第四十話「二人の距離」
朝早くに目が覚めた私は、ベッドにヘルフリートを残したまま部屋を出た。すぐにでも魔法の練習がしたかったからだ。だらだらしている時間が勿体ない。
休む事は勿論大事だけど、一日の限られた時間の中で、ぎりぎりまで魔力を使い、自分を鍛える事も大切。まずはアイスエレメンタルの練習をしよう。クライン先生のエレメンタルの試験まで、あと五日しか残っていない。
校庭に出ると、既に魔法の練習をしている生徒達が居た。皆考える事は同じなんだ。杖を構えると、すぐにアイスエレメンタルを作り上げた。人型のアイスエレメンタルに、アイスシールドの魔法で作った盾を持たせた。自分が作り上げたアイスエレメンタルに対して、アイスジャベリンの魔法を放って攻撃をする練習をした。こうすれば三種類の魔法を一度に練習出来る。
一時間程練習を続けると、体中の魔力が全て消費された。予め準備しておいたマナポーションを飲んで魔力を回復させると、再び魔法の練習を始める事にした。しばらく校庭で魔法の練習をしていると、ガーゴイル姿のヘルフリートが飛んできた。
『魔法の練習をしていたのかい?』
「ええ、氷のエレメンタルを作る練習をしていたの」
『どれ、強さを確かめてあげるよ』
「望むところよ!」
私はアイスエレメンタルに氷の槍と氷の盾を持たせた。槍を持たせないとヘルフリートに対して反撃出来ないからだ。ヘルフリートは腰に差していたルーンダガーを引き抜くと、物凄い速度でアイスエレメンタルとの距離を詰めた。アイスエレメンタルはヘルフリートに対して突きを放つも、ヘルフリートはダガーで槍の攻撃を受けた。攻撃を受けると同時に、左手をアイスエレメンタルに向けて魔法を唱えた。
『ファイアボール!』
ヘルフリートが魔法を唱えると、大きな炎の球がアイスエレメンタルに襲い掛かった。アイスエレメンタルは盾を構えてヘルフリートの攻撃を防ぐと、炎の球は小さく爆発し、アイスエレメンタルの体を吹き飛ばした。爆発によって姿勢を崩したアイスエレメンタルに対し、ヘルフリートは何度もファイアボールを飛ばして粉々に砕いた。
「完敗ね……」
『なかなか良かったよ。まだ知能は低いみたいだけど耐久力は高い。この調子で頑張れば、クライン先生のエレメンタルの試験で満点を取れるだろう』
「それなら良いけどね。だけど、いつかヘルフリートに一撃でも与えたいな」
『戦闘における強さは、魔力や力だけではないんだよ。ステータスだけで判断するなら、今の俺よりもアイスエレメンタルの方が上だろう? しかし、俺の方が戦闘の経験が豊富で、敵の弱点も手に取るように分かる』
「それじゃあ、どうしたら私のアイスエレメンタルは強くなれるの?」
『戦い続ける事だよ。それも、様々な種類の敵とね』
「戦い続ける事か……」
『さて、そろそろ大広間に戻って朝食を食べようか』
「そうね、行きましょうか」
ヘルフリートは私の肩の上の飛び乗ると、嬉しそうに私の頭を抱きしめた。ファントムナイト姿のヘルフリートは頼れる騎士の様な感じだけれど、ガーゴイルの姿のヘルフリートはなんだか可愛らしいわね。
大広間に戻り、朝食を食べ始めた。ヘルフリートは朝から大量の肉を次々と口に放り込んでいる。ヘルフリートの食事風景を見ているだけでもお腹いっぱいになりそう。肉を食べ終えたヘルフリートは、堅焼きパンを手に取ると、ルーンダガーでパンを半分に裂き、間にチーズと肉と野菜を挟んだ。
『ファイア!』
全く……どういう魔法の使い方をしているのかしら。ヘルフリートがいつものように食事をしていると、レオナとリーゼロッテが近づいてきた。
「あ! ガーゴイルの方のヘルフリートだ!」
『おはよう、レオナ』
「おはよう」
そういえばレオナはヘルフリートの念話を理解出来るんだった。レオナはヘルフリートの隣に腰を掛け、ヘルフリートのマネをして堅焼きパンに肉とチーズ、それから野菜を挟んだ。
『ファイア!』
火の魔法を唱えてから、堅焼きパンに大きく齧り付くと、レオナは茶色の猫耳を嬉しそうに立てて唸った。
「美味しい! どうして今までこの食べ方を教えてくれなかったの?」
レオナはヘルフリートの肩を揺すぶって問いただしている。
『レオナが聞かなかったからさ』
「そんな! だけど、ヘルフリートは本当に賢いよね。ファントムナイトのヘルフリートも同じくらい賢いけど」
そろそろレオナにはヘルフリートの秘密を話した方が良いかもしれない。三年間の学校生活で隠しきれる気がしない。それに、なんだか嘘をついているみたいで、レオナには申し訳ない。せっかくヘルフリートの念話まで理解出来るんですもの。
『レオナ、そろそろ話そうと思っていたけど。俺はファントムナイトのヘルフリートと同じ魂を持っているんだ』
「同じ魂?」
『そうだよ。俺はモンスターとしてこの世に姿を現す事が出来る過去の人間の魂。今の時点で教えられるのはここまでだな』
「私、知ってたよ。だってファントムナイトのヘルフリートと話し方が同じだしね」
