第四十四話「四階層の闇」
四階層でリビングデッドの群れに遭遇した俺は、急いで仲間の武器にエンチャントを掛けた。敵は全部で七体。駆け出しての冒険者パーティーだったのか、リビンデッド達はお揃いの防具を装備し、剣と盾を持っている。志半ばで命を落とし、闇属性のモンスターとして蘇ったのだろうか。
リビングデッドのリーダーであろう巨体のモンスターは、両手剣を握りしめて襲い掛かってきた。剣は百五十センチもありそうな巨大なクレイモアだ。リビングデッドはクレイモアを大きく振りかぶり、垂直切りを放ってきた。俺は敵の攻撃を受けずに回避すると、ロングソードでの突きを放った。
リビングデッドは俺の突きをクレイモアで弾くと、剣を水平に走らせて鋭い水平切りを放ってきた。俺は敵の攻撃を回避するために、大きくバックステップをし、水平切りを回避した。攻撃の速度の非常に早く、構えには隙も無い。生前は優れた戦士だったのだろう。どうしてこの様な場所で命を落とし、リビンデッドに成り下がってしまったのか……。俺は剣にありったけの魔力を込めた。
『ホーリー!』
剣の先から鋭い光を放ち、リビングデッドの体を貫いた。リビングデッドには痛覚が無いのか、クレイモアを振りかぶって襲い掛かってきた。瞬間、ティアナのブロードソードがリビングデッドの頭部を貫いていた。いつの間に背後に回っていたのだろうか。
ティアナは剣を抜いて飛び上がると、俺のすぐ隣に着地した。かなりの高さから着地したにも拘わらず、着地音は非常に静かだった。体の使い方が上手すぎる。やはりティアナは獣人なんだ。白狼と人間の中間種。人間を凌駕する俊敏性を持っている。
リーダーを失ったリビングデッド達は、敵意を剥き出しにして襲い掛かってきたが、俺とランドルフによって一瞬で始末された。リビングデッド達が落とした装備と魔石が転がっている。
四階層には多くの小部屋があり、部屋を一つずつ開けて室内を探索すると、冒険者の荷物が散乱している部屋を見つけた。死んだ人間の荷物だろうか、腐りきった食べ物や、虫に食われてボロボロになった衣類が落ちている。きっとさっきのリビングデッド達の荷物だろう。こんな場所まで来てモンスターに殺害され、リビングデッドとして生まれ変わり、冒険者を襲う。せめて安らかに眠って欲しい……。
「師匠。今日は五階層に降りるのか?」
「いいや、ここまでにしておこう。時計を持っていないから外の時間もわからない」
「多分、四時間は経ったと思うよ」
「そうか。すぐに地上に戻ろう」
俺達は戦利品を担いで地上を目指して進み始めた。帰り道は非常に楽だ。モンスターがほとんど居ないからだ。
「なぁ、師匠。俺もダンジョン内で死んだらリビングデッドになるのか?」
「闇属性が強い空間で死ねばリビングデッドになるだろうな」
「俺がリビングデッドになったら、師匠が殺しに来てくれよ」
「馬鹿な。お前は死なない。誰にも殺させない」
「ありがとう。師匠」
しばらくダンジョン内を進むと、すぐに地上に到着した。ダンジョンの入り口では、授業を終えたレオナが俺を待っていた。
「遅いじゃない……ヘルフリート。放課後に戦い方を教えてくれるって約束したじゃない」
「ああ、そうだったね。すっかり遅くなってしまった。冒険者ギルドで換金したら学校に戻ろうか」
俺達は冒険者ギルドに戻り、クエストの報酬を頂いてから、魔石を換金した。モンスターが使用していた武器は全てランドルフに渡した。ティアナとランドルフと別れてから、レオナと共に冒険者区を歩き始めた……。
「ヘルフリートってさ、本当は何者なの? ファントムナイトとしては強すぎる気がするの」
「俺の正体は問題じゃないさ。君が俺を見た時、どんなモンスターに見えるかが問題だ」
「そうだけどさ。気になるよ。ヘルフリートがどんな人なのか……」
「いつか正体を教えるよ。今はエミリアの召喚獣として生きているけどね」
「じゃあ、エミリアの召喚獣じゃない時期もあったんだね」
「遥か昔の事だ……レオナが生まれるよりもずっと昔」
「ヘルフリートって長生きなんだね。やっぱりただのモンスターじゃないんだ!」
レオナは嬉しそうに俺を見上げると、俺の手を強く握った。彼女の体からは火と土の魔力を感じる。戦い方を教えればすぐに強くなれるだろう。魔力ではエミリアの方が上だが、実際の戦闘ならレオナの方が強いに違いない。ウッドマンとの戦いでも、レオナの動きは素晴らしかった。日常的にモンスターと戦っている者の動きだった。
「レオナの村では、男がモンスターと戦うと言っていたね」
「そうだよ」
「それにしてはレオナは強すぎるんじゃないのか? 戦い方はどこで覚えたんだ?」
「村の戦士達から教わったんだよ」
