第六十五話「迷宮都市の賢者と大魔術師」
七年ぶりに迷宮都市ベルガーに戻った。かつて私とヘルフリート、フィリアが暮らしていた屋敷に戻る。彼が居ない屋敷はとても寂しく、この空間に居るだけで涙が溢れ出しそう。今日はハース魔法学校で授業を行う日。
新入生は既に昨日入学式を終えており、私は今日から攻撃魔法の授業を担当する事になっている。懐かしいベルガーの町を歩き、ハース魔法学校に向かう。校門ではゲゼル先生が微笑んでいた。
「お久しぶりですね。ミスローゼンベルガー。大魔術師になり、大陸で最高の魔力を身に付けたのだとか」
「お久しぶりです。ゲゼル先生! 今日から宜しくお願いします」
「ええ。こちらこそ宜しくお願いします。既に生徒達が教室で待機していますよ。直ぐに一時間目の授業を始めて下さい」
攻撃魔法の教室に入ると、ローブを身に纏う幼い生徒達が待機していた。私が教室に入るや否や、生徒達が熱狂的な拍手を送ってくれた。
「皆さん、初めまして。私は大魔術師のエミリア・ローゼンベルガーです。今日は簡単な試験を行います。この試験では皆さんの魔力と属性を確かめさせて貰います。試験内容は、私が作り出したエレメンタルに対して魔法攻撃、もしくは物理攻撃を行って頂きます」
教室の中央に立ち、久しぶりにエレメンタルを召喚する事にした。ユニコーンの杖に魔力を込めると、ファントムナイト姿のヘルフリートにそっくりなエレメンタルが現れた。ナイトだ……もう随分召喚する事も無かった。
「これはホーリーエレメンタルと言って、召喚者の代わりに攻撃を受けたり、敵を攻撃する召喚獣です。通常の召喚魔法は魔法陣と魔石を必要としますが、この召喚獣は私の魔力から作られた召喚獣です。際限なく作り出す事が出来ますので、存分に戦いを挑んで下さい。それでは出席番号順に始めて下さい!」
出席番号一番の生徒は、ベルトに挟んでいた杖を抜いて火の魔法を放った。ナイトが生徒の魔法をいとも容易く切り裂いた。ヘルフリートの戦い方を忠実に再現出来るナイトなら、どんな攻撃でも耐えられるだろう……。
「なかなか良い攻撃でしたよ。火属性、魔力は180程度でしょうか」
「ありがとうございます。ローゼンベルガー先生、少し気になる事があるのですが」
「なんでしょうか?」
「先生は腰にダガーを差していますが、武器を使った戦闘もするのでしょうか?」
「ああ。これですか……これは昔大切な人から頂いた武器なんですよ。もう長い間鞘から抜いた事もありませんでした」
生徒が私のダガーに興味を示したので、私は久しぶりにダガーを抜いた。瞬間、ダガーの表面にはエンチャントが掛かった。
『愛しているよ、エミリア』
まさか……! これはヘルフリートが残した文字? 私の胸は高鳴った。ヘルフリートを召喚する方法なんて無いと思っていた。魔石はあっても、ヘルフリートの魂は、ベルガーのダンジョンで命を落とした時に消えたと思っていた。だけどこの文字は明らかにヘルフリートのもの。
一時間目の授業を終えた私は、攻撃魔法の教室に残り、ヘルフリートの魔石とダガーを見つめた。ヘルフリートが死の瞬間、このダガーをランドルフに渡したと聞いた。それ以外の装備は、闇属性のレベル8のモンスター、グリムリーパーに破壊されたのだとか。ダンジョンの最下層には、強力な闇属性のモンスターと、モンスターを召喚した召喚士が居たらしい。グリムリーパーを見事討ち取ったヘルフリートは、窮地に陥っているランドルフに気が付き、自分を犠牲にしてランドルフの命を救ったのだとか。
だけど……ダガーに文字が残っているなんて。こんな事はありえない。以前、賢者の書の中にヘルフリートの魂が入っていた時の事を思い出す。自分自身の魂を賢者の書に封じ込めたヘルフリートは、六百年もの間、本の中で生きていた。もしかして、ヘルフリートの魂は今もダガーの中に居るのでは? 私は大急ぎでヘルフリートを召喚するための魔法陣を書いた。
聖属性レベル10、最上級の召喚用の魔法陣を書き上げると、魔法陣の中央にヘルフリートの魔石とダガーを置いた。ダガーにヘルフリートの魂が入っていると仮定するなら、魔法陣の中に入れて置けば、召喚の瞬間にヘルフリートの体の中に魂が入るかもしれない。
体内から全ての魔力を絞り出し、魔法陣に放った。瞬間、魔法陣は信じられない程強く光り輝き、爆発的な魔力を辺りに放った。魔法陣はしばらく輝き続けると、ゆっくりと光が消えた。魔法陣の中には、私がずっと待ち望んでいた人の姿があった。
「ヘルフリート!」
「エミリア……」
魔法陣の中からはヘルフリートが現れた。私はヘルフリートの体を強く抱きしめた。この魔力の感じはヘルフリート。何度も感じてきた彼の暖かさ……私はヘルフリートを見上げると、彼は微笑みながら私に口づけをした。
「エミリア。俺は君を信じていたよ……やっと会えた……これからはずっと一緒だ」
「ええ……時間が掛かってしまってごめんなさい……」
