第三十四話「獣人の町」
〈ヘルフリート視点〉
一時間目の授業で俺はウッドマンと戦う事になった。ゲゼル先生がファントムナイトの戦い方を生徒達に見せたかったからだろう。しかし、鎧の中身はファントムナイトではない。俺は賢者ヘルフリート・ハースだ。エミリアの召喚獣として、恥じない戦いをしなければならない。
ゲゼル先生の説明によると、ウッドマンは魔力四百程度の攻撃なら破壊出来るのだとか。ファントムナイトの体に宿る魔力なら、破壊できない事は無いだろう。しかし、この授業の難しいところは、生徒は武器を使用出来ず、ウッドマンの攻撃を回避するか、もしくは魔法によって防御しなければならない点だ。
魔法による防御も使用が出来る魔法は限られている。シールド系の魔法の使用は禁止されており、俺が使用出来る魔法はホーリーだけだ。果たしてこの魔法だけでどこまでウッドマンと戦えるのだろうか……。
ついに俺とウッドマンとの戦いが始まった。ウッドマンの俊敏性はなかなかのものだった。俺はウッドマンの剣を回避し、足を掛けて転ばせた。大地の魔法陣で聖属性の魔力を最大限までに高め、ホーリーの魔法を唱えた。
俺のホーリーの魔法は十字架状の魔力の塊としてウッドマンに襲い掛かった。ホーリーの魔法はウッドマンの両手を砕くだけで、致命傷には至らなかった。通常のモンスターなら、両手を失えばたちまち逃げだすだろうが、ウッドマンは痛覚を持たない。
俺は瞬時にウッドマンとの距離を縮め、体に両手を密着させた状態で、ありったけの魔力を放出させた。ウッドマンの体は非常に脆く、一瞬で粉々になった。俺がウッドマンとの戦いに勝利した瞬間、生徒達は俺を称賛した。
さて、ティアナを鍛えるために町に出るか……。俺はエミリアに外出する事を伝え、魔法学校を出た。魔法学校を出た俺は、ゆっくりと町を見物しながら居住区に入った。ティアナが教えてくれた住所を探しながら進むと、貧民街に辿り着いた。
朝から酒を飲み、地面に座り込む若者達。裸のまま横たわる老人。路上で怪しげな魔石を売る商人。美しいベルガーの町にもこの様な場所があるのか。貧民街を更に進むと、獣人が暮らす地域に入った。獣人達は貧民街の中でも独自のコミュニティを築いているのか、この場所には獣人の姿しかない。全身が鎧で包まれている俺の姿を見た一人の狼の獣人の男は、俺を睨み付けながら近づいてきた。
「お前! 人間か? ここは人間が入って良い場所ではない!」
「落ち着け」
「なんだと……? 貴様! 死にたいか!」
獣人の男は背負っていた斧を手に持つと、牙を剥いて敵意をあらわにした。俺は急いでヘルムを脱ぐと、獣人の男は目を丸くした。
「何だ……? お前は。ゴーストか?」
「そんなところだ。獣人のティアナ・ブロストに用があってきた」
「どんな用だ?」
「戦い方を教えに来た」
「戦い方を教えてどうするつもりだ?」
「共にダンジョンン潜り、薬草を探す」
「薬草を見つけたらどうするんだ?」
随分としつこい男だな。面倒だが素直に質問に答えた方が良さそうだ。彼の背後からは、二人の獣人が手に武器を持って近付いてきた。
「薬草を見つけた後も、俺はティアナの戦い方を教える」
「戦い方を教えてどうなるんだ?」
「ティアナは今よりも豊かな生活を送れるようになるだろうな」
「お前がティアナに戦い方を教えられる程、強い男なのか、この場で証明してみろ」
「良いだろう。かかって来い!」
まどろっこしい言葉遊びには飽きた。俺の実力を知りたいなら見せてやろう。俺が剣を抜いた瞬間、三人の獣人は俺を取り囲んだ。早めに決着をつけた方が良さそうだな。
獣人達は俺の出方を窺いながら、ジリジリと距離を詰めてきた。痺れを切らした一人の獣人が、剣を大きく振りかぶって襲い掛かってきた。俺は敵の攻撃を受け流し、足を掛けて獣人を転ばせた。転んだ獣人の顔のすぐ隣に剣を突き立てると、獣人の男は恐怖のあまり顔を引き攣らせた。