『やはりレオナは洞察力の高い子だな。だけど誰にも言わないでくれよ』
「勿論だよ」
レオナはヘルフリートの体を抱き上げて自分の膝の上に座らせた。ヘルフリートは満更でもなさそうな表情を浮かべている。浮気者なんだから……まったく。レオナはヘルフリートの事が気に入っているみたい。ヘルフリートも嬉しそうにレオナの膝の上で食事をしている。
『レオナ、トマホークを見せてくれないか』
「いいよ」
レオナはマントの下からトマホークを取り出してヘルフリートに渡した。ヘルフリートは武器をまじまじと見てから、トマホークで堅焼きパンの表面を撫でた。ほとんど力を入れていないはずなのに、堅焼きパンの表面はパックリと裂けている。
『しっかり手入れされているね。レオナは魔術師を目指しているのかい?』
「そういう訳じゃないんだけど、魔法を覚えたらもっと強くなれるかなって思っているの」
『それはそうだな。だけど、強くなってどうするんだい?』
ヘルフリートはレオナの膝の上でレオナを見上げている。レオナはヘルフリートの頭を撫でながら語り始めた。
「私が生まれた獣人の村では、女は十五歳の誕生日を迎えると、親が決めた相手と結婚して、死ぬまで村の中で過ごさなければならないの。村の近くには高レベルのモンスターが湧く森や、ダンジョンが多く点在していて、女は家事をし、男はモンスターを討伐してお金を稼ぐというのが、私の村の古くからの習わしなの」
『まぁ、そういう地域は多いだろうな。外は危険だから女は村に居ろって事か』
「だけど、私は一生を小さな村で終えるなんて嫌なの。十五歳の誕生日を迎えると、ハース魔法学校から入学の案内の手紙が届いたんだ」
『それで村を飛び出して結婚から逃れたという訳かい?』
「そうね。両親は私に三年間だけ時間をくれたの。自由に過ごせる時間を……」
レオナはため息をついて私の方を見た。猫耳を可愛らしく垂らして寂しそうにしている姿は、女の私から見てもとても可愛らしい。
『三年後には親が決めた相手と結婚するのかい?』
「いいえ、私は親に言ってやったわ。村の男の様に、モンスターと対等に渡り合える事を証明するから、三年だけ時間を頂戴って。村でモンスターの討伐をしている男の中でも、一番強い男がレベル5なんだ。私が三年以内にレベル5を超えたら、結婚する時期も相手も自分で決めると」
『なれるさ。三年も時間が有れば。今は確かレベル3だろう?』
「そうよ」
『なれると思っていればなれる。人は自分が考えた様な人生しか歩む事は出来ない』
「ガーゴイルなのに随分深い事を言うよね、私は時々あなたがモンスターな事が信じられなくなる時があるよ。見た目はモンスターだけど、中身は人間なんだもんね」
レオナは嬉しそうに微笑んでヘルフリートを抱きしめた。ヘルフリートの顔がレオナの豊な胸に当たると、ヘルフリートは恥ずかしそうに赤面した。ガーゴイルも赤面する事はあるのね……。大理石の様な白い肌に、少しだけ赤みが差しているような気がする。
最近、ヘルフリートが他の女の子と話している所を見ると、嫉妬してしまう自分が居る。私の召喚獣なんだからいつも私と一緒に居てほしい。それは私の独りよがりかもしれないけれど……。
『さて、そろそろ一時間目の授業に行こうか』
「一時間目は攻撃魔法だよ。ヘルフリートも出るの?」
『ファントムナイトとして出よう』
ヘルフリートはそう言うと、レオナの膝の上から飛び上がって私の肩の上に着地した。私はヘルフリートと共に部屋に戻り、ヘルフリートをファントムナイトとして再召喚した。ダガーとロングソードを腰に差し、ゲゼル先生から頂いたマントを羽織ると支度は完了した。
「ゲゼル先生の授業に向かおうか。俺は今のところゲゼル先生の授業が一番面白い。ベル先生の授業は確かまだ受けた事が無かったかな。どんな先生なんだろう」
「ヘルフリート好みの美人だよ」
「クライン先生よりも美人なのかい?」
「どうだろう……だけど男子生徒は皆ベル先生に夢中だよ」
「そうか、それは楽しみだ。今日は俺もベル先生を見に行こう」
「ヘルフリートの馬鹿……まったく! 本当に女好きなんだから!」
私の事だけを見て欲しいと言いたい。そんな事が言えるなら……。毎日一緒に居るけれど、私とヘルフリートはどんな関係なんだろう。召喚獣と弟子? 私が一方的に好意を抱いているだけの関係? 私がヘルフリートを人間として召喚したら、ヘルフリートは私の元から去ってしまうのだろうか……。また一人になるのかな……。ヘルフリートは突然、私の体を強く抱きしめた。
「でも、エミリアが一番可愛いな」
「ヘルフリートの馬鹿! まったく! レオナの腕の中で幸せそうにしていたくせに!」
ヘルフリートは私の髪を撫でると、しばらく私を見つめていた。ヘルフリートは私の事をどう思っているのだろう。突然、私の頬にヘルフリートの唇が触れた。厳密に表現するなら、鎧の唇の部分……。キスのつもりなのかな。
「さぁ、授業にいこうか」
「うん……」
私はヘルフリートの手を強く握り、二人で部屋を出た……。




