第四十五話「レオナとの時間」
魔法学校に着いた俺とレオナは直ぐに訓練を始める事にした。場所は攻撃魔法の教室を使う。この教室は放課後は生徒が自由に使う事が出来るからだ。
「レオナ、まずは実力を見せてもらう」
「わかったよ。どうしたら良い?」
「そうだね……実際に戦うしかないだろうな」
俺は教室の隅に置かれているウッドマンの剣を二本持つと、片方をレオナに渡した。レオナはトマホークを床に置くと、剣を握りしめて俺に向けた。
「いつでもいいよ!」
レオナが強気な発言をした瞬間、俺は一瞬でレオナの懐に飛び、彼女の武器を払った。レオナは、突然の俺の攻撃に反応すら出来ずに武器を落とした。もう少し手加減をした方が良さそうだ。
「早すぎるよ……」
「俺の速さに慣れるんだ。レオナなら出来る」
「どうして出来ると思うの?」
「俺が育てるからだ」
レオナは落とした武器を拾うと、剣を構えて襲い掛かってきた。なかなか良い速度だ。ダンジョンの四階層で出会ったクレイモアを使うリビングデットと同等だろうか。剣の速度も速く、間合いの取り方も上手い。俺はレオナの剣を受けずに、後退して回避すると、剣にエンチャントを掛けた。聖属性の魔力を剣に込めた状態で剣を振り下ろす。
『ホーリークロス!』
魔法を唱えた瞬間、剣の先からは十字の魔力が飛び出した。レオナは即座に床に手を着けて魔法を唱えた。
『ストーンウォール!』
レオナが魔法を唱えると、目の前には分厚い石の壁が現れた。石の壁は俺の攻撃に耐え切れず、粉々に砕け散った。レオナは次々と石の壁を作り上げ、姿を隠しながら俺に近づいてきた。魔法の生成速度、フットワークの軽さは驚異的だ。俺はレオナが作り上げた石の壁を一つずつ破壊すると、レオナは壁の影から一瞬で姿を表し、素早い突きを放ってきた。俺は右手に持った剣でレオナの突きを受け流すと同時に、左手をレオナに向けて魔法を込めた。
『ホーリー!』
ホーリーの魔法を体に受けたレオナは、教室の端まで吹き飛んだ。レオナは軽やかに着地をすると、剣にファイアのエンチャントを掛けて、遠距離から炎の刃を飛ばした。次々と飛んでくる炎の刃を回避しながらレオナとの距離を詰める。
レオナは目の前の戦いにだけ集中しすぎているな。俺はレオナの背後にホーリーシールドの魔法で盾を作り上げた。背後に作り上げた盾を引きつけ、レオナの体にぶつけた。すると、突然の背後からの攻撃でレオナは姿勢を崩した。瞬間、俺は一気にレオナとの距離を詰め、レオナの首元に剣を当てた。
「ずるい……後ろから攻撃するなんて!」
「勝てれば良いんだよ。後ろも前もない。実際の戦闘では命を懸けて戦う」
「だけど……」
「まぁ、少し卑怯かもしれないけど、更に視野を広げて戦うんだ。複数のモンスターとの戦闘中、目の前の一体のモンスターだけに集中していては、たちまち背後から攻撃を仕掛けられるぞ」
「それはそうだよね。考えてもみなかったな」
「さぁ、続けようか」
それから俺とレオナは、剣と魔法を使った訓練を続けた。レオナは呑み込みが非常に早く、頭の回転も速い。一度説明すればすぐに理解し、実行する。技を覚える速度も非常に速い。これは鍛え甲斐がありそうだ。
三時間程訓練を続けると、レオナの魔力と体力が切れた。疲れ果てたレオナは教室の床に倒れ込み、じっと俺を見つめている。俺はレオナの隣に腰を掛けると、レオナは俺の膝の上に頭を載せた。
「ヘルフリート。ありがとう」
「良いんだよ。これからも訓練を続けよう」
「うん。あとね、もう一つお願いがあるの」
「なんだい?」
「魔法の勉強も教えて欲しいんだ。薬学の授業とか、座学はどうも苦手なの……」
「お安い御用だよ。分からない事があればいつでも聞くんだよ」
「うん。本当にヘルフリートって何者なんだろう……強すぎるし頭も良いし。ゲゼル先生のファイアエレメンタルを一瞬で倒しちゃうんだもん。学校中がヘルフリートの話題で持ち切りだよ」
この子は勘が鋭い。いつか俺の正体にも気が付くかもしれない……。
「ねぇ、どうしてヘルフリートはエミリアの召喚獣なの?」
「エミリアが俺に助けを求めた事がきっかけだったかな。俺もまたエミリアに助けを求めた。召喚獣になれば、俺はもう一度この世界で生きる事が出来る。そんな状況だった」
