第五十六話「精霊と魔術師の魔法訓練」
〈翌朝〉
目が覚めるとフィリアとヘルフリートが魔法の練習をしていた。ヘルフリートがフィリアの魔法能力を確認しているのだろう。フィリアが両手を床に向けて魔法を唱えると、小さな土の塊が現れた。あれはアースの魔法だ。土属性の魔法の中でも最も基本的な魔法。魔法学校で何度も見た事がある。
フィリアは作り上げた土の塊に対し、更に魔力を注ぐと、土の塊は小さな人の形に姿を変えた。エレメンタルの召喚だろうか? 小さな人型の土の塊は、私の方までよちよちと歩いてくると、可愛らしくお辞儀をした。
『なかなか良いぞ。フィリア、エレメンタルの魔法は基本的な属性魔法の練習を続ければ強くなる。毎日土属性の魔法を使い続けるんだ。エミリア、エレメンタルを見せてくれるかい?』
「ナイトを見せれば良いのね」
私はユニコーンの杖を構え、久しぶりにナイトを召喚する事にした。杖から聖属性の魔力を放出させて型を作る。しばらく魔力を注ぐと、銀色の鎧に身を包んだエレメンタルが生まれた。何度見てもファントムナイトの時のヘルフリートとそっくりね。
「これがエミリアのエレメンタル? 昨日見た鎧のモンスターにそっくりだね!」
「そう。名前はナイト。ファントムナイトの時のヘルフリートの姿を意識して作っているからね」
「エレメンタルってどんな形でも作れるんだね」
『ああ。好きな形のエレメンタルを作ると良いぞ』
「それじゃあ、私はガーゴイルにしようかな……ヘルフリートみたいなガーゴイルを作る!」
『うむ。それも面白いだろう』
フィリアは両手から土の魔力を放出させると、目の前には土で出来たガーゴイルが現れた。
『素晴らしい……一発で成功させてしまうとは』
「えへへ……」
フィリアは嬉しそうに自分が作り上げたガーゴイルを眺めている。ヘルフリートの姿を忠実に再現した土のガーゴイルは、翼を開いて飛び上がると、部屋の窓を開けてどこか遠くに飛んで行った。
「行っちゃった……」
『なかなか個性的なガーゴイルだったな。知能も高そうだった。フィリア、エレメンタルの魔法は結構練習してきたのかい?』
「うんん。今日が初めてだよ」
『初めてのエレメンタルで飛行が可能なモンスターを作り上げるとは……やはり妖精族の魔法の能力は人間をも凌駕するのだな……』
「私のガーゴイル、よく出来ていたでしょう?」
『ああ、上出来だ。これからも毎日練習するんだよ』
ヘルフリートはフィリアの肩の上に飛び乗り、彼女の頭を撫でている。もう……誰にでも優しくするんだから、まったく。ヘルフリートの馬鹿。
私達の今日の予定は町の観光。昨日は冒険者ギルドでクエストを受けたし、今日はモンスターとは戦わずに、町でゆっくり過ごす事に決めた。部屋で簡単に朝食を済ませると、私達はすぐに宿を出た。
「エミリア。クロノ大陸ってどんな場所かなって思っていたけど、私が住んでいたフリーゼ王国とあまり変わらないみたい」
「そうなの? 私も妖精の国には行った事がないからよく分からないけれど」
「うん。町の感じも似ているし、文明も近いと思うよ」
「わからない事があったら何でも聞いてね。フィリアはこの大陸の召喚されたばかりなんだし」
「うん、ありがとう。エミリア!」
フィリアは嬉しそうに微笑むと、町の市場を指さした。
「あっちの方に行ってみようよ! 市場でしょう?」
『市場に行ってみようか。俺は今日こそ昼からエールを飲むんだ』
「エールを飲む前に、ヘルフリート。これからフィリアは私達と一緒に居るのだから、装備が必要なんじゃない?」
『確かに……この町で揃えるのも良いかもしれないな。市場で目ぼしいアイテムがないか探してみよう』
「そうしようか」
私はフィリアの手を握り、ヘルフリートを肩に乗せて市場に向かった。なんだか幼い妹と小さなモンスターの世話している気分になる。ヘルフリートは、ファントムナイトの時は凄く頼り甲斐がある雰囲気だけど、ガーゴイルの時は可愛いペットみたいな感じ。フィリアは初めて見るギレスの町を興味深そうに眺めている。
『まずはフィリアのための杖を買おうか』
「杖? 私、杖を買うお金なんてないよ」