今度は俺から攻める。剣を構えて、背の高い獣人に切りつけた。獣人の男はギリギリの所で俺の剣を受けた。剣を受けるや否や、獣人の男は俺に向かって蹴りを放ってきた。俺は蹴りを回避すると、もう片方の足をすくって転ばせた。転んだ獣人の頭のすぐ隣に剣を突き立てた。これで二人目だ。
俺は残った獣人を、怪我をさせないように戦意を喪失させると、ついに獣人達は負けを認めた。武器を地面に置いて跪いている。
「こんなに強い男は初めてだ……俺達が負けるなんて。しかも傷一つ負っていない」
「まぁ立ってくれ。俺はティアナに会いに来ただけだ」
「ティアナの家まで案内しよう。友よ」
「ありがとう」
「名前を教えてくれないか?」
「俺はファントムナイトのヘルフリートだ」
「賢者ヘルフリート・ハースの名を持つファントムナイトか……」
「そういう事だ」
俺は三人の獣人に案内され、ついにティアナの家を見つけた。家は朽ち果てた木造の建物だった。家というよりは廃屋だな。ここにティアナが住んでいるのか……。家の扉をノックすると、中からティアナが出てきた。
「ヘルフリート! どうしたの? 約束は一時だと思ってたけど」
「時間が出来たんだ。約束通り戦い方を教えよう」
「ヘルフリート。ついでに俺達にも戦い方を教えてくれないか」
三人の獣人はもう一度俺に対して跪いて頭を下げた。この者達は素直だ。それに、身体能力は高そうだ。しっかり鍛えればすぐにでも強くなるだろう。好戦的な性格ではあるが、礼儀は正しい方だ。俺は生前、こんな連中よりも遥かに荒くれた連中と渡り合ってきたからな。
「良いだろう! 今日から俺が戦い方を教える。しかし、一つ約束するんだ。身に着けた力は家族を守るために、民を守るためだけに使うと」
「わかった。師匠……」
俺は家の中に入ってティアナの母親の容体を確認する事にした。家の中に敷かれた薄い毛布の上で、ティアナの母親らしき人物が横たわっている。顔色は良く、少しつらそうな表情を浮かべてはいるが、薬草さえ与えればすぐに治るだろう。
だが、その前にヒールを掛けておこう。両手をティアナの母親の体に向けて、聖属性の魔力を注ぐと、ティアナの母親の表情は少しだけ穏やかになった。
「さて、すぐにでも戦い方の練習をしよう。皆、仕事はしているのか?」
「仕事はしていないぞ。師匠」
「そうか。それなら時間もあるだろう。力が続く限り、俺が教えた動きを反復練習するように」
「わかった。それで、何をすれば良いんだ?」
俺達は家の外に出ると、すぐに戦い方の練習を始めた。武器の持ち方と姿勢を矯正し、基本的な剣の使い方を徹底的に体に覚えさせる事にした。俺は時間が許す限り、何度も彼らの動きを指摘し、手本を見せて覚えさせた。
「師匠。俺達も師匠みたいに強くなれるだろうか?」
「気持ち次第だな。自分の力を民のために使うと覚悟した時、英雄への道が開かれる」
「英雄……そんな存在になりたい」
「俺が教えればお前達はすぐに強くなる。狼と人間の中間種であるお前達は、人間よりも身体能力が高いんだ。優れた剣士になれるだろう。身に着けた力で他人を守れる男になれ」
「ああ。必ずなってみせる。師匠」
三人の獣人の名は、ランドルフ、ヴィクトール、バルタザールだ。姓はディーゼルと言うらしい。一番最初に絡んできた男が、ランドルフ。ヴィクトールとバルタザールは彼の双子の弟なんだとか。年齢はランドルフが二十歳、ヴィクトールとバルタザールは十八歳。
「ティアナ、三兄弟と共に剣の練習をするんだ。俺が居ない時も」
「わかったよ」
しばらく三兄弟とティアナに剣術を教えた後、俺は魔法学校に戻ってエミリアと四時間目の授業を受ける事にした……。