第三十二話「賢者と白狼の新装備」
店内に入った私達は、まずヘルフリートのための武器を選ぶ事にした。生前のヘルフリートは杖と剣を使い分けていたと本で読んだ事がある。一体どんな剣を使うのかしら。
店の一階には様々な種類の剣がある。ショートソードやロングソード等の一般的な剣から、カタールやククリ、グラディウス等、あまり見慣れない剣まであり、品揃えは豊富だ。ヘルフリートは比較的長めの剣を好むのか、ロングソードのコーナーに立ち止まり、次々と剣を手に持っている。ヘルフリートが武器を選んでいると、店主と思われる男性が駆け寄ってきた。
「お客さん……もしやファントムナイトですか?」
「ああ」
「私の店に来て頂いて光栄です! どんな武器をお探しですか?」
「ロングソードを探している。聖属性の魔力を高め、丈夫で長く使える物を」
「それでしたら……」
店主は店の奥から一振りの剣を持ってきた。剣からは強い聖属性の魔力を感じる。柄の先端には小さな魔石が嵌っている。
「柄の先端部にユニコーンの魔石を使いました。聖属性の魔力を大幅に強化するロングソードです」
素材はプラチナだろうか、鞘には立派な装飾が施されており、ヘルフリートが剣を抜くと、強い魔力が室内に漂った。
「これがファントムナイトの魔力ですか……素晴らしい! 値段は二千クロノです」
「二千クロノ? 随分高いんだな……だが、物は良い! エミリア、俺はこれに決めたよ。お金は一カ月以内に返す。少しの間だけ貸してくれるかい?」
「勿論よ」
お金をかなり多めに持ってきて良かった。道具屋の仕事で貯めた大切なお金だけど、きっとヘルフリートならすぐに返してくれるに違いない。ヘルフリートは新しい剣を腰に提げると、私の手を握って喜んだ。
「エミリアがコツコツ貯めたお金を借りてしまって申し訳ない。この武器でダンジョンのモンスターを倒し、すぐにお金を稼ぐよ」
「ゆっくりで良いよ。今日みたいに急ぎ過ぎて怪我したらだめだよ……ヘルフリートは私の召喚獣なんだから」
「知ってるよ。俺はエミリアの召喚獣だ」
ヘルフリートは私の体を抱きしめた。鎧の体はゴツゴツしているけど、体から感じる魔力はヘルフリートの暖かくて優しい魔力。私ならヘルフリートがどんな姿をしていても間違える事はない。魔力の雰囲気や強さは人によって大きく異なる。ヘルフリートの魔力の雰囲気は、今まで出会ったどんな人よりも暖かくて力強い。
「さて、ティアナの武器を選ぼうか。力は強いみたいだからブロードソードで良いだろう」
ヘルフリートは一振りのブロードソードを選ぶと、ティアナに持たせた。ティアナが剣を思い切り振り下ろすと、強い雷の魔力が店内に流れた。ティアナって、剣の使い方は素人みたいだけど、今の魔法はエンチャント……。魔法の教育も剣術の教育も受けてるような感じではないけれど、随分と力強い魔法を使うのね。
「よし、剣はこれで決まりだ。店主、この子の体に合う防具で、安くて軽い物を一式選んでくれないか」
「かしこまりました! それでは二階で選びましょう」
私達は二階に上がり、ティアナの防具を選ぶ事にした。店主が選んだ防具は、シルバーメイルとシルバーガントレット、シルバーブーツだった。金属を叩いて薄く伸ばし、耐久性を損なわない範囲で軽量化されている防具だ。ティアナはその場で新しい防具を身に着けると、熟練の剣士の様な風貌に見えた。
「ヘルフリート! これにする!」
「ああ、これからしっかり鍛えてあげるからね」
代金はヘルフリートから貰ったお金でギリギリ足りたらしく、ティアナはヘルフリートに対して何度もお礼を言った。新しい装備を選び終えた私達は、店を出ると明日の午後に再開を約束して解散した。
待ち合わせは明日の午後一時、ハース魔法学校の正門前。明日は私も一緒にダンジョンで薬草を探さなければならない。ヘルフリートがダンジョンでモンスターと戦っているのに、私だけ学校で待っているのは嫌だから……。
「エミリア、今日はもう授業は無いんだろう? 少し魔法の練習をしてから部屋に戻ろうか」
「そうしましょうか。一週間後のエレメンタルの試験のために、もっと強いエレメンタルを作れるようにならないと」
「そこで提案だけど、エミリアが作り上げたエレメンタルと俺が戦うのはどうかな?」
「え? それじゃ全然勝負にならないよ。私のエレメンタルがヘルフリートに勝てる訳ないし……」
「俺も久しぶりに体を動かしたい気分なんだ。こうして人間とほぼ同じ体を手に入れた訳だから、存分に戦いたい」
「わかったわ。なるべく強いエレメンタルを作れるように努力してみるね」
こうして私のエレメンタルとヘルフリートの訓練が始まった。杖から氷の魔力を放出して人型のエレメンタルを作る。作り上げたエレメンタルにアイスシールドの魔法で作った氷の盾を持たせる。まずはヘルフリートの攻撃を防ぐ練習からしよう。
「準備が出来たよ」
エレメンタルが盾を構えた瞬間、ヘルフリートは一瞬で剣を抜いてエレメンタルの間合いに入った。ヘルフリートの剣はエレメンタルの胴体を一撃で切り裂き、氷の体は粉々に砕け散った。え……? 何が起こったの?
