第三十七話「ベルガーのダンジョン三階層」
三階層は一階層や二階層よりも随分広く、闇属性のモンスターの魔力が蔓延していた。目的の薬草は三階層から四階層に向かう階段の近くに生えているらしく、薬草の名はフィーリ草と言うらしい。昏睡状態を治す効果があるのだとか。希少な薬草ではないが、ダンジョンの中で闇属性のモンスターが巣食う場所にしか生えないらしい。
ヘルフリートとランドルフを先頭に、私達はダンジョンを歩き始めた。三階層は一階層や二階層よりも敵の気配が強く、薄暗く視界の悪いダンジョンの奥からは、複数のモンスターの気配を感じる。しばらく通路を進むと大きな扉を見つけた。扉は金属製でサビだらけになっている。
「この扉の奥からモンスターの気配を感じるな。どんなモンスターが出てきても陣形を崩さない様に」
ヘルフリートは勢いよく扉を開けた。扉の奥は薄暗くて何も見えない。ヘルフリートは小さな聖属性の球を作り上げて扉の奥に飛ばした。扉の先は大広間になっていた様だ。広間の中にはモンスターの物と思われる武器や防具が散乱している。武器を使う種類のモンスターの住処になっているのだろうか。
ヘルフリートは落ちていた武器を手に取ると、思い切り床に叩きつけて武器をへし折った。大きな音が大広間に響いた。すると、暗闇の中からは悪魔の様な見た目をしたモンスターが現れた。黒い体に赤い目、背は高く、背中には翼が生えている。頭には角が生えていて、体にはボロの布を纏っている。剣と盾を持ち、こちらを睨み付けている。
「レッサーデーモンだな……」
ヘルフリートが呟いた瞬間、暗闇の奥からは次々とレッサーデーモンが現れた。敵は全部でニ十体以上。ヘルフリートは右手に剣を持ち、左手をレッサーデーモンの群れに向けた。
『ホーリーアロー!』
ヘルフリートが魔法を唱えると、宙には銀色の美しい矢が現れた。矢は物凄い速さで空を切り、一体のレッサーデーモンの眉間を貫いた。仲間を殺されたレッサーデーモン達は怒り狂って襲い掛かってきた。ついに戦いが始まる……。
ヘルフリートとランドルフは真っ先に敵の群れに飛び込み、敵の注意を引いた。ランドルフは大きな斧を振り回してレッサーデーモンを切りつけている。
ヘルフリートはレッサーデーモンの攻撃を剣で受け流している。右手に持った剣で攻撃を受け流すと、左手を敵に向けてホーリーを放った。銀色の十字架状の魔力の塊が、一撃でレッサーデーモンの体を消滅させた。凄い威力ね……。
私達も負けていられないわ。ティアナはブロードソードを使ってレッサーデーモンに切り掛かるが、レッサーデーモンは翼を開いて宙に飛び上がった。私はその隙を見逃さなかった。ガーゴイルだったヘルフリートと、空中の敵を捉える練習を何度もしてきたんだ。
『ホーリー!』
魔法を唱えると、杖の先からは聖属性の魔力の塊が飛び出した。私の魔力はレッサーデーモンの体を捉えると、レッサーデーモンは不気味な悲鳴を上げて消滅した。見た目は悍ましいけれど、案外弱いんだ……。私の魔力なら一撃で倒せるみたい。
ヴィクトールとバルタザールは果敢にレッサーデーモンに戦いを挑むも、攻撃は一向に当たらない。ヴィクトールは斧の扱いに慣れていないのか、攻撃には隙が多く、レッサーデーモンはまるでダンスでも踊るように軽々と回避している。ヴィクトールの斧の攻撃を回避したレッサーデーモンが剣を振りかざした。瞬間、ヘルフリートのホーリーアローがレッサーデーモンの頭を貫ていた。
ヘルフリートは大量の敵に囲まれているにも拘わらず、敵の攻撃を優雅に受け流し、大広間全体の戦況を完璧に把握している。仲間が少しでも怪我を負えばヒールの魔法を掛け、仲間に攻撃が当たりそうな時は、ホーリーアローで遠距離から仕留めるか、瞬時にホーリーシールドを作り上げて攻撃を防御した。
しばらく乱戦が続くと、レッサーデーモンの数が私達パーティーの数を下回った。レッサーデーモンは状況を不利と判断したのか、急いで大広間から逃げ出そうとするも、翼を広げて飛び上がった瞬間、ヘルフリートのホーリーアローと私のアイスジャベリンが次々とレッサーデーモンを撃ち落とした。大広間にはレッサーデーモンが落とした武器や防具、魔石が散乱している。これは凄い収獲だわ。
「皆、よくやった! レッサーデーモンは見た目こそ恐ろしいものの、力は弱く、知能も低い。さぁ、魔石と目ぼしいアイテムを回収してくれ。武器でも防具でも、使いたい物があれば好きに使うが良い」
私とヘルフリートは魔石を回収して鞄に仕舞うと、獣人の三兄弟は新しい武器に変更した。ランドルフは銀色の槍に。ヴィクトールとバルタザールは丈夫そうな鋼鉄のロングソードだ。三兄弟はお金になりそうな戦利品を紐で縛って背負った。
大広間には他に目ぼしいものもなく、モンスターの姿も無かった。すぐに大広間を出た私達は、ダンジョンのジメジメした通路を進むと、四階層へ降りるための階段がある部屋の前に辿り着いた。
扉を開けると、そこは色とりどりの花が咲く平原の様な空間になっていた。平原の中に咲く紫色の草、あれが目当ての薬草だろう。ティアナは薬草を見つけた瞬間、一目散に駆け出した。
「待て!」
ヘルフリートが大声で制止すると、背の高い草の間からは悍ましいモンスターが姿を表した。体長が四メートルもありそうな蜘蛛のモンスターで、上半身は人間の女性の姿をしている。下半身のみが蜘蛛の体で、気味の悪い黒色の毛で覆われている。黒髪を長く伸ばした女のモンスターは、私達の姿を見るや否や敵意をあらわにした。
「闇属性モンスターの中でも人間を好んで喰らう悪質なモンスターだ。アラクネと言って、知能は高く、動きも素早い。どうしてこんなに悪質なモンスターが冒険者の多い三階層に居るんだ……」
アラクネは警戒するように私達の周りをゆっくりと回っている。手にはモーニングスターだろうか、長いチェーンの先に鋭利な棘がついた鉄球を持っている。随分厄介な武器を持っているわね。私達が様子を伺っていると、アラクネはモーニングスターを構えて攻撃を仕掛けてきた……。




