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第六話「賢者と少女とガーゴイル」

 〈賢者ヘルフリート・ハース視点〉


 ガザール暦700年。俺は長きに渡りクロノ大陸を支配していた魔王ヴォルデマールを倒した。聖属性の中でも最も破壊力が高い魔法、グランドクロスの力によって。


 魔王は死の瞬間、己の魔力と力を振り絞って俺に呪いを掛けた。魔王が俺に掛けた呪いは、死の呪い。徐々に魔力と体力を失い、最終的には正気すらも失う。俺は死の呪いを掛けられてから、残りの人生設計を始めた。


 偉大なる魔法の数々。俺自身の魔力をどうにかして残そうと考えた。俺が考えた方法は、人工の魔石の中に俺自身の魔力、魔法、全ての力を封印する事だった。そして、俺自身の魂を本の中に込める。肉の体は死の呪いによって虫食まれ、瞬く間に衰弱した。死の呪いを掛けられてから二カ月後、俺は命を落とした。だが、魂は本の中に入っている……。


 本の中に入った俺は長い眠りについた。自分の力では本の中で思考する事も出来なかった。まるで長い間眠りについているような感覚だ……。しばらくして本を開いたのは一人の少年だった。今は何年かと聞くと、ガザール暦800年だと答えた。俺は少年に対して、自分自身が賢者ヘルフリート・ハースだと伝えると、少年は本の中にありとあらゆる悪態を書き込んだ。


「お前が賢者の訳がない」

「俺が尊敬している賢者ハースを侮辱するな」


 俺は少年に捨てられた。俺は再び長い眠りについた。俺は本として様々な人の手に渡ったが、誰も俺の力必要とせず、俺が賢者ハースだという事を信じなかった。


 そんな時、俺は少女と出会った。少女の名はエミリア・ローゼンベルガ―。少女は俺と友達になりたいと言ってくれた。嬉しかった。久しぶりに心が温かくなった様な気がした。少女は魔法学校に通うと言っていた。きっと十代なのだろう。呪いに関する質問もしてきた。呪いを解く魔法を練習するつもりなのだろう。俺の力が及ぶ範囲で、少女の事を助けてあげたいと思った。


 次に少女が俺に対して書き込んだのは、友達がゴブリンに攻撃されたという内容だった。症状から察するに、流血の呪いだ。流血の呪いが掛かった武器をゴブリンが使う事によって、エミリアの友達に呪いを掛けた。流血の呪いは聖属性の魔法の使い手なら、誰でも解除出来る簡単な魔法だが、エミリアはそれすら出来ないと言った。


 俺は急いで本の中にエミリアの魔力を強化するための魔法陣を書いた。大地の魔法陣だ。大地から聖属性の魔力を分けてもらい、己の魔力を強化する。俺が生まれる遥か昔の時代の魔法陣だが、エミリアは魔法陣を一発で書き上げた。まさか、あれだけ複雑な魔法陣を一度で成功させられるとは思わなかった。


 流血の呪いを解除するための方法は、少女自身の聖属性の魔力を強化する、大地の魔法陣を使う以外に方法は無かった。俺はこの少女に賭けてみようと思った。この少女は素直で、友達を想う心があり、自分自身の力を他人のために使える人間だ。俺はエミリア・ローゼンベルガ―の召喚獣になる事を決めた……。



 〈エミリア視点〉


 光の中からは一体のモンスターが飛び出した。身長は六十センチ程。 大理石の様な美しい白い肌。目は青色。確か賢者ハースも青色の目だったはず。


 頭には二本の角が生えていて、人間と同様の四肢を持つ。手足の形状は人間とほぼ同じだけど、爪はとても鋭い。人間の体と大きく異なる点は翼が生えているところだろうか。賢者ハースは新しい体を満足そうに触っている。


