第十六話「新属性」
一階では仕事を終えたゲレオン叔父さんが葡萄酒を飲んでくつろいでいた。ザーラ叔母さんは料理をしているみたい。カーバンクルはゲレオン叔父さんの足元で、すやすやと眠っている。
「エミリア。クエストは大丈夫だったかい?」
「はい、スケルトンをニ十体倒せましたよ!」
「ニ十体? そいつは凄い! 魔法学校に学費を支払っておいたよ、学校で必要な道具は明日の夜までに揃うからね」
「本当ですか? ありがとうございます! 私とヘルフリートは二十二日に出発する事にしました」
「もうあまり時間がないんだな。それまではどうするつもりだい?」
「魔法の練習をするか、クエストを受けるつもりです」
私とゲレオン叔父さんが話していると、ヘルフリートは私の肩の上から飛び立ってキッチンに飛んで行った。きっと料理を手伝うのだろう。ザーラ叔母さんの楽しそうな声がキッチンから聞こえてくる。
「ハース魔法学校は三年制の魔法学校なんだね。きっと三年間なんてあっという間に過ぎてしまうだろう。学校を卒業したら何をしたいか、ゆっくり考えてるんだよ」
「わかりました。今の内から少しずつ考える事にします」
「学校から送られてきた資料を読んだが、寮で暮らす事になるんだってな。入学した後、必要な物が有ればいつでも手紙を書くんだよ」
「ありがとうございます。寮の生活ですか……楽しみだなぁ」
四月からはついに魔法学校での生活が始まる。魔法学校の授業って何をするんだろう。魔法陣を書いたり、魔法を練習したりするのかな。
私がゲレオン叔父さんにスケルトンとの戦闘やゴブリンとの出会いを話していると、ヘルフリートがキッチンから料理を持ってヨチヨチと歩いてきた。こうして見ると、ガーゴイルが賢者ハースだとは思えない……。小さな体で一生懸命に料理を運んでいる姿が本当に可愛らしいわ。
「今日はヘルフリートが料理を手伝ってくれたから随分楽だったわ、明日もよろしくね、ヘルフリート」
『勿論です』
ヘルフリートは私にだけ理解出来る念話で返事をしている。よく考えてみれば、ヘルフリートは私以外の人とは会話も出来ない訳だから、毎日もどかしい思いをしているんじゃないかな。人間の言葉を話せるモンスターに召喚してあげたら、日常生活がもっと楽になるに違いない。だけどヘルフリートはガーゴイルの体が気に入っているみたい。
『さぁ、エミリア。夕食を頂こうか』
「うん。おいで、ヘルフリート」
私はヘルフリートを膝の上に乗せてから、食事を食べ始めた。ヘルフリートはゲレオン叔父さんから葡萄酒を頂いて美味しそうに飲んでいる。ガーゴイルもお酒を飲むんだ。私の膝の上でガーゴイル姿の賢者ハースが葡萄酒を飲んでいるなんて、誰かに説明しても絶対信じてくれないだろうな。
『エミリア、明日もクエストを受けようか? それとも魔法の練習をしようか』
『そうね……明日はクエストを休んで魔法の練習をしようかな。さっき貰ったアイスの魔石を使って氷属性の魔法も試してみたいし』
『それは良いね。色々な属性の魔法を試してみるんだよ。いつかきっと自分に合う属性が見つかる』
『私は聖属性が合っていると思うの。もっと覚えたいと思うし、聖属性の魔法を使っている時は本当に楽しいんだ』
『楽しみながら魔法の練習をする事が大切だよ』
ヘルフリートは葡萄酒が入ったゴブレットを持って立ち上がると、部屋の隅に置いてあったチェス盤を指さした。ゲレオン叔父さんが驚いた様な目でヘルフリートを見つめている。
「ヘルフリート、チェスが出来るのかい?」
ガーゴイル姿のヘルフリートは静かに頷くと、ゲレオン叔父さんがチェス盤と駒をテーブルの上に置いた。ゲレオン叔父さんとザーラ叔母さんは、週に一度はお酒を飲みながらチェスをする。私もたまにチェスをするけれど、一度も勝てた事は無い。
「そうか! ヘルフリートは賢いからな! ザーラの料理だって手伝えるんだ。チェスだって出来るだろう」
ゲレオン叔父さんとヘルフリート、どっちが強いのだろう……。なんだか結果がすごく楽しみ。私はヘルフリートから頂いたアイスの魔石を磨きながら観戦する事にした。
ゲレオン叔父さんとヘルフリートは向かい合って座ると、すぐにチェスの試合が始まった。ゲレオン叔父さんは余裕の表情を浮かべ、葡萄酒を飲みながらゆっくりとチェスを楽しんでいる。しばらくするとゲレオン叔父さんの顔つきが変わった。普段はニコニコしているのに、随分の真剣な目をしている。ヘルフリートは余裕の表情を浮かべ、ゲレオン叔父さんを圧倒している。勝敗はすぐに決まった。ヘルフリートの圧勝だった。
「強い……! こんなにチェスが強い奴は初めてだ! エミリアのガーゴイルは只者じゃないな」
「私のヘルフリートは普通のガーゴイルじゃないんです」
「そうだろうな。こんなに知能が高いガーゴイルは見た事が無い。とんでもない召喚獣を仲間にしたんだな。エミリア」
「はい。運が良かったみたいです」
「運だけじゃないよ。これだけヘルフリートがエミリアに懐いているんだ。エミリアの力を認めているって事さ」
「そうなのでしょうか……」
ヘルフリートは椅子から飛び上がると、私の膝の上に飛び乗った。
『そうだよ、エミリア。六百年ぶりに俺がこの世界で生きられるのはエミリアのお陰だ。感謝しているよ』
『こちらこそ。ヘルフリートに出会えて良かった。これからもよろしくね』
『ああ、よろしく頼むよ。さて、今日はそろそろ休んで、明日は朝から魔法の練習をしよう。氷属性の魔法を教えてあげるよ』
『やった。それじゃ部屋に戻りましょうか』
私は肩の上にヘルフリートを乗せて部屋に戻った。明日から新しい属性の魔法を練習するんだ。氷属性か……。ヘルフリートから貰った魔石を取り出して見てみると、美しく輝く魔石の中では青く光る氷が冷気を放っている。新しい属性か。私は魔石を眺めながらベッドで横になっていると、いつの間にか眠りに落ちていた……。
〈翌朝〉
目が覚めるとヘルフリートの姿は無かった。今は朝の六時。こんなに早くからどこに行ったのだろう。服を着替えてからベルトに杖を挟み、普段持ち歩ている小さな鞄を持って一階に降りた。一階のリビングでは、ゲレオン叔父さんとヘルフリートがチェスをしていた。
「くそ……また負けた! あ、おはようエミリア」
「おはようござます。朝からヘルフリートとチェスですか?」
「ああ。やはり俺ではヘルフリートに勝てないみたいだ。今日は魔法の練習をするのかい?」
「はい、近くの村で氷属性の魔法を学ぶつもりです」
「氷属性か、珍しい属性を学ぶんだな。俺もイーダも氷属性の魔法は使えないからアドバイスは出来ないが、頑張るんだよ」
「はい! ヘルフリート、早速魔法の練習に行きましょう!」
私が合図をすると、ヘルフリートはチェスを片付けてから飛び上がった。出発前に食料を準備しておこう。ザーラ叔母さんが作ったスープと、堅焼きパンとチーズがあればいいかな。食料を鞄に仕舞ってから、私とヘルフリートは家を出た……。