『それなら心配ないさ、俺がお金を出すよ。フィリアは俺の妖精だからな』
「本当? ありがとう! ヘルフリート!」
冒険者向けのアイテムを扱う店や、エールの専門店。魔術師向けの魔導書の専門店等、様々な店が立ち並んでいる。私達は一軒の小さな魔法の杖の店を見つけた。
『ここに入ってみようか』
「そうね」
店内に入ってみると、木の棚の上には様々な魔法の杖が陳列されていた。白髪の年配の店主は、店の奥で退屈そうにお茶を飲んでいる。
「いらっしゃい……杖を探しているのかね?」
「はい、この子のための杖を探しています」
「属性は?」
「土属性です」
「ほう……」
店主はフィリアを見つめると、カウンターの中から杖を取り出してフィリアに渡した。フィリアが杖を握った瞬間、温かい魔力が店内に充満した。これがフィリアの魔力なんだ。
「その杖は土属性の魔力を高め、魔力の回復力を上げる杖だよ。攻撃魔法、防御魔法なんかに向いているね。柄にはストーンゴーレムの魔法を込めた魔石を嵌めている。魔力を込めるだけで、誰でも石のゴーレムを作り出す事が出来る。名前は創造の杖。素材は柳の木、三十五センチ。強い力を持つ杖だ」
「魔法を込めた魔石を嵌めている杖もあるんですね。私の杖にはユニコーンの魔石が嵌っています」
「もちろんあるとも。ユニコーンの杖か……お嬢さんは聖属性の魔術師なのだろうな。体から神聖な魔力を感じる。お嬢さんは必ず偉大な魔術師になるだろう……」
「本当ですか?」
「ああ……本当だとも」
白髪の店主は私に優しく微笑むと、杖を見せてくれと頼んだ。ベルトに挟んでいたユニコーンの杖を抜いて渡すと、店主は驚いた表情を浮かべた。
「これは……以前フィンクという駆け出しの魔術師に売った杖だな。銀製、四十センチ。ユニコーンの魔石。補助魔法に特化した杖。あれはもう二十年以上前の事だろう。お嬢さん、この杖はどこで手に入れたんだね?」
「フィンク……? 私はこの杖の持ち主の、ゲレオン・フィンクさんから頂いたんです」
「そうか……あの若造は今頃何をしているのだろうか」
「ゲレオン叔父さんはコリント村で冒険者のための道具屋を営んでいますよ」
「そうかそうか。私の店で杖を買った時も道具屋になりたいと言っていたな。『自分はモンスターと戦う事が苦手だから、道具を作って冒険者を助けるんだ』ってね」
「はい、ゲレオン叔父さんの道具屋には毎日沢山の冒険者が訪れるんですよ。私もそのお店で三年間働いていました」
私はしばらく店主をゲレオン叔父さんの話をすると、フィリアが退屈し始めたので、杖の代金を払って店を出る事にした。店主はヘルフリートから代金を受け取ると、ヘルフリートを見つめて呟いた。
「人間ではない何者か……私が今だかつて感じた事のない魔力を感じる。ガーゴイルの見た目をしているが、信じられない程強力な魔力を持つ者。そして、人間の見た目をしているが、人間を凌駕する魔力を持つ種族。お嬢さんの連れは只者じゃないね」
「まぁ……そうですね。片方は妖精、片方は過去の偉人とでも言いましょうか」
「うむ。妖精と偉人か。やはり長生きはするものだな」
店主は私に手を差し出すと、私は店主の手を握った。彼の手からはヘルフリートと同等の力強い魔力を感じた。
「また来るんだよ」
「はい! ありがとうございました!」
私達は店主にお礼を言ってから店を出た。フィリアは新しい杖が気に入ったのか、何度もヘルフリートにお礼を言っている。杖の代金は三百クロノだった。ヘルフリートの少ない貯金をほぼ全て使ってしまったみたい。ヘルフリートはお金を稼いでも、自分で持っている事はほとんどなく、私に全てくれるか、ランドルフやティアナにあげてしまう。お金に対する執着というものがほとんど無いみたい。ヘルフリート曰く、「ガーゴイルがお金を持っていても仕方がない」らしい。それに、「必要なものがあればエミリアに買ってもらう」とも言っている。
私達はギレスの町の市場をゆっくりと回り、明日からのフレーベルまでの旅に備えて食料を買い込んだ。勿論、ヘルフリートが飲みたがっていたエール酒も買った。全ての買い物を終えると、早めに宿に戻り、夕食を摂る事にした。