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魔法幻想紀 - 迷宮都市の賢者と魔術師 -   作者: 花京院 光
第三章「フレーベル編」
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第五十話「賢者と魔術師の距離」

 迷宮都市ベルガーを出発した私達は、ギレスという町を目指して馬車を走らせた。ギレスの町は、ベルガーの西口から二日程進んだ位置にあるらしい。ヘルフリートの説明によると、ギレスはエール酒で有名な町なのだとか。


「俺が生きていた頃は、ギレスはエールの生産で有名な町だった。小さな町だが、質の良いエールを造る事から、エールの町とも呼ばれていたんだよ」

「ギレスはエールの町なんだ。そういえばフレーベルってどんなところなの?」

「魔術師が多い町で、魔法研究を研究する機関なんかも多かったよ。魔法関係の店も多い。魔法の杖や魔導書の専門店なんかもあった」

「魔術師が多い町か、楽しみだな」

「そうだね。六百年経った今、町がどう変わったか見てみるのも楽しいだろうな。ランドルフはかつてフレーベルに行った事があるらしいが、俺の銅像もまだ残っていたのだとか」

「魔王討伐の功績を称える銅像だよね?」

「ああ……魔王か」


 ヘルフリートが六百年前に倒した魔王ヴォルデマール。人間と敵対関係にある魔族の王。かつてクロノ大陸を支配していた魔王は、当時、大魔術師だったヘルフリート・ハースによって討伐され、クロノ大陸は魔王の呪縛から解放された。魔王討伐の功績が称えられ、ヘルフリートは賢者の称号を得た。ヘルフリートは解放の賢者とも呼ばれ、六百年経った今でも、この大陸に住む者で賢者ハースの名を知らない者は居ない。



 ベルガーの町を出た私達は、深い森の中をゆっくりと進んでいる。ヘルフリートとこれからの旅についてあれこれと話をしながら、私はアイスシールドを作る練習をしている。旅の最中にも魔法の練習をするためだ。馬車の手綱はヘルフリートが握っているから、私は特にする事がない。


 アイスシールドやアイスジャベリンの様な、魔力の消費が少ない魔法を何度も練習し、魔力を消費する。魔力は魔法を使えば使うほど鍛える事が出来る。魔法学校に入学してから、一日中魔法の練習をしているおかげもあり、私の魔力は、コリント村に居た頃とは比べ物にならない程成長している。


「エミリア、アイスシールドやアイスジャベリンは日常的に練習するんだよ。旅の最中はいつモンスターが襲ってくるかわからない。シールド系の防御魔法は、瞬時に作れるようになるんだよ」

「うん、わかったよ」

「まぁ、俺が居るから危険はないと思うが……」


 ヘルフリートは御者席で手綱を握りながら、辺りを警戒している。道中ではスケルトンやゴブリンの様な弱いモンスターにも遭遇したが、全て私のアイスジャベリンによって駆逐した。馬車で森の中を進んでいると様々な生き物と出会う。モンスターではない野生動物、すなわち体内に魔石を持たない動物とも遭遇する事が多い。私達は今晩のおかずとなる獲物を探しながら森を進んでいる。


 今日の一番の収穫は鹿だった。私が遠距離からアイスジャベリンの魔法を使って鹿を仕留めた。ヘルフリートは私が仕留めた鹿を、いとも簡単に解体して馬車に積んだ。


「エミリア、鹿の肉が腐らないようにアイスの魔法で冷やしておいてくれるかい」

「うん、やっておくね」


 私はヘルフリートの指示の通り、鹿の肉にアイスの魔法を掛けた。肉はキラキラとした水色の魔力に包まれると、一瞬で冷却された。冷凍すると解凍に時間が掛かってしまうから、凍り始めるギリギリの温度でキープしておく。