私が作ったエレメンタルは、ヘルフリートの攻撃に反応する事も出来なかった。ヘルフリートの動きが早すぎて、鞘から剣を抜く瞬間しか目視出来なかった。これがヘルフリートの剣技……? 賢者の書でヘルフリートのステータスを確認してみよう。
ファントムナイト(賢者ヘルフリート・ハース)
Lv.4:力…470 魔力…430 敏捷…460 耐久…480
属性:【聖】
聖属性魔法:ホーリークロス ホーリーアロー エンチャント・ホーリー ホーリー バニッシュ キュア リジェネレーション ヒール ホーリーソード ホーリーシールド
魔法陣:大地の魔法陣 聖域の魔法陣 魔法反射の魔法陣 罠の魔法陣
武器:プラチナロングソード(魔力+30 敏捷+20)
武器:ルーンダガー(魔力+40)
防具:ファントムナイトの魔装
防具:ハース魔法学校のマント(耐久+15 魔力+15)
装飾品:ティアナの鞄
特殊効果:ファントムナイト(レベル3までの全ての闇属性攻撃を無効。闇属性攻撃に込められた魔力を聖属性魔力として吸収する)
新しいヘルフリートのステータスは、限りなくレベル5に近いレベル4みたいね。魔法も魔法陣も、私の知らないものが多い。この状態のヘルフリートに対抗できるアイスエレメンタルを作るのか……。ヘルフリートに勝つ事は無理だと思うけど、なるべく知能が高く、強力なエレメンタルを作れたら、ダンジョンの攻略も更に安全になるに違いない。
それに、一週間後にはクライン先生のエレメンタルの試験がある。今日から一週間、毎日エレメンタルを作り続けよう。それから私は日が暮れるまで何度もエレメンタルを作り、ヘルフリートに挑み続けた。
「そろそろ戻ろうか。夕食の時間だ」
「そうね。しかし、学校が午前の四時間で終わるなんて楽でいいよね」
「確かにね。他の生徒は放課後に何をしているのだろうか」
「レオナとリーゼロッテは談話室でエレメンタルの魔法の練習をしていたよね」
「俺は狭い談話室で魔法を練習するより、実戦に近い環境で練習をする方が好きだな」
「私もそうかも。だけど他の生徒と交流するためにも、談話室で魔法を練習するのはいいかもね」
「まぁ、それもそうだね。せっかくの学校生活だ、たまには休んで他の生徒と遊んだりするのも良いだろうな」
私とヘルフリートは大広間に戻って夕食を頂く事にした。ヘルフリートはファントムナイトの体では食事は必要ないみたい。彼は新しく買った剣を嬉しそうに磨いている。
夕食を終えた私達が談話室に入ると、レオナとリーゼロッテがエレメンタルの魔法の練習をしていた。何時間練習しているのだろう……。レオナは火属性のエレメンタルを作ろうとしているのか、火の魔力を人型に変える練習をしている。背の低い火のエレメンタルが生まれると、レオナは嬉しそうに飛び上がった。
リーゼロッテは風属性のエレメンタルを作り上げている。彼女のエレメンタルは人型ではなく、体の大きなクマの様な形をしている。リーゼロッテが作り上げたエレメンタルは、レオナの小さなエレメンタルを切り裂くと、一瞬で消滅させた。二人で協力し合ってエレメンタルの練習をしているんだ。私とヘルフリートも負けられないわね。
「エミリア! 今まで何をしていたの?」
「レオナ、リーゼロッテ。私はヘルフリートと校庭でエレメンタルの練習をしていたよ」
「ヘルフリートと? いいな! 私もヘルフリートと練習したい!」
レオナはもう一度ファイアエレメンタルを作ると、ヘルフリートを挑発した。ヘルフリートは剣を抜くと、談話室に居た一年生達が一斉に注目した。ヘルフリートがエレメンタルに剣を向けると、レオナのエレメンタルはヘルフリートに襲い掛かった。
背の低い人型のエレメンタルは、拳を握りしめてヘルフリートに殴りかかるも、ヘルフリートはいとも簡単に回避した。攻撃を避けられたエレメンタルは、宙に飛び上がると、小さな火の球を飛ばした。あれはファイアボールの魔法だ。火の球は物凄い速度でヘルフリートに襲い掛かった。ヘルフリートは左手を火の球に向け、聖属性の魔力を放出させた。
『ホーリーシールド!』
魔法を唱えた瞬間、銀色の美しい盾が現れた。 ファイアエレメンタルが放った火の球は、銀色の盾にぶつかると、小さく爆発して消滅した。ヘルフリートはファイアエレメンタルに向けて剣を振り下ろした。
瞬間、剣の先からは聖属性の魔力の塊が放たれた。ヘルフリートの攻撃はファイアエレメンタルの体を捉えると、ファイアエレメンタルは攻撃の威力に耐え切れずに、火を散らして消え去った。
レオナは寂しそうに猫耳を垂らして俯いた。当たり前の結果ね……。並みのエレメンタルでは、ヘルフリートに攻撃を当てる事すら出来ないと思う。生前のヘルフリートよりは遥かにステータスは劣るけど、中身は賢者ヘルフリート・ハースなのだから。ヘルフリートはレオナに近づいて肩に手を置いた。
「レオナ。もっと強くなったらもう一度勝負しよう」
「うん。いつか必ず!」
早めに部屋に戻った私達は、寝るまでの間に魔法陣を書く練習を始めた。一時間程集中して魔法陣の書き取りを行った私は、お風呂に入ってからすぐに休む事にした。私はヘルフリートを自分のベッドに入れると、彼の体を抱きしめて眠りについた……。