第十三話「墓地での攻防」
〈北の墓地〉
コリント村を出た私とヘルフリートは、ついに墓地に辿り着いた。さっきまで涼しくて心地の良かった森には、まだ明るい時間なのにも関わらず、まるで夜の森の中に居るかのように薄暗く、冷たい空気が流れている。朽ち果てた墓が無数に立ち並び、墓地にはうつろな目で地面を見つめる白骨のモンスターが居た。スケルトンだ……。
以前店を訪れた冒険者さんから話を聞いた事がある。闇属性の魔力が濃い土地でモンスターが死んだ場合、モンスターは骨の体で蘇り、冒険者を襲う。死んだモンスターがスケルトン化するには条件があるらしく、死んだモンスターの魔石が長い間放置された場合、魔石には闇属性の魔力が宿り、元のモンスターは闇属性の魔力によって再び蘇る。スケルトンの強さは元のモンスターの強さに比例する。
『エミリア、ホーリーの魔法を使うんだよ。一発で仕留められなければ、何発でも撃つこと』
「わかったよ」
私とヘルフリートはゆっくりと墓地の中に入った……。大きな墓石の陰に身を隠しながら、スケルトンの様子を伺う。背の高いスケルトンで、右手には剣を持ち、左手には盾を持っている。生前は武器を扱うタイプのモンスターだったのかしら。心臓の位置には黒く光る魔石が浮いている。魔石を破壊してしまうとクエスト達成の条件にはならない訳だから、なるべく他の部分を攻撃しなければならない。
『頭に一撃喰らわせてやるんだ』
『うん……』
敵に気が付かれない様に背後からこっそりと忍びよると、私はスケルトンに杖を向けた。杖に聖属性の魔力を込め、一気に放出する。
『ホーリー!』
魔法を唱えると、杖の先からは小さな魔力の塊が飛び出した。私が魔法を放った瞬間、スケルトンは咄嗟に振り返って盾を体の前で構えた。スケルトンはホーリーの魔法を盾で受けると、すぐに剣による反撃を繰り出してきた。
『危ない!』
ヘルフリートは瞬時に私とスケルトンの間に飛んできて、敵の攻撃をダガーで受けた。炎のエンチャントが掛かっているダガーは、スケルトンの攻撃が当たった瞬間、辺りに強い火の粉を散らした。ヘルフリートは右手に持ったダガーでスケルトンの攻撃を防ぐと、すぐさま左手を敵に向けて魔法を唱えた。
『ファイア』
彼が魔法を放った瞬間、左手からは強い炎が噴き出した。骨の体に纏わりつくように炎が燃え上がったが、スケルトンには通用しないのか、すぐに炎は消えた。
『エミリア! ホーリーを!』
私はもう一度スケルトンに杖を向けた。一撃で仕留める……!
『ホーリー!』
魔法を放つと、先程のホーリーよりも強い光が放たれた。銀色の球状の魔力の塊がスケルトンの体を捉えると、一撃で骨を砕いた。攻撃ダメージが大きかったのか、スケルトンは膝を着いて姿勢を崩した。ヘルフリートは一瞬の隙を見逃さなかった。
『ファイアスラスト!』
炎を纏ったヘルフリートのダガーが、スケルトンの頭部を捉えると、一撃で頭部が破壊され、辺りには骨が飛び散った。凄い威力ね……。スケルトンは力なく倒れると、体は消滅し、魔石だけがその場に残った。
『よくやった、エミリア。ホーリーもなかなかの威力だったよ』
「初めてモンスターを倒したよ! ほとんどヘルフリートの力だけど」
『そんな事は無いさ。ガーゴイルの俺はスケルトンとは相性が悪い。肉の体を持つモンスターなら簡単に燃やせるのだが……』
「最後に使った技、凄かったよ! ファイアスラストっていうの?」
『武器に火のエンチャントを掛けた状態で突きを放つスキルだよ。力に魔力が上乗せされる攻撃スキルさ』
「魔力と力か……」
『エミリア、この調子でどんどん狩ろう! あと九体でクエスト達成だよ』
それから私とヘルフリートは、次の敵を探すために、墓地の奥に進んだ。奥に進めば進む程、闇属性の魔力が強くなり、モンスターの視線を強く感じる。きっと私達を襲うために、モンスターが身を潜めているのだろう。
『エミリア、モンスターの中には敵を見つけても襲ってこないモンスターも居る。人間と同じで、モンスターにも性格があるんだ。好戦的なモンスターは人間を見つけると襲ってくるが、中立的なモンスターは人間を見つけるとすぐに逃げ出す』
