第二十一話「ベルガーのダンジョン」
〈三月三十日〉
朝、目が覚めるとヘルフリートが私の装備の点検をしていた。ヘルフリートはダンジョンに持っていくアイテムを選んでいたのか、部屋のテーブルにはアイテムが並んでいる。
『おはようエミリア、ダンジョンに持ち込むアイテムを選んでいたよ』
「おはようヘルフリート、随分朝早いんだね」
『ガーゴイルの体だと睡眠があまり必要ないみたいでね、部屋で朝食を済ませたらダンジョンに潜ろうか』
「うん。どんなアイテムを持っていくの?」
『堅焼きパン、乾燥肉、チーズ、コップ、調味料。それからファイアの魔石とアイスジャベリンの魔石』
「食料も必要なんだ」
『すぐに帰ってくる予定だけど、万が一、ダンジョンから出られなくなった場合、食料が無かったら危険だからね。まぁそんな事にはならないと思うが……』
「魔石はどうして持っていくの?」
『罠の魔法陣を使う事になった時の備えだよ。きっと必要ないと思うけどね』
「そういう事ね」
私はホワイトパラディンの装備を全身に纏い、杖をベルトに挟んだ。朝食を簡単に済ませると、カバンに詰めた荷物を持ち、ダンジョンに向けて出発した。
宿を出て冒険者区に入ると、まだ早朝だというのに、冒険者の姿が多かった。ソロでダンジョンに向かう冒険者や、魔術師だけで構成されたパーティー。屈強な剣士と狩人で構成されたパーティーなど、様々なパーティーが居た。私達みたいに二人でダンジョンに挑む人は少ないみたい。
ダンジョンの入り口は巨大な金属製の扉で、入口の付近ではポーションを販売する露店があった。私達は念のため、ヒールポーションとマナポーションを三つずつ買った。
『ダンジョンに入ろうか』
「うん」
『エミリア、ダンジョン内では俺の指示に従う事。アイテムや宝箱には触れない事、それだけは気をつけてくれ』
「アイテムや宝箱に触れない? どうして?」
『罠の可能性もあるからね。宝箱に触れた者を下層に転送する罠なんかもある。今の時代にもそんな罠があるか分からないけど、ダンジョンにはどんな罠があるか分からないからな』
「アイテムに触れてはいけないのはどうして?」
『アイテムに触れた者に対して呪いを掛ける罠もあるんだよ』
「そんな罠もあるんだ……」
『ああ。ダンジョン内で生息するモンスターも必死に生きているんだ、人間を殺すためならなんでもする』
「わかった。ヘルフリートの指示に従うよ」
『良い子だ。それじゃ早速ダンジョンに入ろう』
扉を開いてダンジョンに入り、広い石の階段を一歩ずつ慎重に降りる。ダンジョン内の空気はひんやりとしていて心地が良い。確か一階層から五階層まではレベル1程度のモンスターの住処になっているんだったわね。ダンジョン中は天井が高く、複数のモンスターの気配を感じる。この先にモンスターが潜んで居るのだろうか。
地下二階に続く階段を探すために、ダンジョンを進むと、ついにモンスターを発見した。ゴブリンだ。肌が赤いタイプのゴブリンで、種族名はファイアゴブリンというらしい。通常の土属性のゴブリンよりも力が強く、火属性の魔法の扱いに長ける。
『エミリア、氷霧の魔法陣を使おうか』
「ええ、そうしましょう」
私は杖を地面に向けて、氷霧の魔法陣を書いた。この魔法陣は、持続的に氷の霧を放出し、敵の視界を悪化させる。火属性の魔力を弱め、氷属性の魔力を高める。私達にとって戦いやすくなり、ファイアゴブリン達にとっては戦いにくくなる魔法陣だ。魔法陣を書き上げてから、ヘルフリートをアイスドラゴンとして再召喚した。その方が有利に戦えるからだ。
魔法陣の中央にアイスジャベリンの魔石を置くと準備が整った。魔石からは心地の良い冷気が放たれ、ダンジョン内は一瞬で氷の霧が充満した。私やヘルフリートの様に、氷属性を持つ者にとっては心地の良い魔力を感じるが、敵にとっては自身の魔力を弱める状況だ。ファイアゴブリン達は慌てて武器を構えた。敵は全部で八体。
『どっちが多く倒せるか勝負しようか』
「望むところよ!」
私は杖をファイアゴブリンの群れに向けた。使う魔法はアイスジャベリン。氷属性の魔力を杖に込めると、氷霧状態だからか、通常のアイスジャベリンよりも遥かに大きくて逞しい氷の槍が生まれた。
『アイスジャベリン!』
思い切り魔法を唱えると、氷の槍は冷気を切り裂いてゴブリンの心臓を貫いた。即死だった。ファイアゴブリンは苦しむ間もなく、体から火の魔力を散らして命を落とした。火属性の魔石が一つ、地面に場所に落ちた。
