第五十五話「妖精召喚」
召喚書の中から現れたのは、背の低い女の子だった。身長は百三十センチくらいかしら。随分幼い感じがするけれど、体からは強い土の魔力を感じる。長く伸びた金色の髪と、ルビーの様な瞳が美しい。人間のような見た目をした妖精は、ゴブリン姿のヘルフリートを見るや否や、怯えた表情を浮かべた。
「気持ち悪い……契約したくない……」
少女は怯えながらヘルフリートを見つめている。召喚したばかりの妖精に、「気持ち悪い」と言われたヘルフリートは余程ショックを受けたのか、泣き出しそうな目で私を見た。
『どうしよう……エミリア。俺は嫌われているみたいだよ』
「仕方ないよ、今はゴブリンだし……」
『エミリア! 俺をすぐにゴーストに戻してくれ! 本当の姿を見せれば納得してくれるだろう』
「そうね……」
ゴブリン姿のヘルフリートは急いで賢者の中に戻って行った。私は賢者の書のゴーストのページを開き、ヘルフリートをゴーストとして再召喚した。生前のヘルフリート姿のゴーストを見た妖精は、悲しそうな表情を浮かべた。
「死んでるの……?」
『……』
ヘルフリートは再び狼狽した。どうしたらこの子に気に入って貰えるのだろう。妖精として召喚したのなら、契約をしなければいけないのに、今のままではとても契約は出来そうにない。
『アイスドラゴンだ……エミリア』
「わかったよ……」
ヘルフリートは肩を落としながら賢者の書の中に戻って行った。すぐにアイスドラゴンとして再召喚すると、ヘルフリートは嬉しそうに部屋の中で翼を広げた。少女に向かってゆっくりと近づき、頭を下げると、少女は恐る恐るヘルフリートの体に触れた。
「冷たい……一緒にいたくない」
『……』
ヘルフリートは目に涙を浮かべて私の胸に飛び込んできた。可哀そうに。人間の体すら持っていないのに、「気持ち悪い」とか「冷たい」とか「死んでる」とか言われるんだから。一体どんなモンスターの姿なら彼女は満足してくれるのだろうか。私はヘルフリートをファントムナイトとして再召喚すると、少女は少しは満足してくれたのか、ヘルフリートの手を握った。
「鎧なんだ……」
「ああ……今はね」
「私、生きている人が好き」
「……」
流石のヘルフリートも今の言葉にはかなりショックを受けたみたい。可哀想……ヘルフリートは肩をがっくりと落として賢者の書に戻った。最後はガーゴイルね。私は杖に魔力を込めて魔法を叫んだ。
『ガーゴイル・召喚!』
気合を入れてヘルフリートを再召喚すると、力強い火属性の魔力を辺りに放ち、勢いよくガーゴイルが飛び出してきた。少女は嬉しそうに目をキラキラと輝かせた。
「ガーゴイルだ! かわいい!」
少女はガーゴイル姿のヘルフリートを嬉しそうに抱きしめた。ヘルフリートは安心した様な目で私を見ている。良かった……。どう見ても普通の少女にしか見えない妖精は、ポケットから小さな指輪を二つ取り出すと、片方をヘルフリートの指に嵌めた。もう片方の指輪を自分の指に嵌めると、指輪は共鳴するように金色の光を放った。これが妖精の契約なのかな……?
