第六十二話「迷宮都市を目指して」
〈フレーベル〉
フレーベルに着いた私達は、直ぐにフィリアが待つ宿に戻った。
「エミリア、ヘルフリート! 遅い!」
「またせたね、フィリア」
「ごめんね。ダンジョンが思ったより広くて」
「魔石は見つかったの?」
「うん。これがヘルフリートの魔石」
賢者ヘルフリート・ハースの力が宿る魔石をフィリアに渡すと、彼女は不思議そうに魔石を見つめた。
「ここにヘルフリートが宿っているんだ」
「まぁ、俺が居る訳ではないが、この魔石があれば、元の体を取り戻す事が出来る」
「エミリアの魔力が1000を超えたら、ヘルフリートを召喚出来るんだよね? 私、早くヘルフリートに会いたい!」
ヘルフリートのためにも、自分のためにも、なるべく早く魔力1000を超えなければならない。そのためには、今よりも魔法の練習に費やす時間を増やさなければならない……。
フィリアは今日一日でフレーベルを観光し、町の近くのモンスターを討伐してお金を稼いでいたのだとか。私とヘルフリートが戻るまでの間に、モンスターを二十五体も討伐したと言っていた。本当にこの子の力には毎日驚かされる……。
宿に戻った私とヘルフリートは、フィリアと共に夕食を食べてから、今後の予定について話し合う事にした。まず、魔法学校の夏休みが終わった後のフィリアの居場所についてだ。
ヘルフリートに関しては私の召喚獣だから、同じ寮で暮らす事が出来るけれど、フィリアは私の召喚獣ではない訳だから、きっと魔法学校の寮では暮らせないだろう。とすると、私とヘルフリートが学校の寮で生活し、フィリアが一人で学校の外で暮らす事になるのだろうか?
「エミリア。その点は心配ないよ。さっき手に入れた硬貨を売れば、ベルガーで家を買うことも出来るだろう。今から1200年以上前の硬貨を売れば、どれだけのお金になるか想像も出来ないな。家を買って俺とエミリア、フィリアの三人で暮らそう」
「家を買うのが夢だって言っていたもんね! それはいい考えだわ!」
「ヘルフリート……私、一人になりたくない!」
「大丈夫だよ。すぐに家を買うから、これからも一緒に暮らせる」
「良かった……」
フィリアは目に涙を浮かべてヘルフリートに抱きついた。ヘルフリートはフィリアの小さな体を抱きしめると、彼女は満面の笑みを浮かべた。フィリアはヘルフリートと居る時は幸せそう。知らない世界に召喚されて、一人で暮らしていくのは可哀相。
私達の今後の予定は、ベルガーに戻った後、家を購入して夏休みを過ごす。勿論、夏休みの間に理想の家が見つかるかも分からないし、硬貨の買い取り手が居るかも分からない。ヘルフリートは硬貨をベルガーの博物館に持ち込む事に決めたらしい。ベルガーに戻るのが楽しみね……。
「ヘルフリート、フィリア。私、なるべく早く魔力1000を超えられるように頑張るね。早くヘルフリートを元の体に戻してあげたいし」
「うむ。だけどあまり頑張りすぎないように」
「本当? 早くヘルフリートに会えるなら嬉しいけど……私は今のヘルフリートも好きだよ」
フィリアがそう言うと、ヘルフリートは嬉しそうに彼女の体を抱きしめた。勿論、私だって今のヘルフリートが好き。だけど、やっぱりヘルフリートには人間の体を取り戻して貰いたい。
私は夜遅くまで魔法陣の練習をし、魔力を使い果たしてからマナポーションを飲んで回復させた。これを何度も繰り返した後、ついに睡魔が襲ってきてベッドに倒れ込んだ。早く本物のヘルフリートに会いたいな。私は気がつくと深い眠りに就いていた……。
フレーベルでヘルフリートの魔石を手に入れてから、私達は迷宮都市ベルガーに戻った。魔法学校の夏休みが終わるまで、安宿に泊まりながら、ヘルフリートは理想の家を探し続けた。ヘルフリートが家を探している間、私とフィリア、ティアナ、それからディーゼル三兄弟は毎日ベルガーのダンジョンに潜った。既に私達は十五階層までならほぼ無傷で到達出来る力をつけた。パーティーのレベルも非常に高く、私がレベル6。ランドルフがレベル5。フィリア、ティアナ、ヴィクトールとバルタザールがレベル4だ。もはやレベル1や2のモンスターでは私達に接近する事すら出来ない。
ランドルフとティアナが前衛をし、私とフィリアが安全な場所から魔法攻撃を連続で仕掛ける。ヴィクトールとバルタザールは遊撃で、防御力の低い私とフィリアを守りながら、ランドルフとティアナに加勢する戦い方だ。
ヘルフリートがパーティーに入る時は更に戦力が上がる。ヘルフリートはファントムナイトの体で地道な努力を重ね、ついにレベル6に到達した。ガーゴイルとアイスドラゴンに関してはレベル4でキープするらしい。新しく賢者の書に追加したアイスウルフはレベルを上げずに放置している。
そろそろ夏休みが終わる九月の下旬、ヘルフリートはついに理想の家を見つけた。ヘルフリートが博物館に持ち込んだ古代の硬貨の価値が高すぎて、すぐに現金を用意する事は不可能と考えたベルガーの政府が、ヘルフリートのマイホームを買う夢を実現してくれた。場所は魔法都市の中心部に位置する居住区。かつての貴族が暮らしていた屋敷を、ベルガーがヘルフリートに譲渡した。屋敷を頂いても、古代の硬貨の価値の五分の一にもならず、残りの代金でベルガーに土地を頂いたらしい。
ヘルフリートが新たに手に入れた土地は、居住区の更に奥に位置する貧困街だった。路上生活者が多く、政府が開発すらしていない土地の大半を購入した。私がどうして路上生活者が暮らす土地を買ったのかと聞くと、ヘルフリートは「過去の自分が稼いだお金は、民のために使うべきだと」と言った。賢者様の考える事はいつも私の想像を遥かに上回る。
路上生活者が暮らす土地に、ヘルフリートは小さな木造の家をいくつも建て、住む場所がない者に対して無償で家を提供した。ヘルフリートが新しく開発した貧困層が暮らすエリアは、住民達からハース区と名付けられた。屋根がある家で無料で暮らし始めた路上生活者は、ヘルフリートに対して最大限の敬意を払って接している。
路上生活者の中には、ヘルフリートから剣や魔法を教わる者も多い。ヘルフリートはお金を稼ぐ手段を持たないハース区の住民に対し、無償で剣術と魔法を教えている。ヘルフリートから戦い方を教わったハース区の住人達は、ヘルフリートとランドルフと共に、毎日のようにダンジョンに潜り、レベルの低いモンスターを討伐し、日銭を稼いでいる。
ヘルフリートの最終目標は、ハース区から路上生活者をなくす事なのだとか。ヘルフリートが建てた貧困層のための家では、ヘルフリートから戦い方を学んだ者達が、お金を稼ぐ手段を持たない老人や孤児、体の不自由な人のために、毎日食事を振る舞っている。ヘルフリートの考えでは、二ヶ月もすれば、ハース区の全ての路上生活者に、毎日の食事を提供出来る仕組みが完成するらしい。
今日は夏休み最終日だ。私とヘルフリート、フィリアは、今日から新しい屋敷での生活を始める。宿から荷物を持って屋敷に向かって進むと、周りの建物と比べて一際大きな建物が見えてきた。ここで私達の生活が始まるんだ。私達は早速屋敷の中に入った……。