仲間を殺されたファイアゴブリン達は、怒り狂って辺りを見渡すも、私達の姿を見つける事も出来ないみたい。氷属性を持つ私達は、氷霧状態でも視界は良好で、常に自身の魔力を高められている最高の状態。反対に、ファイアゴブリン達は徐々に魔力を弱められ、冷気によって体力さえ失われているはず。
ヘルフリートは地面から飛び上がると、一体のファイアゴブリン目がけて急降下した。ファイアゴブリンの体を掴んで持ち上げると、ダンジョンの天井ギリギリの場所まで上昇した。ヘルフリートに体を持ち上げられたファイアゴブリンは、武器を振り回して抵抗するも、ヘルフリートはファイアゴブリンの体から手を放し、地面に落とした。
物凄い速度で地面に落下したファイアゴブリンは、全身の骨が砕け、辺りには血が流れている。ヘルフリートは上空からアイスジャベリンの魔法を放って止めを刺すと、残る六体のファイアゴブリン達は恐怖のあまり顔を引き攣らせた。
それから私とヘルフリートの一方的な攻撃が始まった。ファイアゴブリン達は私達が居る位置を、氷霧の中から見つける事も出来ず、アイスジャベリンによって体を貫かれ、全てのファイアゴブリンは息絶えた。
『俺の勝ちみたいだね。俺が五体、エミリアが三体』
「負けたわね……だけどこの戦い方って少し卑怯じゃない?」
『そんな事はないさ。自分の得意な属性を強化し、敵を弱らせる。戦いの基本だよ』
「そうなんだ。少し可哀想だと思ったけど」
『まぁ、可哀想と言えば可哀想だが……魔石を回収しようか』
「うん」
ファイアゴブリンの魂が宿る魔石を回収し、鞄の中に仕舞った。ファイアゴブリンが使ってた武器や防具は、回収せずに捨てておく事にした。
全てのドロップアイテムを持ち歩いて狩りを出来る程、私の体力がないから……。ヘルフリートは人間の体ではないから、うまく荷物を持ち運べないし、万が一、モンスターに奇襲を掛けられた時、大量のアイテムを持っていたら、反応が遅くなってしまう。
「ヘルフリート、アイテムを回収しないで捨てておくのって、少し勿体ないよね」
『まぁ、そうかもしれないね。価値のあるアイテムだけを持ち帰ろう。本来なら仲間同士で分担してアイテムを持って帰るんだけど、俺はこの体だから大きなアイテムは持てない。せめて人型で力の強いモンスターの魔石が有れば……』
「もっとお金を貯めて、魔石を買うのも良いかもしれないね。魔石の専門店もあるみたいだし」
『そうだね。魔法学校に入学して、生活が落ち着いたらクエストを受けてお金を稼ごう。エミリアがレベル4になったら、人型のモンスターを召喚出来るようになるだろう』
「レベル4になると?」
『ああ、レベル4からは人型のモンスターが増えるんだよ。ステータスも高く、魔法やスキルを巧みに使いこなすモンスターが多い』
レベル4か。ヘルフリートが人型のモンスターになれれば、人間用の装備を使う事も出来る。ガーゴイルの体のままでも一応人間用の装備を使えるけれど、背が低いから短剣の様な小さな武器しか扱えないのだとか。
「ヘルフリート、スケルトンなんて良いんじゃない? 人間と同じくらいの身長だし」
『力が弱いからスケルトンにはなりたくないな。それに、俺は闇属性の魔法もスキルも使えないし』
「そっか……ヘルフリート自身が得意な属性じゃなきゃいけないのよね」
『そういう事だよ、俺が今考えているのは、ファントムナイトという聖属性のモンスターだよ。レベルは4から5程度。魔石の相場は分からないけど、人型のモンスターで、人間と同じ武器を使う事も出来る』
「ファントムナイト……聞いた事もないモンスターだわ」
『聖属性が強い土地に生まれるモンスターだよ。闇属性のモンスターを殺し、人間を救う気の良い奴らだ』
「闇属性のモンスターを殺すモンスターが居るの?」
『ああ、沢山いるよ。モンスター同士でも殺し合いをする。ファントムナイトは人間とコミュニケーションを取り、人間のパーティーに加わり、無償で闇属性のモンスターを討つ。神聖なモンスターさ』
ヘルフリートはきっと人間に近い体系のモンスターとして生活したいに違いない。 私が早めにレベルを上げて、ヘルフリートをより強い状態で召喚出来るようになる必要があるわね。
ファイアゴブリンが巣食う一階層での狩りを終えた私達は、二階層に続く階段を発見した。階段の奥からは、一階層よりも強いモンスターの魔力を感じる。まだ体力も魔力も余裕があるから、今日は二階層まで攻略しよう。私とヘルフリートは二階層に続く階段を降りる事にした……。