第二十四話「魔法訓練」
『入学日の翌日に試験があるなんて、なかなか面白い学校だね』
「まったく。ヘルフリートは他人事だと思って」
『この機会にクラスメイトの実力を知れるから良いじゃないか。どんな魔術師が居るのか楽しみだよ』
「でも、私、試験なんて受けた事ないし……」
『大丈夫だよ。ゲゼル先生も言っていたけど、魔力と属性を確認する簡単な試験なんだからさ』
「そうだけど」
『さて、今日も魔法の練習をしようか』
「どこで練習をしたらいいかな? 校庭に行ってみる?」
『そうだね。校庭に行こうか』
ヘルフリートと共に校庭に出た。校庭では既に新入生達が魔法の練習を始めていた。皆、考える事は同じなのね。
『今日は新しい魔法を教えるよ。氷属性レベル2、アイスシールド』
「氷の盾を作る魔法?」
『そうだよ。アイスジャベリンより易しい魔法だから、すぐに覚えられると思う。まずはアイスの魔法で氷の塊を作り出し、氷の塊を盾の形に変える』
「やってみるね」
ベルトから杖を抜いて構える。頭の中で作りたい盾の形をイメージする。まずは小さな盾を作ってみよう。杖の先端から氷の魔力を放出させ、小さな盾を作る。この行程が意外と難しく、上手く盾の形を作るには時間掛かる。時間を掛けて形を作っていると、魔力が徐々に失われる感覚を覚えた。小さな盾を一つ作るだけなのに、五分以上掛かってしまった。
『初めてにしては上出来だよ、次はその盾で俺の攻撃を防いでごらん』
「うん、優しくしてね」
『勿論さ。それじゃいくよ』
ヘルフリートは鞘からルーンダガーを引き抜くと、火のエンチャントを掛けた。私は氷の盾をヘルフリートに向けて宙に浮かべた。ヘルフリートはダガーを強く握りしめると、翼を開いて飛び上がった。上空から猛スピードで急降下してきたヘルフリートに盾を向けると、ヘルフリートはダガーを盾に突き立てた。攻撃を受けた瞬間、盾は一撃で砕け散った。ヘルフリートの攻撃を受けるだけの強度はないみたいね。
『まだ強度が足りないね。もう一度作ってごらん』
「うん」
私はもう一度氷の盾を作り上げた。今回の盾はより厚く、大きく仕上げた。形状はタワーシールド。大きさも強度も問題ないはず。魔力ではガーゴイルの状態のヘルフリートより私の方が勝っているんだから、今回はきっとヘルフリートの攻撃を防げるはず。
盾をヘルフリートに向けると、彼はダガーに強い炎を纏わせた。それからヘルフリートの攻撃が始まった。氷の盾で攻撃を防ぐ度に強い衝撃を感じる。ヘルフリートの攻撃を三発耐えると、氷の盾はついに砕け散った。
『なかなか良かったよ。攻撃を防ぐだけではなく、反撃もしてみようか。左手でアイスシールドを作り、右手で攻撃魔法を唱える』
「両手で別々の魔法を使うの?」
『そうだよ。アイスシールドにだけ意識を集中していると反撃も出来ないだろう? 実際の戦闘と同様の練習をしよう。エミリアは俺の攻撃を防ぎながら、隙を見て反撃するんだ
「わかったわ!」
頑丈な氷の盾を作り上げ、左手から魔力を放出して盾を制御する。それから右手に構えた杖をヘルフリートに向けて、氷属性の魔力を溜める。
『行くぞ!』
ヘルフリートは翼を開いて上空に飛び上がった、瞬間、私はすぐに攻撃を放った。
『アイスジャベリン!』
魔法を唱えた瞬間、杖の先からは鋭利な氷の槍が生まれ、ヘルフリートに向かって放たれた。ヘルフリートは右手に持ったダガーで氷の槍を切り裂くと、左手を私に向けて魔法を唱えた。
『ファイアボール!』
ヘルフリートが魔法を唱えると、空中には大きな炎の球が発生した。ヘルフリートが炎の球を私に投げつけると、私は急いで盾を向けた。炎の球が盾に当たった瞬間、ヘルフリートは地面に急降下し、私の間合いに飛び込んできた。一瞬で間合いを詰めると、ヘルフリートは私の杖を叩き落とした。
やっぱりヘルフリートには敵わないな……。彼は大陸を支配していた魔王ヴォルデマールを倒した賢者なんだから、私の様な駆け出しの魔術師が敵う相手ではない。私とヘルフリートが魔法の練習をしていると、辺りには人だかりが出来ていた。
「あのガーゴイル。尋常じゃない強さだな……魔法を作り上げるまでの速度、状況を判断する力。一流の魔術師の戦闘を見ているみたいだよ」
「あの紫色の髪の子って今日入ってきた新入生だよな。召喚獣と戦闘の訓練をするとは……俺達も負けていられないな! これから戦闘訓練だ!」
それから私は魔力が尽きるまで練習を続けた。ヘルフリートのファイアボールを受ける事は出来るけど、衝撃が強すぎて姿勢を崩してしまう。盾の防御に集中しすぎると、ヘルフリートが一気に間合いを詰めて来る。攻撃の手を止めた瞬間、ヘルフリートは一瞬で私の間合いに入り、杖を叩き落とす。
何度も繰り返しているうちに、だんだんとヘルフリートを遠ざけられるようになった。勿論、まだ一度もヘルフリートに対して攻撃を当てられたことは無い。
『なかなか良かったよ、エミリア。今日一日でアイスシールドも随分上手になったね』
「ヘルフリートのお陰だよ。これからも私の事を沢山鍛えてね」
