第十九話「迷宮都市ベルガーを目指して」
〈ヘルフリート視点〉
俺達はついに迷宮都市ベルガーに向けて出発した。迷宮都市ベルガーはコリント村の南口から、道沿いに進んで五日の距離だと聞いた。エミリアの魔法学校入学が四月一日だから、どれだけ遅くても三月三十日には到着したい。
現在の予定では二十七日に到着して、三日間迷宮都市での生活を満喫する。そして、四月一日からハース魔法学校で生活を始める。日程通り辿り着ければ良いが、モンスターが湧く地域をいくつも通らなければならない。注意して進む必要がありそうだ。
ゲレオン叔父さんが用意してくれた幌馬車はかなり立派な物で、馬はシルバーホースというレベル2のモンスターだ。馬車には低レベルの魔法を打ち消す魔法防御が掛かっている。馬車の中には折り畳み式のベッドまであり、夜の間は馬車の中で寝れば良い。
この馬車はコリント村の冒険者ギルドの物で、迷宮都市ベルガーの冒険者ギルドに返却すれば良いらしい。随分と便利な時代になったな……。シルバーホースは土属性のモンスターで、周囲に潜む敵を見つけるとすぐに俺に知らせてくれる。移動を始めて三十分が経った頃、スケルトンの群れを見つけた。
「ヘルフリート、道の先にスケルトンが居るよ。どうするの?」
『俺の魔法でなんとかするよ』
久しぶりに使ってみるか……。火属性魔法レベル2、ファイアボール。炎の球を作り出して対象に放ち、爆発させる。威力は術者の魔力に比例する。賢者だった頃の俺のファイアボールは、小さな建物なら跡形もなく吹き飛ばす事が出来たが、ガーゴイルの状態では、せいぜい弱いモンスターを蹴散らす程度だろう。
馬車を停め、翼を開いて飛び上がった。こっそりとスケルトンの集団の後方に回り、奇襲を掛ける。両手をスケルトンの集団に向けて魔力を込めた。体中から火の魔力を掻き集め、手の先から放出して球を作る。ありったけの魔力を込めると、スケルトンの集団に目がけて炎の球を落とす。
『ファイアボール!』
魔法を唱えた瞬間、炎の球は物凄い速度でスケルトンの集団の中央に落ちた。地面に落ちた炎の球は、辺りに強い炎をまき散らして爆発した。突然の攻撃に対し、反応すら出来なかったスケルトンの集団は一撃で命を落とした。辺りにはスケルトンの魔石と、装備が散乱している。
さて、戦利品を集めるか。俺は地面に降りると、魔石と戦利品を拾って馬車に積み込んだ。このペースで狩が出来れば、迷宮都市ベルガーに着くまでに、かなりの量の魔石と装備を集められるだろう。
「今の魔法は何? 凄い威力だったね!」
『あれは火属性魔法レベル2、ファイアボールだよ。対象に向けて炎の球を飛ばす基本的な攻撃魔法。低レベルの魔法だけど、使い勝手が良いから熟練の魔術師も好んで使うんだ』
「威力も球の速度も凄かったよ。私もあんな魔法を覚えたいな」
『いつか覚えられるよ。今の俺よりもエミリアの方が魔力は高いんだから、エミリアだってさっきの魔法と同等の攻撃魔法を使えるはずさ』
「そうなのかな。私、まだ攻撃魔法はアイスの魔法しか使えないから……」
『それなら……そろそろ新しい攻撃魔法を教えようか。少し早いかもしれないけど、エミリアならきっと大丈夫だろう』
「やった! どんな魔法なの?」
『まずは俺をアイスドラゴンに戻しておくれ』
「わかったよ」
エミリアが賢者の書を開くと、本の真上には光の輪が出来た。光の輪の中に入ると、俺の体は賢者の書の中に戻った。しばらく待っていると、エミリアがアイスドラゴンとして俺を召喚してくれた。この状態なら氷属性の攻撃魔法を教えられるな。
『まずは魔法を見せるからね』
「どんな魔法なのかな……」
アイスドラゴンになった俺は、適当な木に対して手を向けた。手から冷気を発生させて氷の塊を作り出し、氷を鋭利な槍に変える。鋭い槍に形を変えた氷を木に向けて放つ。
『アイスジャベリン!』
魔法を唱えた瞬間、氷の槍がとてつもない速度で発射され、いともたやすく木を貫いた。生前と比べるとかなり威力は落ちているが、久しぶりに使った魔法としては上出来だ。低レベルのモンスターになら十分に通用するだろう。