「今日はこの辺りで野営しようか」

「そうね、日も暮れてきたし」

「上空から森を探索するから、ガーゴイルの姿に再召喚しておくれ」

「わかったよ」


 私とヘルフリートは馬車を停めて野営の準備をした。馬に水と餌をやってから、野営地の安全を確認する。ヘルフリートをガーゴイルの姿に再召喚すると、彼は上空から森の探索を始めた。


 私は馬車から食料を出して野営の支度を始めた。今日の夕飯は鹿肉のステーキとスパゲッティだ。鍋を用意してウォーターの魔法で水を入れ、ファイアの魔石を使って鍋を加熱する。水を沸騰させてから、スパゲッティの麺を投入する。茹で上がったスパゲッティにオリーブオイルと塩、黒コショウ、粉末のニンニクを絡ませると完成だ。


 鹿肉は厚めに切ってから、熱しておいたフライパンでじっくりと火を通す。味付けはシンプルに塩と胡椒のみだ。簡単な料理だけど、ヘルフリートは何でも美味しそうに食べてくれるから問題ないはず。しばらく待っていると、森の探索を終えたヘルフリートが戻ってきた。手には小さな袋を握っている。


「その袋はどうしたの?」

『ああ、モンスターを狩ってきたんだよ、フォレストウルフの群れが居たんだ。全部で十五匹』


 魔石は綺麗な緑色の光を放っている。この魔石は次の町に着いたら、冒険者ギルドで換金する事にしよう。私達は早速夕食を食べ始めた。


「味は薄いかもしれないけど、大丈夫?」

『ああ。美味しいよ、エミリア』

「本当? それなら良かった」

『エミリアは料理が上手だからな、将来良いお嫁さんになるよ』

「お嫁さんか……その前に恋人を作らないと」

『それはそうだ』

「ヘルフリートって、生前は恋人が居なかったの?」

『悲しい事に、俺は一度も女性と付き合った事がない……モンスターの討伐で忙しかったと言えば言い訳になるだろうが、単純に俺を好いてくれる女性なんて居なかったからな』

「まさか……」

『まぁ、次に体を取り戻したら恋人を作ってみよう。出来るかわからないけどね』

「ヘルフリートの馬鹿……」


 ヘルフリートがゴーストになった時に、彼の本当の容姿を初めて見たけど、彼は決して女性にモテないような感じではなかった。背も高くて、中性的で優しい雰囲気だったし。もしかして、昔の時代の女性は今の女性とは好みが違ったのかしら。


 ヘルフリートが生きていた頃は、今の時代よりもモンスターが多く、冒険者も多かったと聞いたから、屈強な戦士みたいな人がモテたのだろうか。少なくとも、私はヘルフリートが魅力的だと思う。モンスターの姿をしていても、レオナやティアナはヘルフリートの事が好きみたいだし。勿論私もヘルフリートの事が……。


『葡萄酒を取ってくれるかい?』

「馬鹿……」


 私はヘルフリートに葡萄酒が入った瓶を渡すと、彼はゴブレットに注いで美味しそうに飲み始めた。だけど、私とヘルフリートってどういう関係なんだろう。いつも思うけれど、私がヘルフリートを元の姿に戻せたら、私達の関係はそこで終わるのだろうか。それなら私はヘルフリートが今のままの姿でも良いから、ずっと一緒に居て欲しい。


 ヘルフリート以外の男性と一緒に居る未来なんて想像出来ない。私が勝手にヘルフリートに好意を抱いているだけだと思うけど、彼とはこれからの人生を共に生きたいと思っている。この事は今度考えよう。まだヘルフリートを元の体に戻せると決まっている訳でもない。


 ヘルフリートを召喚するためには、私自身の魔力が当時のヘルフリートの魔力を上回らなければならない。当時のヘルフリートは魔力が1000を超えていた。今の私の魔力が450だから、あと550も魔力を上げなければならない。そもそも、私が努力したところで、本当に魔力1000を達成出来るかもわからない……。


