第三十話「エミリアの想い」
〈エミリア視点〉
ヘルフリートが傷だらけで戻ってきた。それに、見た事もない鞄を持っている。体中に傷を負っていて、翼には大きな穴が開いている。私は急いでヘルフリートにヒールの魔法を掛けた。
『待たせたね、エミリア』
「馬鹿! 急に居なくなって! こんなに傷だらけで帰ってくるなんて!」
『色々あったのさ……』
「私がどれだけ心配したと思っているの? お金も持たずに……」
私はヘルフリートの体を抱きしめると、思わず涙を流してしまった。無敵だと思っていたヘルフリートも、傷つき、命の危険にさらされる事だってあるんだ。私はどこか心の中でヘルフリートは絶対に死なないし、誰からも傷つけられる事は無いと勘違いしていた。
だけど、今のヘルフリートはガーゴイルなんだ。彼はレベル3のガーゴイル。私が守らなければならないんだ……。
「ヘルフリート、何ががあったの?」
『ダンジョンで人助けをしていたのさ』
「人助け……?」
『後で詳しく話すよ。エミリア、授業が始まるみたいだね。俺は先に部屋で休んでいるよ』
ヘルフリートは力なく微笑むと、ヨチヨチと歩いて教室を出て行った。ヘルフリートの事が心配でたまらないけど、私は四時間目の授業を受けなければならない。四時間目は防御魔法の授業だ。
防御魔法の授業の先生は、回復魔法の授業も担当しているらしく、銀髪で背の高い美人の先生だった。先生が教室に入った瞬間、男子生徒達が一斉に先生に注目した。年齢は二十代後半だろうか。手には木製の長い杖を持っている。
「皆さん、初めまして。私は回復魔法と防御魔法の授業を担当するフローラ・ベルです。属性は水と氷、レベルはこの学校の先生の中でも一番低く、レベル6です。まだまだ未熟ですから、皆さんと一緒に成長していきたいと思います。よろしくお願いします」
先生が自己紹介をすると、男子生徒からは拍手が上がった。先生は女性の私から見ても魅力があり、大人の女性の美しさを感じる。ヘルフリートがここに居たら、「美しい先生だな」なんて言うんだろうな。
防御魔法の授業では、自分が最も得意とする属性のシールドを作る魔法の練習した。私は既にアイスシールドの魔法を覚えている訳だから、今回は聖属性のホーリーシールドの魔法を練習する事にした。聖属性のホーリーシールドは、闇属性の魔法を打ち消す効果があるらしく、アンデッド系などの闇属性のモンスターとの戦いでは有効なのだとか。
授業の内容は至ってシンプルで、生徒が盾を作り出して身を守り、ベル先生が盾に攻撃を仕掛ける。先生は小さな氷の塊を飛ばすと、いとも簡単に生徒の盾を破壊した。ハース魔法学校の教師の中では最も低レベルだと言っていたけれど、レベル6の魔術師の魔法は、例え氷属性の中でも最も簡単なアイスの魔法だとしても、威力は十分に高い。
終業のベルが鳴ると私は急いで寮に戻った。部屋に入ると、ヘルフリートは疲れた表情を浮かべてベッドに横たわっていた。部屋の中にはヒールポーションの空きビンが散乱している。
「ヘルフリート! 一体何をしていたの?」
『ダンジョンに入っていたんだよ。ほら、このマント、ゲゼル先生が俺にくれたんだ』
「ゲゼル先生からマントを貰ったの? 腰に装備しているその鞄は何?」
『獣人の女の子から貰ったんだよ』
「鞄が必要なら私が買ってあげたのに!」
『良いんだよ。いつもエミリアにお金を出してもらう訳にはいかないんだ』
「どうして! あなたは私の召喚獣なの! 勝手に出て行って傷だらけで帰ってくるなんて……!」
私はヘルフリートの体を強く抱きしめた。いつもの様な力強い火の魔力は無く、今にも燃え尽きそうな弱い炎を感じる。どうしてこんなにボロボロになっているの……私のヘルフリートなのに……また大切な人を失うのは嫌だよ。
私が弱いからいけないんだ。もっとヘルフリートを強いモンスターとして召喚出来れば、ヘルフリートが敵にやられる事なんてなかったんだ。早く強くならないと……ヘルフリートのために。
「ヘルフリート、私、ファントムナイトの召喚を試してみる」
『本当か!』
「ええ、きっと今のままでは魔力が足りないと思うから、大地の魔法陣を使って召喚するよ」
『頼むよ……』
ヘルフリートは力なく立ち上がると、賢者の書を開き、重い体を引きずるように本の中に戻って行った。まずは聖属性の魔力を強化するために、大地の魔法陣を書き始めた。ゆっくりと丁寧に時間を掛け、魔力を注いで魔法陣を書く。
魔法陣を書き上げると、私は賢者の書とファントムナイトの魔石を持って魔法陣の中に入った。魔法陣からは大量の魔力が私の体に流れ込んでくる。今ならきっと最高の召喚魔法を使えるはず。
ファントムナイトの魔石は強く光り輝くと、ファントムナイトの力が賢者の書の中に注がれた。賢者の書を床に置き、ファントムナイトのステータスが表示されているページを開く。ユニコーンの杖を賢者の書に向ける。なるべく強い状態で生まれますように……。魔法陣から頂いた魔力を、私自身の魔力に上乗せして、ありったけの魔力を賢者の書に注ぐ。
『ファントムナイト・召喚!』
魔法を唱えた瞬間、体中の魔力が一気に消費された。賢者の書は暖かい聖属性の魔力を放つと、本の中からは銀色の美しい鎧を全身に纏うモンスターが現れた。
これがファントムナイト……? 頭の先からつま先まで、全て鎧で覆われている。銀色の鎧には、所々金で装飾が施されており、いかにも熟練の剣士といった雰囲気。腰にはルーンダガーを装備しており、背中にはヘルフリートが獣人から頂いたという鞄を背負っている。ヘルフリートは自分の体をぺたぺたと触ると嬉しそうに私の手を取った。
「エミリア……」
「え? 声が!」
「ああ。ファントムナイトは人間の言葉を話す事が出来る」
ヘルフリートの声が聞こえる! いつも念話で聞いてたヘルフリートの声が!
「よくやった、エミリア。随分強い状態で生まれたみたいだ。この体は良い。強い聖属性の魔力を感じる」
「良かったね……ガーゴイルの体よりは良いでしょう?」
「まぁ、あの体もなかなかいいな。人間と同じ食事を摂れるからさ」
「ファントムナイトの体では食べ物は食べられないよね?」
「無理だろうな。だが、ダンジョンの攻略中に腹が減らないというのは大きなメリットだ。エミリア、必要な物があれば買ってくれると言っていたね」
「勿論よ。私の召喚獣なんだから……」
「それじゃ、剣を買いたいからお金を貸してくれるかな。ルーンダガーでは少し短すぎる」
「ええ、良いわ。早速剣を選びに行きましょうか」
私はヘルフリートの手を握ると、部屋を出てベルガーの町に出る事にした……。