第十五話「六百年の歳月」
家に戻った私達は、ゴーストの魔石とアイスドラゴンの魔石を賢者の書に登録する事にした。右手に登録したい魔石を持ち、左手で賢者の書に触れる。魔石からモンスターの力が賢者の書に流れ、ヘルフリートの魂をモンスターとして召喚する手筈が整った。
「まずはゴーストにしようよ! ヘルフリートの姿を見てみたい!」
『そうだね、俺も久しぶりに自分の姿を見てみたい』
ガーゴイル姿のヘルフリートが賢者の書の中に戻った。この光景は何度見ても不思議ね……。私はゴーストのステータスが表示されている新しいページを開いた。
ゴースト(賢者ヘルフリート・ハース)
Lv.1:力…0 魔力…80 敏捷…150 耐久…20
属性:【無】
魔法:なし
属性は無属性。使用可能魔法はなく、敏捷だけがかなり高いみたい。早速ヘルフリートを召喚しよう。床に賢者の書を置き、ゴーストのステータスが表示されているページを開いた状態で魔力を込める。
『ゴースト・召喚』
ユニコーンの杖を向けて魔力を注ぐと、銀色の光が本の中から放たれた。ついにヘルフリートに会える……。二十五歳で魔王ヴォルデマールを討伐し、賢者の称号を得た偉大な冒険者に。魔力を注ぎ続けると、銀色の光は段々と背が高くなり、ヘルフリートの生前の姿を現した。
身長は百七十五センチだと言っていたわね。銀色の髪が肩まで伸びていて、美しい青色の目が私を見つめている。眉毛がきりっとしていて、顔立ちは中性的。体系は全体的にすらっとしている。本で見たヘルフリートとほとんど同じね。
『俺の体だ……ゴーストの状態なのが悲しいが』
「やっとヘルフリートに会えたような気がする」
『ああ、はじめまして』
ヘルフリートは微笑みながら私を見つめている。生きていた頃は女性から人気があったのだろうな。今まで見た男性の中で一番魅力がある。
『この姿は楽だけど、無属性だからエミリアに魔法を教える事も出来ないな。早速アイスドラゴンになってみよう』
「わかったわ。でも家の中で大丈夫? ドラゴンって体大きいんじゃない?」
『レベル2のアイスドラゴンだから大丈夫。ガーゴイルの体より少し大きいくらいだと思うよ』
「それなら大丈夫ね。早速召喚するわね」
『頼むよ』
ゴーストの姿のヘルフリートが本に戻ってから、私はアイスドラゴンのページを開いた。
アイスドラゴン(賢者ヘルフリート・ハース)
Lv.2:力…280 魔力…260 敏捷…250 耐久…290
属性:【氷】
魔法:アイス アイスジャベリン アイスシールド
ステータスは賢者の書に登録されている全モンスターの中で最高値を叩き出している。これは凄いモンスターなんだわ。レベルは2だけど、間もなくレベル3に上がりそう。
早速召喚してみよう。本を開いたまま床に置いて杖を構える。体中から魔力を集め、杖の先から賢者の書に注いだ。しばらく魔力を注ぎ続けると、賢者の書から涼しい風が吹いた。アイスドラゴンの魔力だろうか……。
賢者の書からは小さなドラゴンが姿を現した。体長は約八十センチ。氷の様に輝く美しい体。頭部にはクリスタルの様な二本の角が生えている。目はヘルフリートそっくりの青色。
頑丈そうな翼を開くと、ヘルフリートは満足そうに体を確認している。爪は四本で、透明なクリスタルの様な輝きを放っている。信じられないわ……。こんなに立派なモンスターが私の召喚獣だなんて。ヘルフリートは床に落ちていた空の魔石を拾うと、強く握りしめた。
『アイス……』
ヘルフリートが魔法を呟いた瞬間、とてつもない量の冷気が魔石の中に流れた。これがアイスドラゴンの魔力? ヘルフリートはゴーストが入ってた魔石と、アイスドラゴンが入ってた魔石に、アイスの魔法を込めると、二つの魔石を私にくれた。
『この魔石を使って魔法の練習をするんだよ』
「ありがとう! 大切にするね」
『うむ。さて、この姿だと部屋を冷やしてしまうから、ガーゴイルに戻しておくれ』