『勿論そうするつもりだよ。この調子なら来月中には魔力は四百を超すだろう。そうしたら俺はついにファントムナイトになれる』
「来月中に魔力四百なんて、本当?」
『ああ、エミリアならなれる。魔力は毎日魔法を使い続ける事によって、いくらでも強化出来る。自分なら出来ると信じる事だよ』
「うん。早めにファントムナイトとして召喚出来るように頑張るね」
『ありがとう。さぁ、大広間に戻ろうか。夕食を頂こう』
私とヘルフリートが大広間に戻ると、獣人のレオナ・ブライトナーが先に食事をしていた。私達の姿を見つけると、彼女は嬉しそうに猫耳を立てて手招きをした。
「こっちこっち。一緒にご飯食べるの」
「うん。レオナは何をしていたの? 私はヘルフリートと校庭で魔法の練習をしていたよ」
「魔法の練習? 入学したばかりなのに熱心なんだね。私は図書室で本を読んでいたの」
「何か面白い本はあった?」
「うん。賢者ヘルフリート・ハースの本があったよ。エミリアの召喚獣の名前を聞いて、賢者ハースの事についてもっと知ろうと思って」
『賢者ハースね……』
レオナは分厚い革表紙の本を私に見せた。ヘルフリートに関する本か……。私も読んでみようかな。
「賢者ヘルフリート・ハースは、精霊のイフリートを召喚出来たんだって。攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、召喚魔法。ありとあらゆる魔法に精通していて、中でも得意だった属性は聖属性と火属性」
「ええ、知っているわ。イフリートか。いつか見てみたいな」
「それは無理だよ。精霊のイフリートは賢者ハースが死んだ後、一度だって召喚されていないんだから」
『イフリートか。懐かしいな……』
「え? ヘルフリートがどうしてイフリートが懐かしいの? どこかで会ったことがあるの?」
『あ、いいや……何でもないよ』
うっかり自分が本物の賢者ハースだと言いそうになったのね……。精霊ってどんな姿をしているのかしら。ヘルフリートを元の体に戻せたら、いつかイフリートの事も紹介してもらおう。
『そろそろ部屋に戻ろうか。おやすみ、レオナ』
「おやすみ、ヘルフリート、エミリア」
「ええ、おやすみなさい」
部屋に戻ったヘルフリートは、葡萄酒を取り出して飲み始めた。私はお風呂に浸かって疲れを癒そう。浴室の扉を開けると大理石の浴槽があった。凄いな……。もしかしてこの魔法学校って、名門校なのかな。
浴槽に付いているガーゴイルの石像に触れると、石像の口からはお湯が流れ始めた。特殊な魔法が掛かっているのだろうか。しばらく湯に浸かってから部屋に戻ると、ヘルフリートはファントムナイトの魔石を眺めていた。
「また魔石を見ていたの?」
『ああ。いつの時代も魔石は美しい。この小さな石の中にモンスターの力が宿っているんだからね』
「どうしてモンスターは魔石を落として死ぬのかな」
『魔石はモンスター自身の魔力の結晶。魔力が強いモンスター程、体内に蓄えている魔力の総量も多く、魔力はモンスターが成長すると共に、魔石として体内に蓄積されるんだ』
「魔力が魔石になるの? それならどうして人間は魔石を持っていないのかしら」
『人間とモンスターでは魔力の質が違うのだろうか。その謎を解明できた者は俺の時代には居なかった。永遠の謎だね』
「そうなんだ。ヘルフリート、私も葡萄酒を飲んで良い?」
『勿論、一緒に飲もうか』
ヘルフリートは部屋に備え付けてあったゴブレットを持ってくると、私のために葡萄酒を注いでくれた。私はヘルフリートと乾杯をすると、葡萄酒を口に含んだ。優しい酸味が口の中で広がり、暖かい葡萄酒は喉を通って胃に落ちた。
体が少しずつ温まるような感じがする。十五歳の誕生日を迎え、お酒を飲めるようになってからは、ゲレオン叔父さんザーラ叔母さんと共にお酒を飲む事があったけど、ヘルフリートとお酒を飲むのは初めてかもしれない。
『エミリア。明日は試験があるけど、いつも通り落ち着いて魔法を使うんだよ』
「どんな内容なんだろう……あまり難しくなかったら良いけど」
『さぁね。もし、魔力を強化する必要があったら、氷の魔法陣か氷霧の魔法陣を使うんだよ』
「うん……」
『俺も傍に居るから心配しなくていい。最初の試験なんて重要じゃないよ。大切なのは、これから学校で何を学ぶかだからね。そして最も大切な事は、卒業した後、魔術師としてどう生きるか』
「わかってるよ。いつも傍に居てくれてありがとう。ヘルフリート」
『こちらこそ。俺を召喚してくれてありがとう』
私はヘルフリートの小さな体を持ち上げて膝の上に乗せた。小さな体を抱きしめると、ヘルフリートの心地の良い火の魔力が伝わってきた。彼はいつでも私の事を想って行動してくれる。こんな人は世の中にはそう居ない。大切にしないと……。早く人間の姿として召喚してあげたい。私はヘルフリートをベッドに寝かせると、同じベッドで眠る事にした。
「一緒に寝ましょう。ヘルフリート……」
『ああ。おやすみ、エミリア』
「おやすみ……」
ヘルフリートの体を抱きしめていると、いつの間にか眠りに落ちていた……。