第二十三話「ハース魔法学校」
〈四月一日〉
ついにハース魔法学校の入学日が来た。早朝に起きた私達は、すぐに宿を出た。魔法学校は冒険者区を更に進んだ場所にあるらしく、商業区で買った町の地図を見ながらゆっくりと朝の町を歩き始めた。
町を歩いていると、大きなトランクを持つローブ姿の若者の姿が多かった。きっとハース魔法学校に入学する人達なのだろう。学生生活か……。私は生まれてから今まで学校に通った事が無い。読み書きは両親から教わり、仕事をするための簡単な計算はゲレオン叔父さんから教わった。
幼い頃から本を読む事が好きで、世の中の事は本を読んで知る事が多かった。この大陸にはどの様な地域があって、どの様なモンスターが生息しているのか。勿論、ヘルフリートに関する本は何冊も読んだ。魔王ヴォルデマールを討伐した英雄的な彼の行いは、彼の死後、六百年以上経過している今でも語り継がれているし、小説や絵本等にもなっている。ヘルフリートには内緒だけれど、トランクの中にはヘルフリートの活躍を描いた伝記が入っている。
『もうすぐハース魔法学校に着くみたいだね。どんな学校なのか楽しみだな』
「そうね、ついに入学か……」
『もしかして、あの建物かな?』
ヘルフリートが指差す先には、迷宮都市ベルガーの中のどの建物よりも大きく、広い敷地の中にはまるでお城の様な建物が建っていた。随分立派なのね……。学校の外周には背の高い石の城壁が建っており、校門の前ではローブ姿の人物が、一人一人の名前を確認して名簿にサインをしている。きっと学校の先生なのだろう。
「新入生ですね。お名前は?」
「エミリア・ローゼンベルガ―です」
「そちらのガーゴイルは召喚獣ですか?」
「はい、ガーゴイルのヘルフリートです」
「まぁ……賢者ハース様の名前を付けるなんて大胆ですね。でもこの学校の生徒の中には、ハース様の名前を召喚獣に付けている人が多いのですよ。大広間に進んで待機していて下さい」
「わかりました」
広い中庭を抜けて正門に進む。正門から校内に入ると大広間になっていた。長い机が三つ置かれてあり、一年生、二年生、三年生用に分かれているみたい。
新入生達は皆ローブを身に着けており、私の様にローブの中にメイルを装備している人も居た。人間以外の種族も多く、猫のような耳が生えた獣人やハーフエルフの姿も多い。召喚獣を連れている新入生は少ないみたいね。
しばらく待っていると、三十代程の女性が大広間に入って来た。金色の髪を綺麗に後ろでまとめ、手には短い金属製の杖を握っている。
「皆さん揃いましたね。私は副学長のアメリア・ゲゼル。レベルは7。火属性の魔術師です。担当科目は攻撃魔法で、皆さんの担任の教師です。早速ですが寮に案内します! 寮は全部で三棟あります。一年生は東棟、二年生は北棟、三年制は西塔です。それでは東棟に移動しましょう。荷物を持ってついて来て下さい!」
大広間を出て東に進むと、大きな塔が建っていた。どうやらここが一年生の寮らしい。寮の中に入ってみると、一階部が談話室になっていた。
「ここは談話室です。自由に使って頂いて結構です。宿題をしても良いですし、魔法の練習をしても構いません。飲食も可能です。入口から見て右手の扉を入ると女子寮、左手が男子寮です。それでは部屋の鍵を配ります」
私は部屋の鍵を先生から受け取った。鍵には番号が書いており、私の部屋は七号室らしい。
「部屋に荷物を置いてから戻ってきて下さい。学校の案内を続けます」
『部屋に行ってみようか』
「そうね、どんな部屋なんだろう」
私とヘルフリートは、談話室の右手にある扉を開いて部屋に向かった。手前から一号室、二号室とあり、一階の奥の方に私の部屋である七号室があった。鍵を使って扉を開けると、学生向けの寮とは思えない程立派な部屋だった。
大き目のベッドと勉強用の机。二人掛けのソファとテーブル。部屋の中にお風呂まで付いている。服や荷物を仕舞うためのドレッサーもあり、使い勝手が良さそう。部屋の隅には小さなチェストが二つ置いてある。
『このチェスト、一つは俺が使ってもいいかな』
「勿論よ」