「この体で大丈夫?」

『ああ、満足だ。ありがとう、エミリア』

「どういたしまして」

『これから俺はエミリアの召喚獣として生きる事にしよう。君が望むなら、この賢者ハース、全ての知識を君に与えよう』

「本当? それじゃあ呪いを解いてもらえるの?」

『呪い……?』


 私は賢者ハースに対して、両親に掛けられた呪いの説明をした。三年前に闇属性のモンスターに村を襲われ、正気を失う呪いを掛けられた事。現在は迷宮都市ベルガーの病院で、二十四時間の魔法治療を行っている事。彼は難しそうな表情を浮かべて悩んだ後、私の手を握った。


『俺の体があればどんな呪いでも解除する事が出来る。エミリア、俺の全ての魔法、魔力を持つ魔石を、この大陸のどこかに隠した。今は場所を教える事は出来ないが……魔石があれば俺は自分の体を取り戻す事が出来る』

「もし蘇ったら、両親に掛けられた呪いを解除して貰えるの?」

『勿論。それくらい朝飯前だよ。杖一振りで解除出来る』

「病院の魔術師は賢者ハースでもない限り、呪いを解除する事は出来ないと言っていたわ……」

『多分、エミリアの両親が掛けられた呪いは、錯乱の呪いで間違いないだろう。レベル8、闇属性の呪いだ』

「レベル8?」

『生前の俺はレベル10の魔術師だった。単純に考えるなら、レベル8以上の魔術師で、聖属性の魔法に特化していて、呪いを解除するための複雑な魔法陣を使いこなせる者なら、錯乱の呪いを解除出来るだろう』


 レベル8以上の魔術師?私がレベル1で、ゲレオン叔父さんとザーラ叔母さんがレベル3。確かイーダさんがレベル2だった。


 大魔術師と呼ばれる熟練の魔術師のレベルが7だと聞いた事がある。レベル8の魔術師なんて居る訳ないじゃない……。居たとしても、わざわざ私の両親に掛けられた呪いを解いてくれるはずがない。相手にとって何のメリットもないから。


『きっとエミリアの両親に呪いを掛けたのは、レベル8の闇属性モンスターで間違いないだろうな。デーモンかグリムリーパー、その辺りの悪質なモンスターだろう』

「私はこれからどうしたら良いの?」

『気長に魔法の練習をする事だね。俺の力を持つ魔石は、エミリアの魔力が500を超えた頃に取りに行こう。だが、魔石を手に入れたとしても、魔石から俺を召喚出来るだけの魔力が必要だ。俺が蘇れば、エミリアの両親に掛けられた呪いを解除出来る』

「だけど、魔石を使って召喚するには、召喚したいモンスターと同等の魔力が必要なんじゃない?」

『その通り、エミリアが両親に掛けられた呪いを解除する方法は二つ。一つ目は聖属性に特化したレベル8の魔術師になり、呪いを解除するための、非常に複雑な魔法陣を習得する事。二つ目はレベル10の魔術師になり、魔石から俺を再召喚する事。どちらにせよ、エミリアは最低でもレベル8までは上がらなければならない』


 私がレベル8? それでは私が大魔術師にならなければ、両親に掛けられた呪いを解除できないという訳? もしくは、私がレベル10になって、賢者ハースに呪いを解除してもらう。賢者ハースはきっと呪いなんて簡単に解除出来るんだ。だけど、私はなるべくなら自分の力で解除したい。不可能だとしても、努力はするつもり。


「お父さんとお母さんって苦しんでるのかな……」

『それはないだろう。錯乱の呪いは正気を失くす魔法だ。苦しみも悲しみも感じる事は無い。本人は眠っているような感覚だろうな』

「それなら良かった……私もこれから毎日魔法を練習して、呪いを解くための力を付けたい」

『良い心構えだ。だが俺が居る。安心しろ』

「ありがとう……賢者ハース様」

『ヘルフリートで良いぞ。立場的にはエミリアが俺の主人だからな』

「ヘルフリート」

『エミリア……』


 私はヘルフリートの体を抱きしめた。彼は私に力を貸してくれるんだ。私はこれから魔法学校に入学して、ヘルフリートと共に生きるんだ。毎日頑張って魔法を練習して、きっと人の役に立てる魔術師になってみせる。