「よく分からないけど、エミリアじゃなくて、私だったら……」
レオナは俺の体を強く抱きしめた。どうしてか彼女は涙を流している。きっと獣人の村から出てきて心細かったのだろう。三年以内にレベル5になれなければ、両親が決めた男と強制的に結婚させられる。可哀想な運命だとは思うが、彼女がこのまま努力を続ければ、レベル5を超える事は間違いない。
「私、絶対にレベル5になる」
「なれるよ」
「俺が育てるからって言うの? どうしてヘルフリートは私に協力してくれるの?」
「正しい心を持つ者が強くなれば、この世の中はもっと住みやすくなる。悪質なモンスターを倒せる冒険者が増えれば、力を持たない者が安全に暮らせる世の中になる。俺はそういう世界を作りたいと思っていた」
「随分大きい目標を持っていたんだね。だけど、思っていたってどういう事?」
「かつては正しい目的のために人生を費やした。大陸を支配していた悪を討った時、俺は自分の体を失った。それから俺はエミリアが召喚してくれるまで、狭い場所の中で生きていた」
「狭い場所?」
「これくらいのね」
俺は賢者の書と同じくらいの大きさを手で作って見せた。
「これからも一緒に居られるよね?」
「勿論さ。ファントムナイトの俺には寿命が無い。殺されるまでは永遠に生きて居れらる」
「永遠の命か……」
「まぁ、永遠にファントムナイトとして生きるつもりはない。きっと十年、十五年もすれば、俺は元の体を取り戻す事が出来る」
「人間……?」
「そういう事だよ」
「ヘルフリートって……本当はヘルフリート・ハースなんじゃない? そんな事あるわけないか……だけど、本の中で読んだ賢者ハースの戦い方とそっくりなんだよね。現代に賢者ハースが居たら、きっとヘルフリートみたいな戦い方をすると思うの」
俺はレオナの頭を撫でた。まさか俺の戦い方を本で読んで覚えていたとは。しかし自分の本が出回っているとは。賢者の称号を得た時、俺の生まれ故郷に銅像まで建ったんだ。俺の人生や、戦い方を記録した本だって売られているだろう。
「俺は六百年前に魔王ヴォルデマールに呪いを掛けられて命を落とした、賢者ヘルフリート・ハースの魂だよ」
「えっ……やっぱり?」
「ああ、ご名答。俺の正体を当てたのはレオナが初めてだな」
「魂ってどういう事?」
「世間では、俺が流行り病で死んだという事になっているんだってね」
「そうだよ」
「俺の死因は病気じゃないんだ。魔王ヴォルデマールが死の瞬間に放った呪いによって、魔王との戦いの二カ月後に命を落とした。俺は自分の死を悟った時、全ての力を魔石の中に、魂を本の中に封じ込めた」
俺は魔王を倒した後の事から、エミリアに出会った事まで、全てを語った。レオナは真剣な表情で俺を見つめると、嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり、ヘルフリートはただの召喚獣じゃないと思った。普通の召喚獣が、魔法学校の学長が作ったウッドマンを破壊したり、副学長が作ったエレメンタルを倒せる訳ないし。それに、そんな召喚獣を召喚出来るのは、大魔術師でもない限り不可能」
「そこに気が付いたか。やはりレオナは賢い」
「いくらエミリアが優れた魔術師だとしても、レベル3の魔術師に、ここまで知能が高くて、戦闘能力が高い召喚獣を召喚する事は不可能よ」
「うむ。俺が強くなりすぎてはエミリアが疑われるかもしれないな。本当に自分で召喚したのかと。しかし、エミリアは毎日の鍛錬によって、着実に力をつけている。このまま鍛え続ければ、いつかきっと俺を召喚出来る魔術師になれる」
「それじゃあ、ヘルフリートはエミリアのものなの……?」
「そういう訳じゃない」
「じゃあ、これからも私と一緒に居てくれる?」
「勿論さ……」
俺がそう言った瞬間、教室の扉が動いた。エミリアが涙を流してこちらを見ている。今の状況は、レオナが俺の膝の上に頭を載せて、俺を見上げている。俺はレオナの美しい髪を撫でながら話をしている。変な誤解をさせてしまったかもしれないな。
「ヘルフリートの馬鹿!」
エミリアは大声で叫ぶと、教室の扉を閉めて走り去った……。