ヘルフリートはチェストの中に葡萄酒とファントムナイトの魔石を大事そうに仕舞った。私は部屋にトランクを置くと、すぐに談話室に戻る事にした。
「それでは教室に案内します。教室は大広間の上の階にあります。二階が教室で三階が図書室です」
私達はゲゼル先生に案内され、再び大広間に戻った。大広間から階段を上ると、教室がいくつも並んでいた。どうやら授業の内容ごとに使う教室が別れているらしい。教室の指定がない授業に関しては、一年生用の教室を使うのだとか。
「大広間での朝食は六時半から七時半までです。三階の図書室は自由に使って頂いて結構です。最後に、校庭にある攻撃魔法の教室に移動します」
攻撃魔法の教室だけが野外にあるらしく、大広間から外に出て校庭を進むと、石造りの立派な建物が建っていた。天井が高く、壁際に設置されている棚には魔導書がずらりと並んでいる。
「ここが攻撃魔法の授業を行う教室です。明日の一時間目には簡単な試験を行います」
ゲゼル先生の説明によると、魔力と属性を測る試験を行うのだとか。生徒の総合的なレベルを把握するためのもので、去年の新入生の平均レベルは2だったらしい。
「校内の説明は以上です。気になる事があればその都度質問をして下さい。昼食は十二時から一時まで、夕食は六時から七時までです。それでは明日お会いしましょう。解散!」
こうして初日の学校の説明が終わった。今は丁度昼食の時間。大広間に移動してご飯を食べよう。大広間に移動すると、二年生と三年生が昼食を食べていた。一年生用の席に座ると、早速昼食を頂く事にした。テーブルの上には肉料理やパン、スパゲッティ、サラダにデザート等、豪華な料理が山の様に積まれていた。
『随分豪華なんだね、早速頂こう』
「そうしましょうか」
こんなに豪華な食事を毎日食べられるなんて。本当に良い環境ね。ヘルフリートはお皿に料理を盛ると、私の隣の席に座って食べ始めた。私はサラダとスパゲッティ、それから豚肉の料理をお皿に盛った。
「隣の席に座っても良いかな?」
獣人の女の子がゆっくりと近づいて来て、私の隣の席を指さした。茶色の可愛らしい猫の様な感じで、頭には小さな猫耳がある。フワフワとした長い尻尾がとても可愛らしい。背は私よりも低く、百五十センチ程かしら。私は獣人と会話をするのは初めてかもしれない。
「どうぞ」
「ありがとう。私は獣人のレオナ・ブライトナー」
「私はエミリア・ローゼンベルガ―。それからこっちはガーゴイルのヘルフリート」
獣人の女の子は私の隣の席に座ると、私の方を嬉しそうに見た。
「ガーゴイルの名前がヘルフリートなの? もしかして賢者ハース様に憧れているのかな?」
「まぁ……そうね。憧れているかもしれないね」
『そうなのか?』
ヘルフリートが念話で返事をした瞬間、獣人の女の子は目を見開いた。
「今、ガーゴイルの声が聞こえたよ。そうなのかって言ったよね」
「え? 嘘……」
『俺の声が聞こえるのかい?』
「うん、私には聞こえるよ。私、モンスターと会話が出来るの。全てのモンスターじゃないけど、人間に友好的なモンスターだけ」
『信じられないな。まさかモンスターと会話が出来る種族が居るとは……』
「ヘルフリートが他の人と会話出来るなんて」
『ああ、俺はエミリアとしか話せないと思っていたけど、そうじゃないみたいだね』
「エミリアもモンスターと話せるの?」
「私はヘルフリートとだけね」
「そうなんだ」
ヘルフリートは私以外の人と会話出来る事が嬉しいのか、彼女に対して興味を持っているみたい。昼食を終えた私達は部屋に戻る事にした。
「エミリアって呼んでも良い? 部屋は何号室?」
「うん。私もレオナって呼ばせて貰うね。部屋は七号室だよ」
「本当? 私は六号室!」
レオナの部屋は私の隣の部屋なんだ。なんだか彼女とはこれから仲良くなれそうな気がする。ヘルフリートと会話が出来る獣人か……。
『会えて嬉しいよ、レオナ。俺も明日からエミリアと共に授業を受ける』
「よろしく、ヘルフリート」
ヘルフリートがレオナと握手を交わしている。他の人がヘルフリートに触れている所を見ると、なんだか少し複雑な気分。ヘルフリートは私の召喚獣なのに……。部屋に戻った私達は、明日の試験のために魔法の練習を始める事にした。