第二十話「迷宮都市とダンジョン」
〈迷宮都市ベルガー・エミリア視点〉
ついに迷宮都市ベルガーに到着した。正門を抜けると、活気あふれる市場が広がっていた。町には私が人生で見た事もない種族の生き物で溢れている。動物の様な耳の生えた獣人や召喚獣が、至る所で楽しそうに買い物をしている。
正門から迷宮都市内のダンジョンまでは一本の広い道が通っており、ここは【ベルガー通り】と言うらしい。この道を真っ直ぐ進むとダンジョンに着くみたい。
正門からほど近いエリアが【商業区】になっており、背の低い建物がいくつも建っている。冒険者向けの武器や防具を扱う店、モンスターの魔石の専門店、魔石の加工を行うお店。魔術師向けのローブの店や、杖と魔導書の専門店等、様々な種類のお店が所狭しと並んでいる。
ダンジョン方面に道を進むと、【居住区】がある。一般の住宅や、観光客向けの宿などが多く点在するエリアで、冒険者の姿は少ない。
ダンジョンから一番近いエリアが【冒険者区】になっており、傭兵を貸し出す傭兵団の事務所、冒険者ギルドや冒険者向けの安宿がある。ダンジョンを取り囲むように、様々なギルドの建物が並んでいる。冒険者ギルド以外のギルドでもクエストを受ける事が出来るみたいだけれど、クエストの種類が一番豊富なのが冒険者ギルドだという説明をヘルフリートから受けた。
『ここら辺で馬車から降りて今日の宿を探そうか。ゲレオン叔父さんが用意してくれた馬車は、冒険者ギルドに戻せばいいみたいだね』
私とヘルフリートは冒険者ギルドの前で馬車を停め、コリント村で借りた馬車を返してから、魔法学校に入学する日まで滞在する宿を探す事にした。ヘルフリートの提案により、居住区にある観光客向けの宿に宿泊する事にした。冒険者向けの宿は客層が悪く、今回の様に大切な荷物やお金を多く持っている場合には危険だと聞いた。
荷物を持ちながら居住区を歩いていると一軒の宿を見つけた。石造りの立派な二階建ての宿で、宿の近くには雰囲気の良い酒場があった。宿を外から眺めていると、宿の主人と思われる男性が入口の扉を開いて私達を呼んだ。
「お客さん! 宿を探しているんですか? うちの宿は一泊朝食付きで十クロノですよ!」
『十クロノか、なかなか安いね。歩き回るのも面倒だし、ここに決めようか』
「一日まで滞在したいのですが、大丈夫ですか?」
「勿論ですよ! さぁ荷物をこちらへ」
「お願いします」
私はカウンターで名前を記入し、四月一日までの宿泊費を払うと、部屋の鍵を受け取った。鍵の取っ手には魔石が嵌っており、扉にかざす事によって部屋の扉に掛かっている魔法を解く事が出来ると聞いた。万が一、侵入者などが部屋に掛けられた魔法を解かずに部屋の扉に触れた場合、宿の警備を担当している冒険者ギルドのメンバーが駆けつけるのだとか。
部屋は二階の一番手前で、部屋の扉に魔石を向けると、扉に掛かっていた魔法が解除された。その状態で鍵を差し込み、ロックを解除する。
部屋は白と黒を基調とした贅沢な雰囲気の部屋だった。ベッドとソファ、テーブルがあり、部屋の中にお風呂までついている。十クロノでこんなに立派な部屋を借りられるんだ。
『良い感じの部屋だね。ゆっくり休めそうだ』
「そうだね。今日はこれからどうする?」
『冒険者ギルドで魔石を換金しようか。それから、ダンジョンに生息するモンスターの種類も知りたい』
「そうしようか。用事が終わったら食事に行きましょう」
『そうだね、今日は早めに戻って来てゆっくりしよう。明日はダンジョンで狩りをして、明後日はついに魔法学校に入学だ』
「魔法学校か……楽しみだな」
『俺も楽しみだよ。さて、早速町に出ようか』
コリント村からベルガーまでの間に遭遇したモンスターの魔石を換金するために、私達は再び冒険者ギルドに向かった。集めた魔石は全部で三十個を超えている。ほとんどはヘルフリートが倒したスケルトンとゴブリンの魔石。居住区を抜けて冒険者区に入ると、冒険者ギルドの前には人だかりが出来ていた。
「ついにダンジョンの二十五階層を攻略した冒険者が現れた! ニ十五階層は地下墓地になっているらしいぞ!」
どうやらダンジョンの二十五階層という場所を初攻略した冒険者が現れたみたい。私はまだダンジョンに入った事が無いから分からないけれど、地下の二十五階まで潜ってモンスターを討伐するのって、相当難しいんじゃないのかな。
『ダンジョンの攻略か。いつの時代も冒険者は変わらないな。さて、魔石の買い取りカウンターに向かおう』
