第五十一話「エールの町」
迷宮都市ベルガーを出発して二日後、私達はギレスの町に辿り着いた。エールの生産で有名な町、ギレスには多くの冒険者が訪れていた。石畳の町で、背の低い石造りの住宅が建ち並んでいる。私達はギレスに二日滞在し、それからフレーベルを目指して出発する事にした。
馬車で町を進んでいると、一軒の雰囲気の良い宿を見つけた。宿の入り口には二体のガーゴイルが立っている。短い剣を腰に差して、宿の制服を着ている。まさか、この宿ではガーゴイルが働いているのだろうか? 宿の前に馬車を停めると、一体のガーゴイルが近づいてきた。
「俺達は宿を探しているのだが」
「……」
ガーゴイルは静かに頷いて入口を指さした。どうやら空室があるみたいね。私達は馬車をガーゴイルに任せると、ガーゴイルは手綱を握り、宿の近くの馬車小屋まで走らせた。随分賢いガーゴイルが居るんだな……。
「さぁ、中に入ってみよう」
「そうね」
宿の一階は雰囲気の良い酒場になっていた。まだ昼間だというのに、エールを飲んでいる冒険者達が居る。宿のカウンターに進むと、四十代程の女性が私達を歓迎してくれた。
「おや、ファントムナイトのお客さんとは珍しいね。何泊するんだい?」
「二泊で頼むよ」
「一泊十五クロノだよ」
ヘルフリートは代金を払うと鍵を受け取った。
「部屋は二階の一番手前だよ」
「ありがとう」
階段を上がり、部屋に入ると、暖色系でまとめられている暖かい雰囲気の空間が広がっていた。二人でもゆったりと寝られそうなベッドに、フカフカのソファ。天井付近には、綺麗な銀色の魔石がフワフワと漂っている。聖属性の魔力が込められた魔石なのか、優しい光を放ち、部屋を照らしている。荷物を置いた私達は、早速町を見て回る事にした。
「エミリア、今日は早めにガーゴイルになろうかな、昼間から食べ歩くのも良いだろう」
「わかったよ」
「ファントムナイト姿ではエールは飲めないからな!」
ヘルフリートは楽しそうに微笑むと、賢者の書を開いて中に入った。ガーゴイルのステータスが書かれているページを開いて魔力を込めた。賢者の書からは温かい火の魔力が溢れ、ガーゴイル姿のヘルフリートが飛び出した。
『さて、出発しよう』
「うん」
『俺も昼間から酒を飲むぞ!』
「もう、これでも本当に賢者様なんだから不思議だよね」
『今はただのガーゴイルさ。さぁ行こう』
ヘルフリートはルーンダガーを腰に差し、ティアナから貰った鞄を提げた。鞄の中には魔石とお金が入っているらしい。まずはギレスの冒険者ギルドで魔石を換金した方が良さそうね。
「冒険者ギルドを探そうか。魔石も結構溜まってるし」
『うむ。魔石を換金したら町を見て回ろうか』
「うん」
私は肩にヘルフリートを乗せて一階に降りた。すると、宿の主人は驚いた表情を浮かべて近づいてきた。
「お客さん! さっきはガーゴイルなんて一緒じゃなかったのに。どうしたんだい?」
「実は、部屋で召喚したんです」
「それで、ガーゴイルと一緒に狩りにでも行くのかい?」
「まず冒険者ギルドに行こうと思います」
「お客さんは冒険者ギルドのメンバーだったのかい? 魔術師かと思っていたわ」
「はい、魔術師として訓練をしている冒険者です」
「冒険者ギルドは町の中央にあるよ。一番背の高い建物だからすぐにわかるはずさ」
「ありがとうございます」
私は宿の主人にお礼を言うと、すぐに宿を出た。宿の入り口を任されている二体のガーゴイルは、ヘルフリートを見ると、嬉しそうに挨拶をした。何やらガーゴイルの言葉でヘルフリートに話しかけているみたいだけど、ヘルフリートは本物のガーゴイルではないから理解出来ないのね……。
宿を出た私達は、石畳の町をゆっくりと歩いて回った。小さな喫茶店や、武具屋。魔術師向けのアイテムを取り扱う店など、様々な店が立ち並んでいる。エールの生産で有名な町だからか、酒場の数も非常に多い。
町を中央に向かって歩くと、一際背の高い建物が見えてきた。きっとここがギレスの冒険者ギルドね。私とヘルフリートはすぐに冒険者ギルドの中に入った。ギレスの冒険者ギルドは、ベルガーの冒険者ギルドよりも広く、職員の数も多い。魔石を換金するために、ギルドの受付の人に声を掛けた。
「すみません、魔石を換金して欲しいのですが」
「はい、それではこちらのトレイに魔石を載せて下さい」
必要のないモンスターの魔石を全て売る事にした。魔石は全部で三十以上もあり、モンスターの平均レベルは2を超えている。ベルガーのダンジョンで集めた魔石も含まれており、中にはレベル4のモンスターの物もある。
「もしよろしければ、ギルドカードを拝見しても?」
「いいですよ」
私は懐からギルドカードを取り出して職員に見せた。
エミリア・ローゼンベルガ―
Lv.4:力…200 魔力…450 敏捷…250 耐久…310
属性:【聖】【氷】【水】
聖属性魔法:キュア ヒール バニッシュ ホーリー ホーリーシールド ホーリーソード エンチャント・ホーリー ナイトの召喚
氷属性魔法:アイス アイスジャベリン アイスシールド アイスエレメンタル
水属性魔法:ウォーター ウォーターボール
魔法陣:大地の魔法陣 罠の魔法陣 氷の魔法陣 氷霧の魔法陣
「ほう……これは素晴らしい。レベル4の魔術師様ですか、魔法の種類も非常に多く、魔力が450を超えているとは……ありがとうございました」
ギルドの職員は魔石を一つずつ鑑定すると、小さな袋に代金を入れてお金を渡してくれた。魔石の買い取り額は250クロノだった。十分な金額だろう。
「ローゼンベルガー様、この町にはどういったご用件で?」
「観光です。私達、フレーベルの町を目指して旅をしています」
「フレーベルですか。もしお時間があれば、クエストを一つお願いできないでしょうか?」
「クエスト……?」
「はい。実は町の付近に闇属性のモンスターが多く沸く墓地があるのですが、最近、レベル4を超える強力なモンスターが増えつつあるのです。墓地のモンスターを討伐しては頂けませんか? ステータスを見た限り、ローゼンベルガー様は聖属性の魔術師とお見受けしました」
『ヘルフリート、どうする?』
『そうだな、今日一日だけなら良いだろう。敵が闇属性なら、俺達は属性的に有利に戦えるだろう』
「わかりました、そのクエスト、お受けします」
「本当ですか! まだ報酬の話もしていませんでしたが」
『今日一日で、墓地内のモンスターを全て討伐する代わりに、魔石や召喚書を頂けないか聞いてくれるかい?』
『わかったよ』
私はヘルフリートの希望通り、条件を伝えた。ギルドの職員は他の職員を集めて相談を始めた。しばらくすると職員が戻ってきた。
「わかりました! それでは、墓地内の全てのモンスターを討伐して頂ければ、報酬として二百クロノと、妖精の召喚書をお渡しします。場所はギレスの町から南西に二時間程進んだ場所にあります。それから、これは詳しい場所の地図とポーションです、お使いください」
「わかりました、ありがとうございます。すぐに出発します」
こうしてクエストを受けた私達は、早速墓地に向けて出発する事にした。