第三十一話「白狼と賢者」
ファントムナイトに生まれ変わったヘルフリートと私は、部屋を出てベルガーの町に向かう事にした。寮の部屋を出て談話室に入ると、レオナとリーゼロッテがシールドの魔法の練習をしていた。私とヘルフリートが談話室に入った瞬間、生徒達の視線が一斉に集まった。一番最初に口を開いたのはレオナだった。
「エミリア……? 隣に居る鎧の人は誰?」
「人じゃなくて召喚獣よ」
「召喚獣? エミリアにはガーゴイルのヘルフリートが居るじゃない」
「新しい召喚獣よ。ファントムナイトのヘルフリート」
「え? 新しい召喚獣の名前もヘルフリートなの?」
レオナは猫耳を立てて楽しそうにヘルフリートの体を触っている。なんだか他の女の子がヘルフリートに触れるたびに、気持ちがモヤモヤとするのはどうしてかしら。
「モンスターには見えないよね。でもファントムナイトなんだ……確かレベル4の聖属性のモンスターだよね?」
「ええ」
「でも、どうしてファントムナイトの名前もヘルフリートなの?」
「その名前が気に入っているのよ」
「そうなんだ」
意外とあっさり納得してくれた。危なかった……。
「さぁ、エミリア。出かけようか」
「ええ。それじゃあレオナ、私達は町に出てくるわね」
「行ってらっしゃい」
レオナは楽しそうに手を振って私達を見送ってくれた。談話室を出て大広間に入ると、ゲゼル先生とクライン先生、ベル先生が三人で昼食を摂っていた。先生達はファントムナイトの姿を見るや否や、驚いて近づいてきた。
「ミスローゼンベルガ―! 隣に居るのはファントムナイト? 召喚獣ですか? それとも野生のファントムナイトですか?」
「召喚獣です。少し前に召喚しました」
「そうでしたか。あなたの賢いガーゴイルが、先程私の所に来ましたよ」
「はい、ヘルフリートから聞きました。マントをありがとうございました」
「それは良いのですが……まさかファントムナイトを召喚してしまうとは。ますますあなたのこれからの活躍が楽しみになりましたよ。新しい召喚獣にもプレゼントを差し上げましょう」
ゲゼル先生は杖をヘルフリートに向けて魔法を唱えた。赤い魔力がヘルフリートの体を包むと、次の瞬間、深紫色のマントが現れた。ガーゴイルの時にもゲゼル先生からマントを頂いたと言っていたけど、大きさが合わなかったので部屋に置いてきた。マントを頂いたヘルフリートは、ゲゼル先生の手を取って口づけした。口づけと言っても鎧の体だから唇はない。
「このマントは学校関係者のみが着用を許可されている物です。これで自由に学校の出入りが出来ます。これからあなたの活躍を楽しみにしていますよ」
「ありがとうございます。ゲゼル先生」
ヘルフリートは深々と頭を下げてお辞儀をした。なんだかヘルフリートが他人と会話をしている事が凄く新鮮。今までは私とレオナ以外とは会話できなかった訳だから。
学校を出て校門を抜けると、校門の前では背の低い獣人の女の子が立っていた。銀髪で青色の目、レザーアーマーを装備していて、靴は履いていない。獣人の少女は私達を見るや否や、急いで駆け寄ってきた。
「すみません。ガーゴイルのヘルフリートを探しているんですが……」
「ガーゴイルのヘルフリートか……エミリア、この子だよ。俺に鞄をくれたのは」
「あなたが……?」
ヘルフリートはマントの下から小さな革の鞄を取り出した。少女は鞄を見るや否や、驚いてヘルフリートを見つめた。
「どうして……? これは私の命を救ってくれたガーゴイルにあげた物……」
「俺がそのガーゴイルなんだよ。無事で何よりだ、ティアナ・ブロスト」
「どういう事? どうして私の名前を知っているの? まさか、ヘルフリートから鞄を奪ったの?」
「まぁまぁ。俺がそのヘルフリートだよ。エミリア、口で説明しても理解出来ないだろうから、ガーゴイルとして再召喚してくれるかい?」
「わかったわ」
私達は人目に付かない場所に移動すると、ヘルフリートをガーゴイルとして再召喚した。
「ヘルフリートだ! 会いたかった! どうしてお金を置いて居なくなったの?」
『もう一度ファントムナイトに戻してくれるかい。このままでは会話が出来ない』
「ええ」
ファントムナイトの姿に戻ったヘルフリートはティアナの頭を撫でた。
「そのお金で装備を買うんだ。きちんとした武器と防具を買いなさい。もし戦い方を学びたいなら、俺が教えよう」
「本当?」
「ああ。君はダンジョンの中で言ったじゃないか。助けるなら最後まで助けろと」
「やっぱり本物のヘルフリートだ!」
ティアナはヘルフリートに抱き着くと、嬉しそうに涙を流した。どうしてこんなに仲が良いのかしら……。色々気になる事はあるけれど、ティアナもヘルフリートから戦い方を学ぶなら、私達は兄弟弟子になるんだ。
「ティアナ。私はヘルフリートを召喚したエミリア・ローゼンベルガ―。ハース魔法学校の一年生よ」
「エミリア。私は獣人のティアナ・ブロスト。ダンジョンの中でヘルフリートに助けて貰ったの」
私はティアナに手を差し伸べて握手を求めると、ティアナはすぐに私の手を握り返した。ティアナの体からは強い雷の魔力を感じる。詳しく話を聞いてみると、ティアナの母親は病気に掛かり、病を癒すための薬草をダンジョンに摘みに行ったところ、ヘルフリートと出会ったのだとか。
「ティアナ。お母さんの具合はどうなんだい?」
「容体は落ち着いているよ。だけど、早めに薬草を採りに行った方が良いかもしれない」
「そうか……まずは武器だ。俺自身も新しい武器が無ければ満足に戦えない。ダンジョンの三階層の敵と渡り合うには新しい武器が必要だ。商業区に行って装備を買いに行こう」
ヘルフリートは私とティアナの手を握って歩き始めた。ティアナは嬉しそうにヘルフリートを見上げて微笑んでいる。彼女はヘルフリートの事が好きなのだろうか……。
「ティアナ、明日の午後にダンジョンに潜ろう。三階層で薬草を探すんだ。エミリアも一緒に来るかい?」
「勿論よ。私のヘルフリートが行くんだから私も行くに決まってるでしょう? まったく……」
「それは良かった。俺達はこれからパーティーだ。仲良くやろう」
私達はベルガーの町をゆっくりと歩きながら商業区に入った。安くて質の良い武器を買える店を探そう。ベルガー通りに面している武具屋の中でも、一番大きくて品揃えが良さそうな店を見つけた。二階建てで、一階は武器、二階は防具を販売しているみたい。私達は店内に入ってヘルフリートの武器を選び始めた。