第四十八話「勝者」
試合が始まると、レオナのエレメンタルが飛び上がった。男子生徒達のエレメンタルは、試合開始早々にレオナのサーベルタイガーによって切り裂かれた。
「エミリア! 二人だけで戦いましょう!」
「ええ!」
レオナは私とサシで勝負したかったのだろう。私のホーリーエレメンタルは、剣をサーベルタイガーに向けて挑発した。サーベルタイガーはホーリーエレメンタルの出方を伺いながら、ゆっくりと大広間を回っている。
先に攻撃を仕掛けたのはサーベルタイガーだった。鋭い爪の一撃を放つと、ホーリーエレメンタルは攻撃を受けずに後退した。後退と同時に、左手をサーベルタイガーに向けると、魔力を放出させた。あれはヘルフリートが得意とする魔法、ホーリーアローだ。
銀色の美しい矢を作り上げると、サーベルタイガーに向けて放った。サーベルタイガーは強い火炎を吐いて矢をかき消すと、大きく跳躍してホーリーエレメンタルとの距離を詰めた。サーベルタイガーが着地した瞬間、ホーリーエレメンタルは左手を宙に向けて魔法を唱えた。瞬間、銀色のタワーシールドが姿を現した。本当にヘルフリートの戦い方と同じなんだ……。
タワーシールドを握り、裏拳の要領でサーベルタイガーの頭部を思い切り殴りつけると、サーベルタイガーは怯んだ。ホーリーエレメンタルはその隙を見逃さなかった。目にもとまらぬ速度で、右手に持っている剣を水平に走らせ、サーベルタイガーの前足を切断した。サーベルタイガーの体からは火の魔力がしたたり落ちている。
サーベルタイガーは激怒してホーリーエレメンタルに攻撃を仕掛けるも、足を一本切り取られているせいか、満足に動く事すら出来ない。ホーリーエレメンタルは敵との距離を取り、遠距離からホーリーアローを連射すると、サーベルタイガーの体には次々と風穴を開いた。サーベルタイガーは体から火の魔力を散らすと、小さく爆発して消滅した。
勝ったんだ……エレメンタルは勝利を報告するかの様に跪いた。大広間からは歓声と共に拍手が起こった。ヘルフリートが私の方に飛んでくると、嬉しそうに私の体を抱きしめた。
『エミリア、あれは俺だな! 俺の幻影だ! 俺の戦い方をマスターしているエレメンタルを召喚するとは……やっぱりエミリアは最高だ!』
『ありがとう。ヘルフリートの事を考えながら召喚したら、ファントムナイトのヘルフリートそっくりのエレメンタルが生まれたんだよ』
『よくやった! レオナのエレメンタルをいとも簡単に仕留めるなんて』
ヘルフリートは私の腕の中で嬉しそうに微笑んでいる。勝手にヘルフリートの分身の様なエレメンタルを作ってしまって、申し訳ない気がするけど、ヘルフリートが喜んでくれたならそれで良い。私は新しいエレメンタルを「ナイト」と名付けた。
『ナイト。エミリアを守る騎士……本来なら俺の役目だが、俺が居ない時には彼が居れば安心だな』
『ヘルフリートが居ない時なんてあるかしら? そろそろ二回戦が始まりそう。近くで観戦していてね』
『勿論さ』
私はその後も順調に勝ち進み、ついに決勝戦を迎えた。決勝戦の相手はリーゼロッテだった。生徒の間では、こっそりと賭けが行われているみたい。男子生徒達は面白がってどちらにお金を賭けるか話し合っている。今のところ、リーゼロッテの勝利に賭ける人が多いみたい。
ヘルフリートは男子生徒達に近付いていくと、こっそりとお金を渡した。まさか、賢者が賭けをするなんて……ヘルフリートってたまに子供みたいな所があるんだから。ヘルフリートは私とリーゼロッテ、どちらにお金を賭けたのだろう。
「これから決勝戦を行います! お二人共、前に!」
クライン先生に名前を呼ばれると、大広間の中心に進んだ。隣にはナイトが立っている。まるで本物のファントムナイトが隣に居るかのような安心感がある。続いて、リーゼロッテが大広間の中央に進んだ。リーゼロッテの隣には、体長が三メートルもある風属性の熊が立っている。名前はウィンドベアーと言うらしい。
