第十八話「賢者の魔法陣」
部屋に戻って来た私とヘルフリートは、すぐに荷造りを始めた。まずは学校生活に必要な衣類を用意し、トランクに詰める。それから一番大切なのはお金。三年間の道具屋での仕事で稼いだ貯金を半分に分けて、片方はトランクに、片方は当日鞄に入れて持っていく事にした。
お金に関してはしばらくは心配はいらないと思うけど、学校が休みの日にはクエストを受けてお金を稼ごう。私が荷物を準備していると、ヘルフリートはハース魔法学校から届いた手紙を読み始めた。
『魔法学校から届いた手紙を読んでみようか。まずは授業について、五十分の授業が四回行われるんだね。拘束時間が短くていい。座学なんて面倒だからサボりたいけど、新しい魔法を学ぶためにも、俺も一緒に授業を受けた方が良いんだろうな』
「私は座学も楽しみだよ。まだ魔法の事は何も知らないからね」
『うむ……それから課外授業について。モンスターの討伐や、地域住民に対する奉仕活動があるらしい。無償で魔法治療を施したり、授業で作成したポーションを配ったりするみたいだね』
「確か、授業でモンスターを討伐をするんだよね。ショートソードとスモールシールドが必要みたいだけど」
『手紙には剣と盾を用意する事と書いてあるね。ゲレオン叔父さんはエミリアでも扱えるタイプの、軽くて小さい物を選んでくれたんだな。魔法学校なのに武器を使った戦闘も教えるとは。戦闘についてよく分かっている学校だね』
「そうなの? 魔術師は魔法だけ使えれば良いんじゃないの?」
『そんな事は無いよ。魔力が枯渇した状態でモンスターと戦闘を行う事もあるし。ダンジョンを攻略する時は、魔力を温存するめに武器を使って戦う事もある。常に魔法を使っていれば有利に戦えるという訳でもないんだ。それに、魔法攻撃が一切通用しないモンスターも存在する』
魔力が枯渇した状態でのモンスターとの戦闘か。極限状態で、武器が使えないためにモンスターには殺されたくない。武器を用いた戦闘を学んでおけば自分のためになると思う。
『ダンジョンを攻略する時は、魔力を回復させるためのポーションなんかも大量に持ち込むのだが、使い切ってしまえば、回復手段を持たずにダンジョンの中で過ごさなければならないからな。勿論、魔力はしばらくすれば自然に回復するが、自然回復を待っていられる程、ダンジョン内での滞在は楽じゃない。そんな時に魔法しか使えなければ、たちまちモンスターに殺されてしまうよ。ダンジョンを支配するモンスターとの戦闘のために、魔力を温存する工夫も必要なんだ』
「ダンジョンの攻略か……確か迷宮都市ベルガーは、地下にダンジョンがあるから迷宮都市って言うんだよね」
『そうそう。俺は迷宮都市ベルガーには行った事が無いけどね。きっと学校の行事でダンジョンにも潜る事になると思うよ。俺が教師なら毎日ダンジョンに潜って己を鍛えろと言うからね』
学校の行事でダンジョンに潜るのか……。なんだか面白そう。ヘルフリートと話しながら荷造りをしていると、あっという間に準備は終わってしまった。両親と暮らしていたドーレス村を襲撃された時、大半の荷物を置いてきたから、私はほとんど自分の持ち物がない。
『支度が終わったみたいだね。今日はこれからどうしようか』
「魔法陣の書き方を練習しようかな。ヘルフリート、新しい魔法陣を教えてよ」
『わかった。早速練習しようか。今日教える魔法陣は氷の魔法陣だよ。使い方は大地の魔法陣と同じ』
「氷属性の魔力を強化するのね?」
『そういう事だよ。羽根ペンとインクを用意しておくれ』
「うん」
私はヘルフリートに羽根ペンとインクを渡すと、彼は賢者の書を開いて魔法陣を書き始めた。形は大地の魔法陣よりも遥かに単純だった。これならすぐに覚えられそう。
『これが氷の魔法陣。ついでにもう一つ面白い魔法陣を教えてあげるよ』
ヘルフリートは氷の魔法陣のすぐ隣に新しい魔法陣を書いた。どんな効果の魔法陣なのだろう? 形は氷の魔法陣をより複雑にしたような感じ。
『この魔法陣は氷霧の魔法陣と言って、魔法陣の中央に氷属性の魔法を込めた魔石を設置すると、持続的に氷の霧を辺りに放つ魔法陣だよ。敵の視界を奪ったり、火属性の魔力を弱める効果がある。氷霧状態の場所では氷属性の魔力が更に高まる』
「ひょうむの魔法陣? 氷の霧を出し続けて敵の視界を奪う……」
『そう。この魔法陣の効果は、魔法陣を作る時に込めた魔力に比例するからね。俺が魔王ヴォルデマールを倒した時に使用した魔法陣の一つだよ』
「魔王を倒した時に使った魔法陣?」
『そうだ。魔王戦ではありとあらゆる魔法を使ったよ。予め複数の魔法陣を用意し、状況応じて使い分けた。この氷霧の魔法陣もその中の一つだよ。俺が生まれる二百年以上前の古い魔法陣だけどね』
「そうなんだ! 私も覚えたいな! すぐに練習するよ」
『エミリアならきっと上手く出来るはずだよ』
私は賢者の書に書いて貰ったお手本を見ながら、羊皮紙に模写を始めた。魔法陣を書くのは、なんだか絵を描いているみたいで面白い。同じような線の連続のはずが、実は全て意味のある線で、一つ一つがとても大切。
