』
「実は、以前召喚魔法に関する本を読んだ事があるんです。それで試してみたら成功しました」
「本を読んだだけでガーゴイルを召喚してしまうなんて……エミリアは本当に天才なのかもしれないわ。ねぇ、ゲレオン」
「そうだな、ザーラ。すぐにでも魔法学校で使う道具を揃えるとしよう」
ゲレオン叔父さんとザーラ叔母さんはなんとか納得してくれたみたい。まさか「本の中の賢者ハースの力を使って召喚しました」なんて言えるわけがない。素直に話したところで信じて貰える訳がない。
『ねぇ、ヘルフリート。召喚魔法って難しいの?』
『まぁ、難しいと言えば難しいな。少なくとも今のエミリアでは通常の召喚魔法は使えないだろうね。召喚魔法を使うには、対応した属性。例えばレベル1の火属性のモンスターを召喚する場合は、レベル1の火属性の魔法を修得する必要があるんだ。そして、モンスターを生み出すための魔法陣を床に書き、モンスターの魔石を中央にセットする。それから火属性の魔力を込めるんだ。すると新しくモンスターが生まれる』
『色々と準備が必要なんだね』
『通常の召喚魔法は準備が必要だよ。今回の俺達の様に、魔石に宿るモンスターの力を、一時的に本の中に封印し、本に魔力を注ぐことによって、俺の魂が籠ったモンスターを作り出す召喚魔法は、魔力さえあれば誰でも使えるだろう。ちなみに、魔法陣は俺が本の中で書いてあるから、エミリアが準備する必要はないんだ。そして、召喚したいモンスターと同じ属性の魔法を覚える必要もない』
『それなら、私は通常の召喚魔法を覚える必要はないのかな?』
『必要はないだろうが……俺以外に仲間を増やしたい時には必要になるだろうな。召喚魔法は便利だぞ。自分の代わりに敵と戦ってくれるんだからな!』
『ヘルフリートはどんなモンスターを召喚出来たの?』
『精霊のイフリートや、ゴーレムなんかの召喚は得意だな。魔法陣も魔石も使わずに召喚する事が出来る』
『精霊にゴーレム……? 全くヘルフリートってどこまで凄いのかしら……』
『エミリアに褒められると嬉しいな。そろそろ晩御飯の時間だろうか?』
ヘルフリートは私の肩の上から飛び立つと、ザーラ叔母さんが料理をしているキッチンに飛んで行った。様子を覗いてみると、小さな手でナイフを持ち、器用に野菜を切り刻んでいる。
「エミリアのガーゴイルは本当に賢いのね! 野菜まで切れるんだから!」
「ガーゴイルが料理をしている……」
「私も久しぶりに召喚魔法に挑戦してみようかしら」
「やめておけ、ザーラ。前に一度召喚魔法を試した時にえらい目に遭っただろう」
「えらい目に遭ったんですか?」
「そうだ。ザーラは四年前にカーバンクルの魔石を使って召喚魔法を試みたんだが、生まれて来たのは質の悪い鼠の様なモンスターだったよ。家の中を駆けずり回って食べ物を食い散らかし、しまいにはお客さんに噛みついたんだ。それが、噛みついた相手が冒険者さんで、一撃で切り殺されてしまったんだ」
「そんな事があったんですか……」
「魔石はカーバンクルの物で間違いなかったんだけど、きっと魔法陣の書き方を間違っていたんだわ」
魔法陣を書き間違えると、望まない召喚獣が生まれる事があるのかな。召喚魔法って奥が深いんだな。
『きっと魔法陣を書き間違えたんだね。カーバンクルはレベル2のモンスター。ザーラ叔母さんは間違えてレベル1のモンスターに使う魔法陣を書いたに違いない』
『書き直せば召喚魔法は成功するのかな?』
『ザーラ叔母さんの魔力が、召喚したいモンスターの魔力を上回るならね。エミリア、俺が指示をするから、もう一度魔法陣を書いてみるかい?』
『え? カーバンクルを召喚するための魔法陣を?』
『そうだよ』
これはザーラ叔母さんに恩を返すいい機会だわ。もし、叔母さんがまだカーバンクルを召喚したいなら、ヘルフリートに手伝ってもらって召喚をしたらいいと思う。