「契約が出来たよ。私に名前をつけて」
『名前を?』
「うん、名前をつけて。妖精は契約者に名前を決めて貰うの」
『名前か……それじゃフィリアなんてのはどうかな?』
「フィリア……いい名前ね」
妖精の少女の名前はフィリアに決まった。 フィリアはヘルフリートの体を強く抱きしめると、嬉しそうに微笑んでいる。
『フィリア、俺は賢者ヘルフリート・ハースだ』
「賢者? よろしく、ヘルフリート」
「私はヘルフリートを召喚したエミリア・ローゼンベルガー。よろしくね、フィリア」
こうして私達のパーティーに新しい仲間が加わった。フィリアは部屋を見渡すと、ソファに飛び乗ってヘルフリートを自分の膝の上に乗せた。
「私、ずっと召喚されるのを待っていたんだ……妖精族は十二歳までに召喚されなければ、契約の指輪を妖精族の王に返さなければならないの」
『ああ、その話は聞いた事があるな。召喚に応じられるのは十二歳までで、それまでに召喚されなければ、妖精の国の中で一生を終えるとか』
「私は力も弱いし、魔法もほとんど使えないから、絶対に誰も召喚してくれないと思っていたの」
『……』
「だけど、ヘルフリートが召喚してくれた。私達、どちらかが死ぬまでずっと一緒に居るんだよ」
『ああ、覚悟はしているよ。よろしくな、フィリア』
「うん……」
フィリアは再びヘルフリートを抱きしめると、ソファに横になって眠り始めた。ヘルフリートはフィリアの腕の中から出てくると、私の肩に飛び乗った。
『レベルは2だろうか……多分土属性の特化した妖精だろう。体から強い土の魔力を感る』
「そうみたいね。私もフィリアに負けない様に魔法の練習を頑張らないと」
『うむ……頑張りすぎないようにな。エミリアは今でも十分頑張っている。もう少し休みながら魔法の練習をしても良いんだよ』
「うんん。私、今日の墓地での戦闘で思ったの。私ではまだまだヘルフリートを支えられないんだって。もっと強くなって、いつかヘルフリートに頼られる魔術師なりたい」
『俺は今でも十分エミリアを頼っているよ。俺はエミリアが居なければ姿を変える事も出来ない。エミリアと出会わなかったら、俺はきっと今でも賢者の書の中で眠っていただろう……』
私はヘルフリートの体を強く抱きしめると、ヘルフリートは優しい笑みを浮かべて私を見つめた。私はもっと強くなりたい。天空の魔法陣を習得して、呪いを解除できる魔術師になりたいし、ヘルフリートを召喚出来るようにもなりたい。直ぐに魔法の練習を始めよう。
「私、寝るまで聖域の魔方陣の練習をしているね」
『そうか……それじゃ俺は葡萄酒でも飲みながら休んでいるよ』
「うん」
それから私は夜遅くまで魔法陣の練習を行った。聖域の魔法陣は魔力の消耗が激しく、今日一日でマナポーションを七本も飲んでしまった。魔力が枯渇するまで使用し、マナポーションを飲んで回復させる。それからもう一度集中して魔力を極限まで使う。何度も繰り返す事により、私の精神は研ぎ澄まされ、魔力の総量も強化された。
『そろそろ休もうか。今日もよく頑張ったね』
「うん、お風呂に入ってから寝るね」
「エミリア……お風呂に入るの……? 私も入る!」
ソファで眠っていたフィリアは、眠たそうに眼をこすりながら起きると、すぐに浴室に入った。私は部屋にヘルフリートを残し、フィリアと一緒にゆっくりとお風呂に入った。
「エミリアはいつからヘルフリートと一緒に居るの? ヘルフリートは自分が賢者だって言ってたけど、どうして?」
「え? ああ、それはヘルフリートが賢者ヘルフリート・ハースだから」
「それは誰なの? 私は聞いた事ないよ」
「まさか……ヘルフリートはガザール歴七百年頃に、クロノ大陸を支配していた魔王ヴォルデマールを討伐した張本人よ」
「知らない。私、勉強とかした事ないし……ずっと妖精の国に居たから……」
フィリアは湯船に浸かりながら、寂しそうに私を見た。
「そうなんだ……妖精の国っていうのは、どこにあるの?」
「クロノ大陸の北に位置する、小さな島に妖精の国があるって聞いた事があるよ。国の名前はフリーゼ王国。私達妖精族はあまり国の外に出る事もないし、国には妖精族以外の種族を招く事もないから、外の情報が伝わって来ないんだ」
「私もずっと小さな村にいたから、フィリアの気持ちは分かるよ……」
「うん。だけど、ヘルフリートって色々なモンスターに変身出来るんだね。賢者って人間じゃなくてモンスターなんだね」
「それは違うのよ……」
私はクロノ大陸の歴史や、ヘルフリートが魔王ヴォルデマールを討伐した事。人間の体を失い、モンスターとして生きている事など。私とヘルフリートに関係する事を全て説明した。
「それじゃ、エミリアの魔力が千を超えたら、ヘルフリートを召喚出来るんだ」
「うん、ヘルフリートの力が宿る魔石さえあればね」
「私も魔法の練習を始めようかな。二人の助けになりたいし……」
「明日から一緒に魔法を練習しましょうね」
「うん!」
フィリアは嬉しそうに頷くと、浴室から出て部屋に戻った。 私が部屋に戻った時には、フィリアはヘルフリートを抱きしめてベッドで寝ていた。もう……私のヘルフリートなのに。私はフィリアからヘルフリートを取り上げて、ベッドに入って眠りに就いた……。