『さぁエミリア。俺は久しぶりに外の世界に出てみたい! 家の外に出てみよう!』

「ええ! 出かけましょう!」


 私の心の中で何かが吹っ切れた。両親の呪いは絶対に解けないのだと思っていた。魔法学校にも入れずに、ずっと道具屋の従業員として働くのだと思っていた。


 でも、私の人生は動き始めた。魔法学校に入って力をつけ、立派な魔術師になる。両親に掛けられた呪いを解ける程、強い魔術師になる。魔法学校の寮で暮らしながら、新しい友達も作って、前向きに生きるんだ。私はヘルフリートの手を握って外に出た……。


 外には武装した冒険者が何人か居た。話を聞いてみると、ゴブリンの群れは既にコリント村から離れた場所に逃げたらしい。ヘルフリートは楽しそうに村を見渡している。体の小さいヘルフリートは、翼を器用にばたつかせて飛び立つと、私の肩の上に乗った。


『ここに居ても良いだろう? 俺は背が低いみたいだから、よく見えないんだ』

「そうね、身長は大体六十センチくらいかしら」

『エミリアの身長は?』

「百五十五センチくらいかな。私、背が低いんだよね」

『そうか。俺が生きていた頃は百七十五センチだったかな。人間の体が懐かしい……』

「ヘルフリートは二十五歳の時に死んだんだよね?」

『そうだ。二十五歳の時に魔王ヴォルデマールを倒し、死の呪いによって命を落とした。そういえば、エミリアは何歳なんだ?』

「私は十五歳よ」

『随分落ち着いているんだな……』

「そんな事無いわ。それより、どこか行ってみたい場所はある?」

『ギルドを覗いてみたい。友達の安否を確認する必要があるんだろう?』

「冒険者ギルドね。それじゃ早速行きましょう!」


 私は小さなヘルフリートを肩に乗せたまま、冒険者ギルドまでの道を歩いた。今日のギルドはやけに人が多く、冒険者達が緊張した面持ちで武器の手入れをしている。念のため、今日は朝まで冒険者達が村の周辺を探索し、安全を確保するらしい。私達を見つけたイーダさんがカウンターの奥から手を振っている。


「エミリア!」

「イーダさん!」

「ガーゴイル? もしかしてエミリアの召喚獣?」

「そうです。それより、もう体は大丈夫ですか?」

「おかげさまで。エミリアと自称賢者には感謝しているわ。本当にありがとう」


 ヘルフリートは嬉しそうに微笑むと小さく頭を下げた。そんなヘルフリートの様子をイーダさんは不思議そうに見ている。イーダさんは私の肩の上に乗っているガーゴイルが、本の中の賢者だという事を知らない。


『エミリア、俺の事はただのガーゴイルだという事にしておいてくれ』

『分かったわ』


 こういう時に念話はとても便利ね。声に出さなくても、相手の顔を見なくても話が出来るんだから。


「ところで、エミリアって召喚の魔法は使えたんだ……」

『魔法陣と魔石を使って召喚したと言うんだ』

「はい、魔法陣と魔石を使って召喚しました」

「そうなんだ。初めての召喚がガーゴイルなんて、なかなか凄いわね」

「ありがとうございます!」


 イーダさんは大丈夫みたいだし、そろそろ家に帰ろうかな。家に帰って夕飯を食べてから、魔法の練習をしよう。


『エミリア、ここではクエストを受けられるのかい?』

『そうよ。何かクエストを見てみる?』

『ああ、どんなクエストがあるのか見てみようか』


 私達はイーダさんからクエストを聞く事にした。きっとヘルフリートなりの考えがるのだろう。


「イーダさん。私が受けられるクエストはありますか?」

「クエスト? そうねぇ……レベル1の冒険者が受けられるクエストは、魔石の研磨、薬草採取、スケルトンの討伐があるけど、今日はもう遅いから明日にしたら?」

「そうですね、ありがとうございます!」


 ヘルフリートは満足したような表情で私を見た。入口を指さして外に出たいとジェスチャーしている。


「それではまた明日来ます! さようなら、イーダさん」

「ええ、また明日ね、エミリア」


 私とヘルフリートは、イーダさんに手を振ってギルドを出た……。

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