『ところで、カーバンクルってどんなモンスター?』
『風属性の魔法が得意で、リスの様な見た目をしているよ。人間に危害を加える事は無く、森の中に住んでいる平和的なモンスターさ。見た目が可愛いから、ペットの代わりに飼っている人も多いんだよ』
『そうなんだね』
小さなリスみたいなモンスターか。私も一度見てみたいな。
「ザーラ叔母さん、もしカーバンクルを召喚出来るなら、もう一度挑戦しますか?」
「そうだねぇ、私はカーバンクルが大好きだから。出来る事なら召喚して家族になって貰いたいよ。それに、商売をしているんだから、美しいモンスターがお客さんを出迎えてくれたら良いじゃないか」
「私が魔法陣を書くので、もう一度召喚してみてくれますか?」
「本当かい? でもカーバンクルの魔法陣は複雑だし……」
「良いじゃないか、ザーラ。エミリアが挑戦してみたいと言っているんだ」
「そうだね……それじゃエミリア、一度魔法陣を書いてみておくれ」
「分かりました」
ザーラ叔母さんは寝室に戻ってから、カーバンクルの魔石と魔導書を持って来た。魔導書を開いて召喚魔法の項目を探すと、複雑な魔法陣が描かれていた。
『まず、杖を床に向けるんだ。本に描かれている通りの魔法陣をマネして書く事。大きさは気にしなくていいよ。魔力を注いで形を作るんだ』
『分かったわ』
私はヘルフリートの指示の通り、杖をリビングの床に向けた。まず、外側に大きな円を描き、円の中には更に小さな円を二つ描く。円の中には小さな星を描き、星の中には古代の文字を書く。私は何度も何度もヘルフリートにダメ出しをされながら、ついに魔法陣を書き上げた。
「この子……本当に書いてしまったわ! 完璧じゃない!」
「凄いぞ、エミリア! ザーラ、早速試してみるんだ」
「ええ、そうするわ」
ザーラ叔母さんは魔法陣の中心にカーバンクルの魔石を置き、杖を構えた。杖に魔力を込めると、魔石からは心地の良い風が吹いた。魔石は緑色の光を放つと、光の中からは小さなリスの様なモンスターが姿を現した。
『よくやった、エミリア』
『ヘルフリートのお陰よ』
ヘルフリートは私の肩の上で嬉しそうに微笑んでいる。リスの様なモンスターは、毛がふわふわしていて、目が緑色。長くて可愛らしい尻尾を体に巻き付けて恥ずかしそうにしている。
「エミリア……本当にありがとう!」
「いいえ、ザーラ叔母さん。新しいモンスターが生まれてよかったですね」
「ああ、本当に良かったよ。おいで、カーバンクル!」
ザーラ叔母さんがモンスターを呼ぶと、カーバンクルは嬉しそうにザーラ叔母さんの手を舐めた。これで少しは恩返しが出来たかもしれない。三年間もこの家に住まわせて貰っているのだから、こんな事ではまだまだ足りないけれど。
それから私達は夕食を頂く事にした。勿論ヘルフリートも一緒に。ガーゴイルの姿をしたヘルフリートは、私の膝の上で楽しそうに食事をしている。ザーラ叔母さんは新しく生まれたカーバンクルを嬉しそうに撫でている。ヘルフリートのお陰でザーラ叔母さんはこんなに幸せそうにしている。
『本当にありがとう、ヘルフリート』
『なぁに、俺は魔法陣の書き方を教えただけだよ』
『ご飯を食べたら部屋に戻りましょうか』
『そうだな。もう少しこの美味しいスープを飲んでから戻るとしよう』
ヘルフリートはスプーンを使ってザーラ叔母さんの作ったスープを飲んでいる。まさか私がモンスターと一緒に食事をする事になるなんて。本当に人生は何が起こるか分からないのね。ヘルフリートは丁寧にスープを飲み切ると、満足そうに私の顔を見上げた。
「ザーラ叔母さん、ゲレオン叔父さん、私とガーゴイルは部屋に戻ります」
「そうかい。おやすみ、エミリア」
「おやすみなさい」
私はヘルフリートを肩に乗せて、自分に部屋に戻る事にした……。