「モンスターにも性格があるんだ。知らなかったよ」
『知能が低いモンスターは好戦的なモンスターが多いな。相手の力量を図る事も出来ずに、無謀な戦いを行う』
「今、私達を監視しているモンスターは、どんなモンスターなのかな」
『さぁね、実際に見てみないと分からないけど、さっきのスケルトンより賢いのだろう。少なくとも敵の様子を伺える知能を持つモンスターだ』
薄暗い墓地の中を進むと、スケルトンの群れを見つけた。スケルトンが五体、メイスを手に持ち、墓地の中を練り歩いている。スケルトンが向かう遥か先には、二体のゴブリンが火を使って料理をしている最中だった。
『もしかするとあれは戦いに発展するかもしれないな。モンスター同士でも殺し合いを行う』
「そうなの?」
『ああ、ここはゴブリンに加勢した方が良さそうだ。スケルトンよりは知能が高いからな』
「私達がゴブリンに加勢を?」
『そうだよ。よくある事さ。状況はスケルトンの方が有利だ。きっとこのままではゴブリン達は殺されるだろう』
「でも、私達がわざわざ加勢する必要ってあるのかな?」
『黙っていても勝手に殺し合いをするし、もしかしたらゴブリンはスケルトンを一体でも倒せるかもしれない、そうしたら俺達の今回のクエストは楽にはなる。しかし、料理中のモンスターが殺されるとは、なんとも可哀想じゃないか』
「そうかもしれないね。ゴブリンを助けてあげる?」
『そうしよう。エミリア、俺をゴブリンとして再召喚しておくれ』
「わかったよ」
私は地面に賢者の書を置くと、ヘルフリートはすぐに本の中に戻った。私は左手に賢者の書を持ち、右手で杖を構えた。
『ゴブリン・召喚』
魔法を唱えた瞬間、ヘルフリートの魂が宿るゴブリンが現れた。腰にはルーンダガーを装備している。本の中で着替えでもしたのかしら。
『ゴブリンはあまり好きじゃないが、こういう時は仕方がないな。格好悪いだろう?』
「正直に言うと……そうね。ガーゴイルの姿のヘルフリートの方が好きかな」
『俺もだよ。だけどこの体の方が動きやすい。人間と体の構造が似ているからだろう。さて、俺は二体のゴブリンに近づいてみるよ、エミリアはスケルトンとの戦いが始まった頃に加勢してくれ』
「うん、気をつけてね」
『ありがとう』
緑色の体をした背の低いゴブリン、いいえ、ヘルフリートは私の方を向いて無邪気に手を振ると、二体のゴブリンに向かって歩き始めた。二体のゴブリンは、ヘルフリートが近づいていくと、料理を止めて立ち上がった。何やらヘルフリートに対して話しかけているみたい。
ゴブリンの言葉が分からないヘルフリートは、スケルトンが居る方向を指差すと、ゴブリン達は状況を理解したのか、すぐに武器を抜いた。片方のゴブリンは短めのダガーを両手に持ち、もう片方のゴブリンはハンドアックスとスモールシールドを持っている。
ダガーを装備しているゴブリンはヘルフリートよりも背が低く、黒い布の様な物を体に巻き付けている。ハンドアックスとスモールシールドを持っているゴブリンは、ヘルフリートよりも背が高く、筋肉の量も多い。立派なメイルを着こんでいて、戦士の様な風貌をしている。なかなかバランスの良いパーティーに見えるのはどうしてかしら……。
間もなく五体のスケルトンがゴブリン達を発見するだろう。私は墓石の陰に身を隠した。この場所からヘルフリートを援護しよう。ホーリーの魔法は射程距離も長いから、この距離でも攻撃は届くはず。さっきは一撃で倒せなかったけど、今回は一撃で倒せるように大地の魔法陣を使おう。私は急いで足元に大地の魔法陣を書いた。
大地の魔法陣を書き上げた瞬間、メイスを持った五体のスケルトン達は、ついにゴブリンとヘルフリートのパーティーに遭遇した……。急いで大地の魔法陣の中に入ると、闇の魔力が蔓延している墓地だからか、聖属性の魔力はほとんど強化されなかった。
ついに戦いが始まる……。五体のスケルトン対、二体のゴブリンとヘルフリート、それから私。私は墓石の影からユニコーンの杖を構えて魔力を込めた……。