第四十三話「賢者とダンジョン」
冒険者ギルドのマスターからクエストを受けた俺達は、早速ダンジョンに潜り、モンスターを討伐する事にした。しかし、十体討伐すれば二十クロノも稼げるのか。楽にお金が稼げる世の中になったものだな。たった十体しか倒さなくても、宿に泊まり、旨い料理を食べ、酒を飲む事が出来る。俺が賢者の書の中に居た間に、ここまで世界は変わったのか……。
俺が生きていたガザール暦700年頃は、モンスターの魔石の買い取り価格も低く、レベル1やレベル2のモンスターの魔石は買い取りを拒否される事もあった。今の時代と比較して、高レベルの冒険者が多かったからだろう。魔石を売る者が多ければ、買い取りの価格は下がり、魔石の価値も下がる。今の時代は冒険者のレベルが低いから、魔石を売る冒険者が少なく、魔石の値段が上がっている。
「師匠。すぐにダンジョンに入るのか?」
「まぁ待て。ヒールポーションを五つ買うんだ」
「わかったぞ。師匠」
ランドルフは素直に命令に従い、露店でヒールポーションを五つ購入した。万が一、俺の魔力が枯渇して、回復魔法を使えなくなったとしても、ヒールポーションさえあれば心配ないだろう。
「ティアナ、俺とランドルフの傍から離れない様に。ランドルフはティアナを守るんだぞ」
「勿論だ。師匠」
「俺は敵を見つけ次第殺す」
「ヘルフリート、私は何をしたらいい?」
「俺の戦い方を見て学ぶんだ。ティアナでも倒せそうなモンスターが居れば譲ろう。自分の力で倒すんだ」
「わかった……」
俺達はすぐにダンジョンの中に降りた。一階層は普段と変わらず、ゴブリンやスライム等の低レベルのモンスターしか生息していなかった。モンスターの数は非常に少なく、二階層に向かう通路にはたったの五体しか居なかった。きっとアラクネの出現を知った冒険者達が、魔石や装備を目当てにダンジョンに潜っているからだろう。
レベル4のモンスターの装備ともなれば、強力な魔力を秘める物が多い。装備目当てにダンジョンでモンスターを狩るのも良いかもしれないな。アラクネが使用していたモーニングスターは、強い闇の魔力を持つ武器だった。
「ランドルフ、ティアナ、一階層と二階層のモンスターは二人に任せるよ」
「ああ、任せてくれ。師匠」
「分かったよ……ヘルフリート」
一階層と二階層のモンスターはティアナとランドルフに任せた。彼等はレベル1のモンスターなら余裕をもって倒せる力を持っている。特にランドルフの成長は目を見張るものがある。生まれ持った素質もあるだろうが、モンスターとの間合いの取り方が上手く、槍の扱いなかなかのものだ。ティアナはランドルフよりも素早く、敵を撹乱する能力に長けている。移動速度も早く、回避動作が上手い。敵の攻撃を喰らう事もほとんどない。
ついに問題の三階層に辿り着いた。ここからは慎重に進まなければならない。アラクネの様な悪質なモンスターが、突然出現しても対処出来るように、俺はティアナとランドルフを守るために先頭に立ち、通路を進んだ。光り入らない通路を、聖属性の魔法の球を浮かべて照らす。
ゆっくりと道を進んでいると、闇の中からは悍ましいモンスターが姿を現した。悪魔の様な見た目で、ボロを身に纏い、ギラギラとした赤い目でこちらを睨んでいる。レッサーデーモンだ。
「ティアナ、ランドルフ、行くぞ!」
掛け声と共にレッサーデーモンの群れに突撃した。突然の俺達の襲撃に狼狽するレッサーデーモンに対し、俺は容赦なくレッサーデーモンを叩き切った。仲間を殺されたレッサーデーモンは激怒した。