自分自身がかつて使えた魔法を、この体でどこまで引き出せるか、試してみる必要がありそうだな。今、この体はレベル3の氷属性のモンスターだから、レベル3程度の魔法までなら使えるはずだが……。エミリアの方を見てみると、目をキラキラさせて、私も覚えたいと言った。
『今の魔法がアイスジャベリンだよ、空の魔石を出してくれるかい』
「はい! もう準備してあるよ!」
『ありがとう』
空の魔石にアイスジャベリンの魔法を込めてからエミリアに渡した。魔石の中では、氷で作られた槍が美しく輝いている。エミリアは魔石を嬉しそうに見つめると、早速魔法を使ってみたいと言った。
『好きなだけ試してごらん、馬車で移動している間も魔法の練習は出来るからね』
「うん!」
エミリアは魔石を左手で握り、右手で杖を抜いた。杖を森林に向けると、氷の魔力を放出させた。
『アイスジャベリン!』
魔法を唱えた瞬間、杖の先からは手のひらサイズの小さな槍が飛び出した。エミリアは自分が作り出した小さな氷の槍を持ち、肩を落としている。
「随分小さいんだね……」
『まぁ、何度も練習すれば、そのうち感覚を掴めるよ』
「そうだね、もう一度やってみる!」
それからエミリアは馬車の御者席から魔法を放ち続けた。なかなかアイスジャベリンを撃つ感覚を掴めないのか、杖の先からは小さな氷の槍が飛び出て、地面に落ちて割れた。魔石を使用しても、すぐに魔法を使う感覚が身に着く訳ではない。
しかし、小さないながらも氷の槍を作り上げる力はある様だ。まだまだ練習は必要だが、エミリアならすぐにアイスジャベリンを使いこなせるようになるはずだ。それから俺は日が暮れるまで馬車を進めると、森の中の開けた場所で野営をする事にした。
『エミリア、ガーゴイルの体に戻しておくれ』
ガーゴイルの体に戻ると、上空から野営地の周辺を探索する事にした。アイスドラゴンの体よりも、ガーゴイルの体の方が戦い慣れているからだ。万が一、モンスターの住処やダンジョンがあったら危険だからな。
夕方の涼しい風を体に受けながら空を飛んでいると、再びスケルトンの群れを見つけた。上空からファイアボールを落として仕留めると、魔石だけを拾ってエミリアの元に戻る事にした。しかし、空から攻撃を仕掛けられるのは爽快だな。遠距離攻撃を使えない相手なら、反撃をされる事もない。
『今戻ったよ、エミリア。スケルトンの群れが居たけど、ファイアボールで仕留めておいた』
「そうだったんだね。私は夕飯の支度をしておいたよ。ご飯にしましょう」
『ありがとう』
今日の夕食は、堅焼きパンと乾燥肉、それから葡萄酒だ。質素な食事だが、こうして再び食べ物を食べられるだけでも幸せだ。本の中に居た時は食べ物が恋しくて仕方がなかったからな。いつか俺がお金を稼いだら、エミリアを上等なレストランに連れて行ってあげよう。
その前に、まずはお金を貯めて、ダガーの代金を返さなければならない。エミリアが学校で授業を受けている間、外でクエストを受けるのも良いかもしれない。俺自身もなるべく早く強くなる必要がある。エミリアを支えられる強いモンスターになろう……。
コリント村を出発した日から、俺達は本格的な魔法の練習を始めた。夕方までは馬車で移動し、夕方になると野営地で魔法の練習をする。エミリアが俺に対してアイスジャベリンで攻撃を仕掛け、俺はエンチャントを掛けたダガーで氷の槍を切り裂く。
エミリアはアイスジャベリンの練習を始めてから、二日後には三十センチ程の氷の槍を作れるようになった。彼女は日に日に力をつけている。俺の魔法教育で、彼女を最高の魔術師に育てるんだ。そして賢者としての俺を召喚してもらう。それが最終目標だ。
二十二日にコリント村を出発した俺達は、二十九日に迷宮都市ベルガーに到着した。当初の予定よりも二日程遅れて到着した訳だが、その分エミリアとの魔法の練習をたっぷりと行う事が出来た。
『やっと着いたね。ここが迷宮都市か、早速入ってみよう!』
「ええ。行きましょうか」
俺とエミリアは迷宮都市の入り口を抜けて、町の中に馬車を進めた……。