第四十六話「二人の時間」
〈エミリア視点〉
一時間目の授業を終えた私はヘルフリートを教室に残し、二時間目の授業に向かった。まったく、ヘルフリートはいつも女の人の事ばかり考えているんだから。クライン先生が美人だとか、レオナが可愛いとか。ベル先生が男子生徒から人気があると知るや否や、「俺も授業に出ようかな」なんて言い始めた。まったく何を考えているんだか。私の召喚獣なのに……。
二時間目の授業にも、三時間目の授業にも、ヘルフリートは姿を現さなかった。ついに四時間目の授業にもヘルフリートは現れなかった。一体どこに行ったのかしら。もしかして、私が強く言い過ぎたからどこかに行ってしまったのかな。授業が終わると、私はレオナとリーゼロッテを誘って昼食を食べに行く事にした。
「レオナ、リーゼロッテ。ご飯を食べに行こうよ」
「うん、良いよ」
「ごめん、ちょっとヘルフリートと用事があるんだ」
「え……そうなんだ」
レオナはヘルフリートと用事があるんだ。私の元には戻って来なかったのに、ヘルフリートはレオナと約束をしているらしい。本当に何を考えているかわからない。私には会えなくても、レオナには会えるんだ。それに、用事ってなんだろう。気になるけど、「私も行きたい」なんて言ったら格好悪いから、ここはクールに聞き流しておこう。
「いってらっしゃい」
「うん、夜までには戻ると思う」
夜……? レオナとヘルフリートが夜まで一緒に居るっていうの? 信じられない……最低な召喚獣。本当に馬鹿なんだから。私の事守ってくれるって言ったのに……。
リーゼロッテと昼食を頂いてからエレメンタルの練習を始めた。校庭でリーゼロッテと魔法の練習をしていると、ヘルフリートとレオナが戻ってきた。レオナとヘルフリートが腕を組んでいる。
二人の姿を見た私の心は大きく揺れ動いた。私は三年前に村を破壊され、両親に呪いを掛けられた。それからすぐに私は親戚の家に引き取られた。引き取られたと言っても、毎日の労働をする条件付きで。十二歳から三年間、道具屋で働き続け、私はついにヘルフリートと出会った。彼の事は心から信用できると思っていた。ずっと一緒に居られる仲間が。家族の様な人が出来たと思った。
だけど、今日のヘルフリートはなんなんだろう。どうしてレオナと一緒に居るんだろう……レオナとヘルフリートは二人で攻撃魔法の教室に入っていった。二人で何をしているのかは分からないけど、今は魔法の練習に集中しないと。それから私はしばらくリーゼロッテと共にエレメンタルの魔法の練習を続けた。
二人は何をしているんだろう。気になる……ついに我慢できなくなった私は、教室の扉をこっそりを開いて覗いた。レオナがヘルフリートの膝に頭を載せ、ヘルフリートはレオナの頭を撫でている。レオナはうっとりとした目でヘルフリートを見つめている。
「それじゃあ、ヘルフリートはエミリアのものなの……?」
「そういう訳じゃない」
「じゃあ、これからも私と一緒に居てくれる?」
「勿論さ……」
ヘルフリートは私の召喚獣なのに……どうして私のものじゃないなんて言うんだろう。二人の姿を見ていると、私の目からは自然に涙が零れた。
「ヘルフリートの馬鹿!」
こんな幼稚な言葉しか言えなかった。ヘルフリートは私の召喚獣なんだから近づかないで、と言えたら嬉しいけど……寮の部屋に戻ると、私はベッドに潜った。どうして好きな人は私の元から居なくなってしまうの。お父さんとお母さんだって、呪いに掛けられて正気を失っている。私には何もない……やっと手に入れた大切な人も、失ってしまうのかな……。
〈ヘルフリート視点〉
エミリアがどうしてここに? 何か変な誤解をしているみたいだが、俺とレオナは誤解をされるような関係ではない。俺は急いでエミリアを追いかけた。
エミリアの部屋からは、すすり泣くエミリアの声が聞こえた。なんだか申し訳ない気分になってきた。俺は前世でも一度も女性と付き合った事が無い。女性の扱い方が全く分からない。こんな時どうしたらエミリアは機嫌を直してくれるのだろうか。
扉の取っ手を握ると、内側から鍵が掛かっていた。どうしたら良いんだ……俺はエミリアのために買った指環を握りしめて、扉の前に座って悩み続けた。エミリアは何故泣いているのだろうか。まさか、レオナに嫉妬していたのだろうか? わからないな……。
扉をノックすると、鍵が開く音がした。急いで扉を開けると、エミリアがベッドに横になっていた。なんと言えば良いのだろうか。そもそも、俺とエミリアは恋人でもない。歳も離れている。俺は人間ですらない。エミリアの力によって召喚されているモンスターだ。そんな俺に対して、エミリアは嫉妬をしている……素直に謝るべきか。
「エミリア……」
俺は毛布の上からエミリアの体に触れた。エミリアは俺の手を払うために毛布から手を出した。俺は咄嗟にエミリアの手を握り、指環を嵌めた。右手の薬指だ。エミリアは驚いて毛布の中に手を引っ込めた。だめか……指環をあげたくらいで機嫌を直してくれる訳がない。俺は泣きそうになりながら部屋を出た。
すると、エミリアが走って来て俺の手を掴んだ。エミリアは満面の笑みを浮かべ、俺の手を強く引いた。
「馬鹿……まったく。レオナと二人きりで居るなんて。絶対に許さないって思ったけど……指環なんて貰ったら許すしかないよね」
俺はエミリアを強く抱きしめた。この子は繊細なんだな。俺はエミリアを抱きかかえてソファに座らせた。今日、一時間目の授業が終わってからの事を包み隠さず話した。
「レオナと串焼きを食べたんだね……良いなぁ。私も食べたいな」
「今度連れて行ってあげるよ。俺の奢りでね」
「ありがとう、ヘルフリート。馬鹿みたいに機嫌を悪くしてしまってごめんなさい」
エミリアは嬉しそうに指環を見つめている。指環があって良かった……俺はエミリアと共に夕食を食べるために、ガーゴイルの姿に戻してもらった。エミリアはガーゴイルになった俺の体を強く抱きしめた。俺の体にエミリアの大きな胸が当たっている。信じられない程柔らかくて温かい……エミリアの優しい魔力を感じる。
エミリアは俺に顔を近づけると、頬にキスをした。女性から口づけされたのは初めてだ。勿論、唇同士が触れ合った事は無い。生前は恋人が出来た事も無かった。大魔術師として俺が有名になればなる程、近づいていくる女は多かった。しかし、どの女も俺の社会的な地位や富しか見ていなかった。エミリアは人間ですらない俺を好いてくれている。この子の気持ちを尊重しながら生きていこう……。
『ご飯を食べに行こうか』
「馬鹿……雰囲気ってものを知らないんだから。まったく……」
俺達はゆっくりと二人だけの時間を過ごしてから、大広間に移動して夕食を頂いた。夕食を食べた後、俺達は早めに部屋に戻って、一緒に葡萄酒を飲んでから、ベッドに入った。
『おやすみ、エミリア』
「おやすみ、ヘルフリート。指環、大切にするね」
『うん。お金が出来たらもっと素敵な物を買ってあげるよ』
「うんん、これで良いの。値段の問題じゃない」
『それなら良かった』
俺はエミリアに抱きしめられながら眠りについた……。