冒険者ギルドに入った私達は、魔石買い取りカウンターに魔石を並べた。魔石の買い取りを担当している職員は、一つずつ丁寧に魔石を調べると、代金を渡してくれた。買い取り金額は八十五クロノだった。
私とヘルフリートはダンジョンに関する情報を聞いてみる事にした。クエストの受付をしているカウンターに移動すると、女性の職員が対応してくれる事になった。
「こんにちは。迷宮都市ベルガーの冒険者ギルドへようこそ。担当のマクシーネ・ブルームと申します」
「どうも、コリント村から来ました。エミリア・ローゼンベルガ―です」
「既に冒険者ギルドには登録していますか?」
「はい」
「それではギルドカードを石板にかざしてください」
カウンターの上に設置されている石板の上にギルドカードをかざすと、私のステータスが浮かび上がった。
エミリア・ローゼンベルガ―
Lv.3:力…140 魔力…340 敏捷…160 耐久…230
属性:【聖】【氷】
「年齢をお伺いしても?」
「十五歳です」
「まだお若いのに随分魔法の訓練を積まれているようですね。十五歳で魔力が三百を超えているなんて……魔法はどこかの学校で習いましたか?」
「いいえ、学校ではありません」
「それでは誰か高名な魔術師から教わりましたか?」
「はい……そんなところです」
「やはりそうですか。迷宮都市ベルガーにはどういったご用件で?」
「ハース魔法学校に入学するために来ました。明後日入学予定なのですが、明日、ダンジョンで狩りを行おうと思いまして、ダンジョンのモンスターの情報を教えて貰いたくて来ました」
「かしこまりました。それではダンジョンについての説明を致します」
ブルームさんの説明によると、迷宮都市ベルガーの地下に広がるダンジョンは、一階層から五階層まではレベル1のモンスターが多いのだとか。スケルトン、スライム、ゴブリンを中心とするモンスターの住処らしく、駆け出しの冒険者でも十分に討伐する事が出来る階層らしい。
六階層からはレベル2以上のモンスターが増え、ソロでの狩りはほぼ不可能。パーティーで攻略に挑まなければ、たちまち命を落とすとの説明を受けた。
十五階層からはレベル3以上のモンスターが湧くらしく、平均レベル3以上の冒険者パーティーじゃなければ、攻略は不可能なのだとか。
「まずは五階層までで狩りをする事をお勧めします。ローゼンベルガー様ほどの魔力の持ち主なら、きっと物足りないと思いますが」
「わかりました、色々と教えて下さってありがとうございます。明日、五階層を目指してダンジョンに潜る事にします」
「はい、お気をつけて」
私とヘルフリートはすぐにギルドを出た。ついにダンジョンに挑むんだ。どんなモンスターが巣食っているのだろうか。
『エミリア、夕食を食べに行こうか』
「そうだね。どこで食事をしたら良いかわからないけど……」
『宿の近くに雰囲気の良い酒場があったね、酒場で食事を頂こう」
私達は再び居住区に戻り、宿のすぐ近くの酒場に入る事にした。店の中には様々な種類のお酒のボトルが並んでいた。空いている席に座ると、店主が近づいてきた。
「お食事ですか? お酒ですか?」
『二十クロノで二人分の料理と五クロノで適当な葡萄酒を持ってきてくれと伝えてくれ』
「二十クロノで二人分の料理と、五クロノで葡萄酒を持ってきて下さい」
随分とざっくりした注文だけど、これで良いのかしら?外で食事をする事なんてほとんどないから分からないけど。
「ねぇ、ヘルフリート、今の注文でちゃんと料理が来るのかな?」
『大丈夫だよ。相手の判断に任せるのも面白いんだ』
「そういう考え方もあるのね」
しばらく待っていると、テーブルには大皿に盛られた料理が三つも運ばれてきた。
「トマトスパゲッティとソーセージ、フルーツ盛りに葡萄酒だよ」
「ありがとうございます」
ヘルフリートがゴブレットに葡萄酒を注いで飲み始めると、店の店主が驚いて近付いてきた。
「召喚獣が自分でお酒を注いで飲むとは……随分賢いガーゴイルも居るんだな」
「はい、お酒が好きみたいで」
「ごゆっくりどうぞ」
トマトがふんだんに使われているスパゲッティは程よい塩加減で食べやすい。ヘルフリートはいつも通り器用にナイフとフォークを使って食事をしている。初めてヘルフリートの食事風景を見たら、普通の人なら驚くかもしれないわね……。
『もう食べられないな。安くて量も多い。明日もここに来よう』
「そうしようか。宿に戻って休もう」
代金を支払ってから、酒場を出て宿に戻った。久しぶりにゆっくりとお風呂に入ると、猛烈な眠気が襲ってきて、すぐにベッドに倒れこんだ。私は知らないうちに眠りに落ちていた……。