線を書き間違えると、隣で見ているヘルフリートがすぐに指摘してくれる。こんなに恵まれた環境はない。だって本物の賢者ハースから毎日魔法を教えて貰えるのだから。今、この状況で努力しないなら、いつ努力するんだろう。徹底的に練習して、誰よりもうまく魔法陣を書けるようになるんだ。
それから私は夕飯までの間に、氷の魔法陣を何度も何度も羊皮紙に書き続けた。ヘルフリートがやっと完成を認めてくれた時、仕事を終えたゲレオン叔父さんがヘルフリートを呼んだ。
「ヘルフリート、今日もチェスをしよう!」
『是非! エミリア、一階に降りるよ。そろそろ晩御飯だろう』
ヘルフリートは私にだけ聞こえる念話で嬉しそうに返事をすると、部屋を飛び出して一階に飛んで行った。私もヘルフリートに続いて一階に降りた。
ザーラ叔母さんが作ってくれた夕食を頂くと、今日もゲレオン叔父さんとヘルフリートのチェスが始まった。私はチェスを眺めながら、ザーラ叔母さんと一緒に食後のデザートを頂いた。結局ゲレオン叔父さんはヘルフリートに勝つ事が出来ずに負け続けた。
「全く……最近のガーゴイルはこうも賢いのか。それともヘルフリートが特別なのか……」
『俺はガーゴイルじゃないからね。エミリア、俺にもデザートをおくれ』
『わかったよ』
私はカップに入ったケーキをヘルフリートに渡すと、器用にスプーンを使って食べ始めた。ガーゴイルの姿が自然すぎて当たり前のように見えるけど、ヘルフリートはガーゴイルではない。
それからすぐに部屋に戻ると、私は再び魔法陣の練習をした。氷の魔法陣に関しては、形もかなり上手に書けるようになった。明日、魔力が回復したら、実際に魔力を込めて本物の魔法陣を書けば完成だ。
『明日からは魔法陣の練習とアイスの魔法を練習しようか。場所は今日と同じ森の中で良いね』
「うん。クエストは受けなくても良いの?」
『そうだね、しばらくは魔法の練習に集中しようか。迷宮都市までの道でモンスターと戦う事になると思うし』
「そうだよね。移動に五日掛かるんだから。モンスタ―とも戦う事になるよね」
『うむ。俺が居るから大丈夫さ。移動の事は心配しなくて良いよ。さて、そろそろ休もうか』
「そうだね。お休み、ヘルフリート」
『おやすみ、エミリア……』
出発日当日まで、私はヘルフリートから手ほどきを受けて魔法の練習を続けた。アイスの魔法は、威力、速度共に上昇した。勿論、まだヘルフリートを捉える事は出来ないけれど、ヘルフリートは十分な威力だと褒めてくれた。
聖属性の魔法に関しては、毎日ホーリーの魔法だけを使い続けた。魔力が枯渇するまでホーリーを唱え続け、魔力が底をついたらマナポーションを飲んで回復させる。魔力を回復させたらすぐに魔法の練習を続ける。
魔法陣に関しては、大地の魔法陣、罠の魔法陣、氷の魔法陣は既に習得済。これらの魔法陣は、賢者の書の手本を見なくても書けるようになった。氷霧の魔法陣はまだ一度しか成功した事が無い。完璧に氷霧の魔法陣を書けるようになるには、もう少し時間が掛かりそう。
ヘルフリートはガーゴイルとアイスドラゴンの体が気に入ったのか、暇な時には村の近く巣食うモンスターを見つけ出しては仕留めて魔石を集めている。彼は「いつかエミリアに借りたお金を返すんだ」と言っているけど、いつになるかは分からないみたい。ガーゴイルはレベル2に、アイスドラゴンはレベル3まで上がった。
三月二十二日。ついに、迷宮都市ベルガーに出発する日が来た。 これから私とヘルフリートの新しい生活が始まる。ゲレオン叔父さんが用意してくれた馬車に乗り込むと、私達は村人達に見送られ、迷宮都市を目指して馬車を走らせた……。
【出発時ステータス】
エミリア・ローゼンベルガ―
Lv.3:力…140 魔力…325 敏捷…160 耐久…230
属性:【聖】【氷】
魔法:キュア ヒール バニッシュ ホーリー アイス
魔法陣:大地の魔法陣 罠の魔法陣 氷の魔法陣 氷霧の魔法陣
杖:ユニコーンの杖(魔力+30)
防具:ホワイトパラディン・シルバーメイル(耐久+30 魔力+30)
防具:ホワイトパラディン・シルバーガントレット(耐久+20 魔力+15)
防具:ホワイトパラディン・シルバーフォールド(耐久+20 魔力+15)
防具:ホワイトパラディン・シルバーグリーブ(耐久+20 魔力+15)
防具:霊力のローブ(魔力+20)
特殊効果:ホワイトパラディンの誓い(魔力回復速度上昇)
ガーゴイル(賢者ヘルフリート・ハース)
Lv.2:力…180 魔力…230 敏捷…250 耐久…180
属性:【火】
魔法:ファイア エンチャント・ファイア
スキル:ファイアスラスト
武器:ルーンダガー(魔力+40)
アイスドラゴン(賢者ヘルフリート・ハース)
Lv.3:力…300 魔力…310 敏捷…270 耐久…300
属性:【氷】
魔法:アイス アイスジャベリン アイスシールド