冒険者区を歩ていると、美味しそうな肉料理を売っている露店を見つけた。四十代だろうか、短い髪を逆立てた主人が肉を豪快に焼いている。大きく切った肉を、金属製の串に差すと、ファイアの魔法を掛けて一気に焼いた。焼いた肉に対して濃厚なソースを掛ける。旨そうだな……ガーゴイルの体なら食べられたのに。
「ヘルフリート。私、昼を食べずに来たんだ! 少しお腹が空いているの」
「そうなのか。食べていくかい?」
「良いの? ヘルフリートは食べられないでしょう?」
「仕方がないさ。今日はお金が入ったから奢ってあげるよ。好きなだけ食べると良い」
「本当? やった!」
レオナは嬉しそうに尻尾を立てて目を輝かせた。彼女にはエミリアとは違った可愛さがある。レオナは遠慮せずに、店にある串料理を片っ端から注文した。露店の椅子に座って待っていると、大皿には串に刺さった肉が山の様に盛られていた。
「七クロノだよ」
「随分安いんだな」
「うちは冒険者向けの露店だからね、味よりも量が大事なのさ!」
「そいつはいい事だ」
主人は嬉しそうに微笑むと、葡萄酒が入っている瓶を取り出してゴブレットに注いだ。ゴブレットに入っている葡萄酒を豪快に飲み干すと、串に刺した肉を頬張り始めた。
「お客さん、冒険者だろう?」
「そうだ」
「俺も普段は冒険者をしているんだ。ベルガーの町から馬車で三十分程移動した所の狩場なんだが、最近どうも闇属性のモンスターが多い」
「本当か?」
「間違いない。俺がこの町に来たのは五年前だ。当時は闇属性のモンスターが町の付近で湧く事は無かったんだ。きっとダンジョンの中の闇の魔力が高まったからだろうな」
「ダンジョン内の闇属性の魔力が高まる事により、闇属性のモンスターがベルガーに引き寄せられているのだろう」
「最近話題になっている、地下二十五階の地下墓地のせいじゃないかって噂だがね。高レベルの闇のモンスターが湧くらしい」
ベルガーのダンジョンにはどうも闇属性のモンスターが多すぎると思った。普通のダンジョンなら、ここまでモンスターの属性が偏る事はない。それに、聖属性のモンスターが一匹も居ない事も不思議だ。ダンジョン内の聖属性のモンスターが何者かによって殺されている可能性もある。
「ヘルフリート。もう食べられないよ。学校に戻ろうか」
「そうしようか。また来るよ、主人」
「ああ、いつでも来てくれ」
気さくな店主と別れた俺達は、再び露店をゆっくりと眺めながら魔法学校までの道を進んだ。レオナは随分嬉しそうに俺の手を握っている。この子は俺に好意を抱いているのだろうか? しかし、理由が分からない。特に彼女と親しくなるようなきっかけは無かった。エミリアの次によく話す相手ではあるが……。
「ヘルフリート! マジックアイテムが売っているよ! そこの露店」
「どこだい?」
レオナは地面に座り込んでアイテムを床に並べている露天商を指差した。装飾品や武器を売っているようだ。どうも胡散臭い露天商だな。マントを身に纏い、顔を隠すように深くフードを被っている。体からは強い闇属性の魔力を感じるな……。
「いらっしゃい……お客さん。ファントムナイトだね?」
「何者だ?」
「魔族とだけ言っておこう。ファントムナイトに一族を殺された末裔だ」
「恨むなら他のファントムナイトを恨むんだな」
魔族はクロノ大陸の最南端の小さな村に住む種族だ。闇属性の強い地域で生まれた人間は、魔族として生を受ける。魔族は生まれつき、非常に高い魔力と力を持って生まれる。確か魔王も魔族だったな……俺が人生で唯一殺害した魔族。魔王ヴォルデマール。
「あんたが客なら歓迎だ。俺はこうして露天商として生きてる。他の魔族は人間やファントムナイトを殺す機会を常に窺っているがね」
「そうか。賢い選択だな」
「俺の店にはファントムナイトが使うような聖属性のアイテムは少ない。今売れるアイテムはこれだけだ」
魔族の男が俺に見せたのは、小さな銀色の指環だった。指環からは強い聖属性の魔力を感じる。
「これは妖精族が作った指環だ。聖属性の魔力を高める効果がある」
「なかなか良い物だな」
「そうだろう。三十クロノで良い」
「随分安いんだな」
「ああ、すぐにでも手放したいからな。この指環が近くにあるだけで気分が悪くなる。俺は闇属性の生き物……」
「そういう事か。それなら買わせて貰おう」
「あんたは他のファントムナイトとは違うな。ファントムナイトの鎧を着ている何者か……と表現した方が良いだろう」
俺は代金を渡すと、魔族の店主から指環を受け取った。
「あんた、名は?」
「召喚獣のヘルフリートだ」
「俺は露天商のダミアンだ。闇属性の魔石が有れば買い取るよ。冒険者ギルドよりも高値でね」
「次にダンジョンに潜った時に集めるとしよう」
露天商のダミアンから指環を受け取った俺は、レオナと共に魔法学校に戻った……。