ランドルフとティアナが次々とレッサーデーモンを切り刻むと、一瞬で勝負がついた。俺は彼らのサポートをしながら、危険が迫った時にのみ手助けをした。レッサーデーモンが落とした武器と魔石を回収すると、俺達は一息つく事にした。
「師匠。レッサーデーモンは随分弱いんだな。俺達の敵じゃない」
「レッサーデーモンが弱いというよりは、ランドルフとティアナが強いんだろうな。だけど油断はするなよ」
「わかったぞ」
ランドルフは床に座り込んで槍の手入れをしている。ティアナは鞄から小さな堅焼きパンを取り出すと、俺とランドルフに渡した。
「ティアナ。俺はファントムナイトの時には食事が出来ないんだ。すまんな……」
「あ、そうだったよね。ガーゴイルの姿のヘルフリートにも会いたいな」
「今度ガーゴイルになってあげるよ」
「ガーゴイルとファントムナイト以外には、どんなモンスターになれるの?」
「エミリアの魔力で扱える範囲のモンスターになれるんだ」
「魔石さえあれば、どんなモンスターにでもなれるの?」
「闇属性以外ならね。今エミリアが召喚出来るのは、ゴブリン、ゴースト、ファントムナイト、アイスドラゴン、ガーゴイルの五種類だ」
「見た目は違っても、中身は全て師匠なんだよな?」
「そういう事だ」
「賢者ヘルフリート・ハースから戦い方を教われるなんて、光栄な事だ……俺は更に強くなるぞ。師匠」
「期待しているよ。ランドルフ、ティアナ」
しばらく休むと、俺達はついに四階層に降りる事にした。三階層から四階層に向かう草原には、闇属性のモンスターの姿は無かった。石造りの広い階段を下りて四階層に進む。四階層は他のどの階よりも禍々しい魔力が蔓延していた。この場に居るだけで息が詰まる様だ。
薄暗い通路の片隅には、モンスターに殺害された動物の死骸が落ちている。死骸は強い腐敗臭を放ち、気味の悪い紫色の小さなモンスターが、動物の死骸に喰らい付いている。ラット系のモンスターだろうか、長い尻尾には鋭い棘が無数に生えている。どうやら俺達を攻撃してくる気は無さそうだ。
しかし、俺はモンスターを見過ごす事はあまり好きではない。俺達を襲わなかったとしても、他の冒険者を襲う可能性もある。ラットに右手を向けて、ホーリーの魔法を唱えると、小さなモンスターは一撃で消滅した。モンスターが落とした魔石は浅黒く光り輝いている。闇属性のモンスターか……。
魔王も闇属性の魔力の使い手だったな。魔王ヴォルデマールのレベルは9だろうか、当時の俺とほぼ同等の魔力の持ち主だった。魔法能力も身体能力もほぼ互角だったが、俺の方が魔法陣の扱いに長けていた。そして、俺が魔王に勝てた理由は、俺が聖属性を最も得意とする魔術師だったからだ。闇属性の生き物を消滅させる事に特化した聖属性。もし、俺が聖属性の魔法を極めていなければ、世界は今でも魔王に支配されていただろう。
「ヘルフリート。通路の奥からモンスターの気配を感じる」
「わかったよ。下がっているんだ」
俺は通路の奥を照らすために、光の球を飛ばした。光の球はゆっくりと闇を晴らすと、通路の奥の方には悍ましいモンスターが虚ろな目をして天井を見上げていた。不当に殺害された冒険者の成れの果て。闇属性が強く蔓延する地で命を落とし、その身が朽ち果てるまで放置され続けた冒険者は、闇属性のモンスターと化して人間を襲う。リビングデッド……。
俺はロングソードを握りしめると、剣に聖属性のエンチャントを掛けた。銀色の魔力が剣を包み込む。俺はティアナとランドルフの武器にもエンチャントを掛け、ランドルフにはホーリーシールドの魔法で作った盾を持たせた。敵は俺達の姿に気が付くと、一斉に襲い掛かってきた……。