第四十九話「魔術師達の休暇」
〈八月一日〉
ハース魔法学校に入学してから四カ月が経った。私は毎日、放課後に魔法を練習し続け、魔力はついに四百五十を超えた。魔法の練習を行わない日には積極的にダンジョンに潜った。メンバーは私、ヘルフリート、レオナ、ティアナ、ディーゼル三兄弟。私達のパーティーは平均レベル3を超え、ダンジョンの十五階層までなら安全に狩を行える強さを身につけた。
ディーゼル三兄弟は、居住区に住んでいる若い獣人達に戦い方を教えている。戦い方を覚えた獣人達は、迷宮都市の付近に生息するモンスターを討伐して生計を立てている。ダンジョンでモンスターを討伐し続けたディーゼル三兄弟は、冒険者ギルドのマスターからの信頼を得て、駆け出しの冒険者向けの戦い方の講座を開いている。モンスターを自力で倒す力のない冒険者をサポートしたり、冒険者と共にダンジョンに潜り、実戦形式で戦い方を教えたり、冒険者ギルドが所有する建物で戦闘訓練を行ったりしているらしい。たまにヘルフリートも講師として戦闘訓練に参加する事があるけれど、ヘルフリートが講師を務める日の戦闘訓練は、町中の冒険者がこぞって参加する。
ヘルフリートは日に日に力を取り戻し、ついにレベル5を超えた。彼は「全盛期の自分に比べたら遥かに弱い」と嘆く事があるけれど、ヘルフリートの圧倒的な強さは、魔法学校の男子生徒のあこがれの的だ。学校内だけではなく、ヘルフリートのモンスター討伐の経歴は、ベルガーに住む町の人達にまで知れ渡っている。毎日のようにダンジョンに潜り、どんなに強いモンスターを相手にしても、傷一つ負う事は無く、いとも簡単にモンスターを討ち取る最強のファントムナイトが居ると。
市場や道具屋では、ヘルフリートと一緒に居るだけでかなりおまけをしてもらえる。ヘルフリート曰く「この地に住む民を守るのが俺の天命」らしい。流石に賢者様の考える事は普通の人間とは違う……。
ハース魔法学校は八月一日から十月の一日まで、長い夏休みがある。今日は夏休みの一日目だ。私とヘルフリートは今日からの夏休みの過ごし方を考える事にした。
「私、夏休みなんて人生で初めてだから、どう過ごしたら良いのか分からないよ」
「そうだな……俺も夏休みは初めてだ。生前は休みなんてほとんど無かったからな」
「そうなの?」
「ああ。大魔術師の称号を得てからはほとんど休みなんてなかったよ。国からモンスターの討伐を依頼されたり、国防を依頼されたりね」
「やっぱり大変だったんだよね。こうして蘇って、時間に余裕がある生活を送るのも良いんじゃない?」
「まったくその通りだよ。今世はまったり生きると決めているんだ。エミリアと共にね」
だけど、夏休みって何をしたら良いのだろう。いつも通りダンジョンに潜ったり、魔法の練習をしていれば充実した日々を送れると思うけれど、せっかくなら夏休みにしか出来ない事をしたい。
旅に出るのも良いかもしれない。ヘルフリートと二人で馬車に乗って、ゆっくりと時間を過ごす。そうだ、夏休みはヘルフリートと二人で過ごそう。朝早くに起きた私達は、大広間で朝食を食べる事にした。大広間にはレオナの姿があった。
「エミリア、ヘルフリート。おはよう」
「ああ、おはよう、レオナ」
「おはよう、レオナ」
レオナは朝から大量の肉とパンを食べている。どこかに出かけるのか、テーブルの上に大きなカバンを置いて、保存が利きそうな食料を詰めている。堅焼きパンやチーズ、乾燥肉や堅焼きビスケット、乾燥フルーツやナッツ等だ。レオナは私とヘルフリートの方を見て寂しそうに猫耳を垂らした。
「私! 山籠もりするの!」
「なんだって?」
「山籠もり?」
私とヘルフリートがほぼ同時に質問をした。山籠もりってどういう事なんだろう?
