第四十二話「賢者と獣人」
〈ヘルフリート視点〉
一時間目の授業が終わるや否や、エミリアは怒ったように俺を置いて教室から出て行った。俺は何か彼女の気に障るような事を言ってしまったのだろうか。
「ヘルフリート! 良かったら放課後に戦い方を教えてくれないかな? 私、ヘルフリートみたいに強くなりたい!」
「ああ、勿論良いとも。レオナ」
「それじゃ、一緒に二時間目の教室に移動しようか。エミリアはどうしたんだろうね」
「さぁね。何か腹が立つ事でもあったのだろうか」
しかし、このまま二時間目の授業をエミリアと共に受けても、エミリアは機嫌を直してくれるのだろうか。それならダンジョンでモンスターでも狩っていた方が良い。
「レオナ、リーゼロッテ。俺はダンジョンに行ってくるよ。また放課後に会おう」
「気をつけてね、ヘルフリート」
「いってらっしゃい」
俺はリーゼロッテとレオナに行先を伝えると、すぐに魔法学校を出た。ダンジョンで狩りをしてお金を作り、エミリアに借りたお金を返さなければならない。ティアナとディーゼル三兄弟を誘ってみようか。
居住区を進み、貧困層が住んでいるエリアを抜けると、獣人達が暮らしているエリアに着いた。遠くの方から武器と武器が触れ合う音がしている。急いで音のする方に走ると、ディーゼル三兄弟をはじめとする獣人達が戦闘の訓練をしていた。
「師匠。丁度良いところに来た! 昨日稼いだお金で武器と防具を買えるだけ買ったんだ。若い男達に配って訓練をしていたところだ」
「訓練……?」
「ああ。強くなってダンジョンに潜り、金を稼ぐ」
「ダンジョンでモンスターを倒す事は地域の住人のためになる。良い事だな」
「ダンジョンだけじゃないぞ! ベルガーの付近に生息するモンスターも討伐する。俺達獣人でパーティーを作り、モンスターを討伐して金を稼ぐ!」
「そうか。怪我をしないようにな。ティアナはどこにいる?」
「ティアナなら家に居るぞ、師匠」
俺はティアナの家に行って、ティアナの母親の容体を確認する事にした。家の扉を叩くと、ティアナが嬉しそうな表情で出迎えてくれた。
「ヘルフリートだ!」
ティアナは俺の体を強く抱きしめると、家の中からティアナの母親が現れた。まだ体調は悪そうだが、既に起きて歩けるようになったようだ。
「ヘルフリート様……薬草をありがとうございました。ティアナが迷惑を掛けませんでしたか?」
「良いんですよ。ティアナはよく働いてくれました」
「そうでしたか。ヘルフリート様、あなたが居なければ私は今も病に苦しめられていたでしょう。お金もないのでお礼をする事も出来ません」
「お礼なんて必要ありませんよ」
「お母さん! 私、ヘルフリートから戦い方を習ってお金を稼げるようになるよ! 冒険者になるんだ!」
「そうかい、やりたい事が見つかったんだね。ヘルフリート様。ティアナの事をこれからもよろしくお願いします」
「お任せ下さい」
ティアナのお母さんは俺の言葉を聞くと、嬉しそうに家の中に戻って行った。体調が回復して何よりだな。
「ティアナ、ちゃんと栄養のある食べ物を買ったのかい?」
「勿論。食べ物と新しい毛布、それからお母さんの服を新調したよ。それでも昨日稼いだお金はまだ残っている」
「それは良かった。俺は今からダンジョンに潜ろうと思うんだが、一緒に来るか? 生活費を稼がなければならないだろう?」
「勿論!」
ティアナは嬉しそうに白くてフワフワした尻尾を振った。エミリアも美人だが、この子もまた美しい。人間とは違う魅力を持っている。透き通るような青色の目に銀色の艶のある髪も美しい。生前は獣人が美しいと思った事は無かった。そもそも、獣人と関わる事すらなかった。
ランドルフ達が戦闘の訓練を行う広場に戻ると、ランドルフ達もダンジョンでの狩りに同行したいと言った。広場には二十人以上の獣人が集まっている。どの獣人も十代から二十代程だろうか。若くて健康そうな者ばかりだ。
「全員を連れて行く事は出来ない。今日は俺とティアナ、ランドルフの三人でダンジョンの攻略を行う。ヴィクトールとバルタザールは俺が教えた訓練を続けるように」
「わかったぞ。師匠」
「まずは冒険者ギルドに行こう。ティアナがギルドカードを持っているからクエストを受けられるはずだ」
「ああ、すぐに行こうか。皆! 俺は師匠とダンジョンに潜ってくる。たんまり稼いでくるから、今日の夜は俺の奢りで酒を飲もう!」
ランドルフがそう宣言すると、獣人達は大いに盛り上がった。ランドルフは案外面倒見が良い男なのかもしれない。すぐに冒険者ギルドに向かい、室内に入ると冒険者達の視線が一斉に俺達に注がれた。
「あれがアラクネを倒したファントムナイトか?」
「ファントムナイトがダンジョンの攻略を始めたんだってな。これでこの町も安泰だな」
「だけど、ファントムナイトってレベル4のモンスターじゃなかったか? 同レベルのアラクネを倒せるって、相当の実力の持ち主だな……」
受付に進むとギルドのマスターと思われる人物が出てきた。黒い鎧に身を包み、白髪でブロードソードを腰に差している。一目見て彼が並みの冒険者ではない事がわかる。彼が現れた瞬間、ギルド内の魔力の雰囲気が変わった。彼の体からは強い水属性の魔力を感じる。
「あなたがダンジョン三階層でアラクネを討伐して下さったファントムナイト様ですか」
「魔術師エミリア・ローゼンベルガ―の召喚獣、ファントムナイトのヘルフリートだ」
「冒険者ギルド、マスターのルーカス・バルツァーです。ファントムナイト様、折り入って頼みがあります」
「なんでしょうか」
「先日はアラクネの討伐をして頂き、ありがとうございます。可能ならばこれからもダンジョン内での討伐クエストを受けて頂きたいのですが……」
「今日はクエストを受けに来たんですよ」
俺の言葉を聞いたギルドマスターは、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「左様でございますか! それでは一階層から五階層までのモンスターの討伐を頼みたいのですが」
「報酬は?」
「報酬はモンスター十体討伐につき二十クロノでいかがでしょうか」
「十体と言いましてもね。アラクネが十体いたらどうするのでしょうか」
「その可能性はないでしょう。昨日、冒険者ギルドに登録している腕利きの冒険者に、十階層までの探索を頼みました。レベル3以上のモンスターは存在しなかったそうですよ」
「それなら受けましょう。ティアナ、ギルドカードを」
俺はティアナのギルドカードにクエストの内容を登録すると、すぐにモンスターの討伐に向かった……。