「わかったよ」
アイスドラゴンのヘルフリートは賢者の書に戻ると、私はすぐにヘルフリートをガーゴイルとして再召喚した。随分魔力を使ってしまったけど、何度もヘルフリートを召喚する事で、私自身の魔力も強化されている気がする。ガーゴイルになったヘルフリートは、嬉しそうに私の肩の上に飛び乗った。
「そろそろ晩御飯の時間かな。一階に降りようか」
『そうしよう。ザーラ叔母さんの料理を手伝いたいしね』
「ヘルフリートは料理が好きなの?」
『嫌いではないよ。それに、ガーゴイルの体に慣れておきたいんだ。どこまで手先が器用なのか、力が強いのかを知っておくと戦いやすいような気がしてさ。自分の本当の体じゃない訳だし』
「そうだよね。ガーゴイルになるって、どんな気分なんだろう」
『意外と悪くないよ。元々俺は火属性の魔法が得意だから、火属性のガーゴイルとは相性が良いんだ。それに、自由に空を飛べるのは気分が良い』
「そうだ、ヘルフリート。アイスドラゴンってすごく希少なモンスターだと思うのだけど、どうしてレベル2なの? ドラゴンってもっと高レベルだと思っていた」
『生まれたてのドラゴンはそこまで高レベルじゃないよ。イーダさんも言っていたけど、きっと生まれてすぐに命を落としたから、レベル2の状態だったんだろうね。アイスドラゴンは本来ならレベル5かレベル6まで強くなるモンスターだよ』
「それじゃヘルフリートはこれからレベル5かレベル6のアイスドラゴンに成長するの?」
『そういう事だ。アイスドラゴンとして食事を摂って、モンスターとの戦闘を繰り返せばすぐに強くなるはず』
「そうだとしたら、私はヘルフリートを再召喚出来るのかな」
確か召喚は、自分の魔力が及ぶ範囲内でしか出来なかったはず。アイスドラゴンのとしてヘルフリートが成長したら、賢者の書に戻った時、再召喚は出来なくなるんじゃないのかな。今日の召喚は、今は私の方が魔力が勝っていたから召喚出来たけど。
『心配はいらないよ。一番最初に魔石を賢者の書に登録する時にのみ、自分自身の魔力が、召喚したいモンスターの魔力を上回れば良い。成長した後の再召喚にはほとんど魔力を消費しないんだ』
「そうなんだ。それなら、いくらヘルフリートが成長しても安心だね」
『そういう事さ。まだどのモンスターでレベルを上げるかは決めていないけど、やっぱり人間と同じ武器を使えるガーゴイルはなかなか良いね。勿論、ステータスではアイスドラゴンの方が上だけど』
だけど、アイスドラゴンの姿で成長すれば体も大きくなる訳だし……。そうしたら普段一緒に居る事も難しくなるような気がする。
「魔法学校で一緒に居られる大きさのモンスターが良いな。あまり大きくなったら、普段一緒に居られなくなっちゃうよ」
『確かにね。俺自身もエミリアの召喚獣として、魔法学校で授業を受けたい。今の時代の魔法を学んだりするのも楽しいだろうな』
「そうだよね。魔法学校か……私、学校に通った事がないから、本当に楽しみなんだ」
『きっと楽しい学生生活を送れるはずだよ。同年代の友達も作って、毎日魔法の練習をする。休みの日にはクエストを受けてお金を稼ぐのも良いかもしれない』
「楽しそう……早く迷宮都市に行きたいな」
『出発の日にちは決めたのかい? 確か迷宮都市ベルガーは馬車で五日の距離にあるんだよね』
「まだ決めていないけど、入学が四月一日だから、三月二十五日には出発したいかな」
『道中でモンスターに襲われる可能性も考えて、念のため二十二日に出発しよう、早めに着いたら観光でもしたらいいさ』
「そうだね。それじゃあ二十二日の朝に出発しよう」
ついに出発日が決まった。今日が十七日だから、出発は五日後。あと五日間、毎日休まずに魔法の練習をしよう。魔法学校に入学する他の生徒の実力が分からない訳だから、なるべく多く魔法の練習をしておいた方が良いはず。私達は出発日をゲレオン叔父さんとザーラ叔母さんに伝えるために、一階に降りる事にした。