「私、なるべく早くにレベル5に上がりたいんだ。ベルガーの町から北に進んだ場所に小さな山があるの。レベル2から4までのモンスターが多く湧く山で、そこで修行をするの」
「それは良い事だ! 俺も駆け出しの頃は山籠もりをしたよ。なるべく強いモンスターが湧く山で戦い続けた」
「うん。私はすぐに強くなりたいの。だから山籠もりするの!」
「レオナ。素晴らしい考えだとは思うが、くれぐれも気をつけるように。レベル4までのモンスターしか湧かなかったとしても、属性的に不利な相手なら戦いは厳しくなる」
「わかったよ、気をつけるね。それじゃ行ってきます」
レオナは私とヘルフリートに抱きつくと、大きな鞄を背負って大広間を後にした。随分逞しいのね。私も負けられないわ。さっきまでは旅行に行きたいと思っていたけれど、もっと魔法の練習をしなければならないと実感した。
「レオナは強いから大丈夫だろうが、山での生活は思いがけない事が起こる。夜の山は闇の魔力が強くなり、モンスターも凶暴化する」
「夜の山か……私は入った事ないけど、やっぱり危ないんだよね」
「山の性質にもよるけどね。闇属性の魔力が少ない山もあれば、アンデッド系のモンスターしか引き寄せないような、禍々しい魔力を放つ山もある」
「レオナが無事ならいいけれど」
「きっと大丈夫さ。しっかり下調べをしているだろう。彼女は慎重な性格だからね」
「ねぇ、ヘルフリート。私達は夏休みの間、どうしようか?」
「エミリアはどうしたいんだい? 俺は君の召喚獣だから、エミリアの決定に従うよ」
「うん……実は旅に出たいなと思っていたの。だけど、レオナが山籠もりするなら、旅になんて行ってる場合じゃないって思ったの」
「旅か。そいつはいいな! 俺達は旅に出よう。旅の間にモンスターを倒し、お金を稼いで町を転々とする。二カ月もあれば随分遠くの町まで移動出来るだろう」
「本当?」
「ああ、早速支度をしようか。冒険者ギルドのマスターに頼んで、足の速い馬車を用意して貰う事にしよう」
「それは良いわね!」
朝食を食べ終えた私達は、部屋に戻って旅の支度を始めた。旅なんて初めてだわ。行先はヘルフリートが生まれた町、フレーベルに決めた。フレーベルの町は、迷宮都市ベルガーから馬車で二週間の距離にあるらしい。トランクを部屋の中央に置き、私は必要な荷物を次々を詰め始めた。
まずは石鹸にタオル、洗面用具。着替えのローブや衣類。フライパンにナイフ。軽量化された金属製のコップとお皿、スプーンとフォークが二人分。スパゲッティの麺に塩、胡椒、その他必要そうな調味料。堅焼きパンと堅焼きビスケットが七日分。硬くて日持ちする大きなチーズに、薄くスライスされた乾燥肉が一キロ分。ヘルフリートの晩酌用の葡萄酒にゴブレット。それからエール酒と、つまみの乾燥フルーツにナッツ。
これだけの食料があればしばらくは困らないと思う。旅の途中で野生動物を狩りながら進めば大丈夫だろう。飲み水は私の水属性の魔法があるから困らない。クライン先生のエレメンタルの試験以降、私は水属性の魔法の練習を始めた。先に氷属性の魔法を覚えていたからか、水属性の魔法はあっという間に使えるようになった。と言っても、使える魔法は水を作り出すウォーターの魔法だけだけど。
冒険者ギルドに向かったヘルフリートは、しばらくすると大きな幌馬車に乗って戻ってきた。二頭の馬が幌馬車を牽いている。馬は風属性のウィンドホースというモンスターで、レベルは3なのだとか。体に強い風を纏わせて、高速で移動する事が出来るらしい。
「エミリア、トランクを馬車に積んだら旅に出よう」
「わかったわ」
支度を終えた私達は、馬車に荷物を積み込むと、すぐに魔法学校を出た……。