随分体の大きな熊ね……体の大きさだけで判断すれば明らかに不利。だけど私は知っている。戦いで大切なのは、体の大きさや力の強さだけではだけではない。ファントムナイトとしてのヘルフリートが、ダンジョンの三階層で、自分よりも遥かに体の大きいアラクネをいとも簡単に仕留めたところを見ている。
リーゼロッテのエレメンタルの戦い方は、強引で力任せだった。攻撃力だけならリーゼロッテのエレメンタルの方が高いと思う。しかし、私が作り上げたナイトは、ヘルフリートの戦い方を忠実に再現出来る。負ける訳にはいかない。
私はナイトの肩に手を触れて、必ず勝つようにと囁いた。ナイトは静かに頷くと、ロングソードをリーゼロッテのエレメンタルに向けた。
「決勝戦、エミリア・ローゼンベルガ―対リーゼロッテ・ヘルダー! 試合開始!」
ついに決勝戦が始まった。試合が始まってしまえば、私はエレメンタルを応援する事しか出来ない。私のエレメンタルなら、きっとこの戦いに勝ってくれるはず。
リーゼロッテが作り上げた巨体のウィンドベアーは、猛スピードでナイトに向かって突進してきた。ナイトは地面に手を着けて、聖属性の魔力を込めると、ウィンドベアーの足元には小さな盾が現れた。足元の盾に気を取られたウィンドベアーは、視線を一瞬地面に移した。ナイトはその瞬間を見逃さずに、一気にウィンドベアーとの距離を詰めると、ロングソードで鋭い突きを放った。ウィンドベアーはナイトの突きを器用に回避すると、大広間からは熱い声援が飛んだ。
ウィンドベアーは爪に強い風属性の魔力を込めると、大きく振りかぶってナイトを殴りつけた。ナイトはウィンドベアーの攻撃を剣で受け止めると、相手の攻撃の威力に耐え切れずに膝を着いた。瞬間、リーゼロッテのウィンドベアーはナイトの体に噛り付いたウィンドベアーに噛みつかれたナイトは、剣をウィンドベアーの心臓に突き刺してから後退した。
しかし、実態のない魔力の体のウィンドベアーは、心臓を突かれたとしても、ダメージは少ない。攻撃を受けたウィンドベアーは、怒り狂って前足での攻撃を連発してきたが、ナイトは実物のヘルフリートの様に、剣を巧みに扱い、いとも簡単にウィンドベアーの攻撃を受け流した。攻撃を受け流しながら、タイミングを見計らってホーリーアローを体に打ち込んでいる。
かなりのダメージが蓄積されたウィンドベアーは、ついに魔力の限界に達したのか、捨て身の一撃を放ってきた。ナイトに向かって真正面から突進してきたのだ。ナイトはウィンドベアーの突進を回避すると、瞬時に背後に回り、剣を背中突き刺した。剣から手を放し、大きく後ろに飛び退くと、両手をウィンドベアーに向けてホーリーアローを連発した。ウィンドベアーの体には三十以上もの風穴が開き、ついに攻撃に耐え切れなくなったウィンドベアーは命を落とした。勝ったんだ……。
「優勝はエミリア・ローゼンベルガ―! おめでとうございます!」
大広間からは熱狂的な拍手が沸いた。賞賛の言葉と喝采が劈いた。ヘルフリートは嬉しそうに私の体に抱き着くと、私に全財産を賭けていた事をこっそり教えてくれた。
『俺のエミリアが負けるわけない。俺はエミリアが勝つ方に全財産賭けだんた。儲けたお金で食事に行こう』
『ありがとう! ヘルフリート!』
『優勝おめでとう、エミリア。君は最高の弟子だ』
しばらくするとクライン先生が小さな箱を持って近づいてきた。
「これは毎年行われるエレメンタルの試験で、最も優秀だった者に贈られる銀時計です」
「銀時計ですか……」
箱を開けてみると、中からは美しい銀の懐中時計が出てきた。時計の裏にはハース魔法学校の紋章が刻まれている。私は懐中時計をヘルフリートにプレゼントした。私との約束の時間をちゃんと守って欲しいという意味で……。ヘルフリートは銀時計を受け取ると、嬉しそうに私に抱き着いた。こうしてクライン先生のエレメンタルの試験は幕を閉じた……。
 