『エミリア、魔力に限界はないよ。毎日鍛え続ければ誰でも偉大な魔術師になれる。ある意味では魔王ヴォルデマールも偉大な魔術師だったが、力の使い方を間違えていた』

「私、本当にヘルフリートを召喚出来るのかな? 魔力1000なんて達成出来ると思えないよ」

『俺でも達成出来たんだ、俺の弟子であるエミリアは俺よりも早く魔力1000を超えるだろう』

「本当? どうしてそう確信できるの?」

『俺が育てるからだよ。俺は自分の体に戻りたい』

「私が途中で諦めたらどうするの? ヘルフリートは他の人のところに行ってしまうの?」

『エミリアが諦めたとしても、俺はエミリアと共に居たいと思っているよ。そもそも、自分の体を取り戻したいというのは、俺の欲でしかないんだ。俺が自分の欲を無くす事が出来れば、今のままでも幸せになれるだろうが……なかなかそうもいかない』

「誰だって自分の体でいたいと思うよ。私、ヘルフリートのために頑張るね。だけど、もっと確かな気持ちが欲しい。ヘルフリートがどこにも行かないっていう確証が」

『それならもうエミリアの手の中にある』

「え……?」


 ヘルフリートは私の指輪を指差した。私とヘルフリートが喧嘩、というか私が一方的に機嫌が悪くなった日、ヘルフリートが私にプレゼントしてくれた指輪だ。確かこれは妖精族が作ったという指輪。


『その指輪は妖精族の指輪。男が恋心を抱いている女性にプレゼントし、相手が指輪を嵌めた時、恋が成就するとかなんとか……まぁ巷ではそういう事になっているらしいぞ……』

「え……? そんな意味がある指輪だったの?」

『俺の時代はそうだったな』

「じゃあ……これって告白?」

『そう受け取ってくれても良い。俺はエミリアと共に、これからも生きていきたいと思っているよ』

「ヘルフリートの馬鹿……」


 私はヘルフリートの小さな体を強く抱きしめた。ヘルフリートと私は同じ気持ちだったんだ。ヘルフリートだって、私が魔法の練習をやめれば、元の体に戻る事は出来なくなる。私はヘルフリートから魔法を教わらなければ、きっと両親に掛けられてた呪いを解除できる魔術師にはなれないだろう。最初はお互い利害関係が一致していたから一緒に居た。だけど今の私達は、ただ一緒に居たいから一緒に居るんだ。


「ヘルフリート、私があなたの初めての恋人になってあげる」

『……』


 ヘルフリートは何も言わずに私に口づけをした。ガーゴイルと口づけをするって、何だか不思議な気分……。


「なんだか恥ずかしいね……私、魔法の練習をするね」

『ああ、俺は近くで見ているよ』


 私は恥ずかしさを紛らわせるために魔法の練習を始めた。まずは私の最終目標である、天空の魔法陣を書く。天空の魔法陣は魔力の消費が激しく、一度も書き切れた事はない。線を一センチ書くだけでも、体から大量の魔力が消失する。それに、魔法陣自体も非常に複雑で、間違いのないように書けるようになるには時間が掛かりそう。ヘルフリートの予想では、五年以内には書けるようになるらしい。私自身が天空の魔法陣を使えるだけの魔力を身につけなければならない。


『エミリア、今日はこの辺にして早めに休もうか、馬車の近くに罠の魔法陣を書いておくれ』

「罠の魔法陣を?」

『ああ、その方が安全だろう?』

「確かにそうね」


 私は馬車を守るように、罠の魔方陣を四つ書いた。魔法陣の中央に、アイスジャベリンの魔法を込めた魔石を設置する。これで私達が寝ている間にモンスターが襲ってきたとしても、すぐに異変に気付くだろう。馬車に乗り込むと、毛布を敷いて横になった。今日も楽しい一日が終わったな……。こんな旅がずっと続けばいいのに。


「おやすみ、ヘルフリート」

『ああ、おやすみ。エミリア』


 私はヘルフリートの小さな体を抱きしめて眠りについた……。

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