「ずいぶん大人っぽくなったんだね……俺がベルガーのダンジョンで殺されてからどれくらい時間が経ったんだい?」
「あれから九年経ったよ。私は二十五歳になったの」
「俺と同じ年という訳か……エミリア。また会えて嬉しいよ。俺達の家に帰ろう!」
「ええ!」
それから私はゲゼル先生に事情を説明し、初授業を終えた私はベルガーの屋敷に戻った……屋敷に戻った私は、ヘルフリートがベルガーのダンジョンで殺されてからの事を、時間を掛けてゆっくり説明した。ヘルフリートは私の手を握りながら、美しい瞳で私を見つめ、終始微笑みを浮かべながら私の話を聞いてくれた。
「二十五歳か……これから俺達の新しい人生が始まる。エミリア、今までよく頑張ったね。幼かったエミリアが、まさかハース魔法学校で攻撃魔法を教えているなんて……」
「ええ。私も信じられないわ! まさか私が魔法学校の先生になるなんて!」
「明日からも学校で授業を行うんだね。午前中は学校で授業をし、午後は俺とゆっくり屋敷で過ごそう」
「勿論! ずっと会いたかったんだから!」
私はヘルフリートの体を力強く抱きしめた。ある時はガーゴイルとして私を守ってくれていたヘルフリートが。ゴブリンやアイスドラゴン、ファントムナイトとして私を守り続けてくれた偉大な賢者が、現代に蘇って、私と一緒の空間に居る。やっと会えた……。
初めて賢者の書を手にしてから十年も掛かってしまった。ずっとヘルフリートの事だけを考え続けて魔法の練習をしてきた甲斐があったな。
「エミリア……結婚しよう!」
「うん!」
「これからは俺を頼って生きろ! 二人でクロノ大陸を守りながら生きていくんだ!」
「そのつもりだよ……」
私とヘルフリートはしばらく口づけをしていた……やっとヘルフリートを召喚出来た。ヘルフリートと過ごした時間はわずか一年だけれど、ヘルフリートは何の力もない私に、この世界で生きていく方法を教えてくれて、毎日の魔法の訓練に付き合ってくれた。私がヘルフリートを幸せにするんだ。ヘルフリートを失ってから九年。本当に長かったけれど、これから私とヘルフリートの生活が始まるんだ……。
現代に蘇った賢者ハースは、冒険者ギルドの石版を使い、自身の身分を明かした。賢者ハースの復活は、世界に希望の光をもたらした。彼はかつての召喚獣であるイフリートを再召喚し、世界中を飛び回りながら、悪質なモンスターが湧くダンジョンを次々と攻略し、世界から闇属性のモンスターを消した。
クロノ大陸中のダンジョンには、聖域の魔法陣が必ず各層に書かれており、冒険者は誰でも賢者ハースの加護を受ける事が出来る。ダンジョン内での冒険者の死亡率も圧倒的に低くなり、冒険者がより安全にモンスター討伐を出来る世の中になった。
現代に蘇った賢者ハースは、新しくギルドを設立した。魔術師ギルドだ。魔術師ギルドでは、登録している魔術師はクエストの報酬の二割を地域に還元し、世界中の貧しい人達に対して配布する仕組みになっている。その代わり、魔術師ギルドに登録している魔術師達は、月に一度、賢者ハースから無料で魔法の講義を受けられる。ヘルフリートの講義を受けるために、毎月何百人もの高名な魔術師がベルガーの町を訪れる。
私は相変わらずハース魔法学校で攻撃魔法を教えている。午前中は魔法学校で授業を行い、午後はヘルフリートと共に、魔術師ギルドのメンバーとして、討伐クエストや地域を活性化させるための運動を続けている。
ランドルフはあれから冒険者ギルドのマスターになり、魔術師ギルドと協力して、ベルガー近辺の安全を確保している。弟のヴィクトールとバルタザールは、兄のランドルフと共に冒険者ギルドで働いている。ティアナはハース区の住人に対し、無料で剣術を教えている様だ。
レオナは魔法学校卒業前にレベル6になり、無事、強制的な結婚を逃れた。彼女は獣人の村に戻り、モンスター討伐隊の隊長として活躍しているのだとか。リーゼロッテは魔法学校卒業後、世界を旅して魔法の訓練を積んでいた。私達がベルガーで魔術師ギルドを設立すると、彼女は直ぐにベルガーに戻ってきて、魔術師ギルドの職員になってくれた。ちなみに、コリント村のイーダさんを冒険者ギルドから引き抜いて、魔術師ギルドで職員をして貰っている。イーダさんとリーゼロッテはお互いハーフエルフだから、すぐに打ち解けて、毎日一緒に魔法の訓練を積んでいる。
錯乱の呪いに掛かっていた両親は、コリント村で平和に暮らしている。ゲレオン叔父さんの店を手伝ったり、冒険者ギルドの仕事を手伝ったりしているのだとか。
妖精の国に戻ったフィリアは、定期的にクロノ大陸を訪れ、私達の家で滞在する事が多い。一年の半分はフィリアと共に過ごしている気がする。ヘルフリートとフィリアの契約は既に無効になっているけれど、フィリアは可能ならこれからもベルガーの町で暮らしたいと考えているらしい。
こうして私とヘルフリートはクロノ大陸を守り続けたのであった……。




