第十二話「コリント村北口」
冒険者ギルドでスケルトン討伐クエストを受けた私とヘルフリートは、北の墓地に行く前に、ゲレオン叔父さんの道具屋に寄って食料を買う事にした。
『エミリア、冒険に出るには食料が必要だ。万が一、怪我をして動けなくなっても、しばらくは食べていける食料があれば安全に帰還できる』
「食料の事なら任せてよ。私、三年間も冒険者向けの道具屋で働いていたんだから、保存食に関しては詳しいの」
『それは頼もしいな。若い冒険者は、ピクニックにでも行くかの様に軽装で、食料も持たずにモンスターとの戦いに向かう者が多かった。今の時代はどうか分からないが』
「そうだったんだね。ヘルフリート程の人でも、やっぱり冒険には保存食を持って行ったんだ」
『昔はほとんど必要なかったな。水が必要になったら水を作り出して飲む事も出来たけど、ガーゴイルの体では水を作る事も出来ない。火属性に特化したモンスターだからね』
ヘルフリートはそう言うと、少し悲しそうな顔をして私を見た。長い年月を掛けて覚えてきた魔法、魔力を失ったのだから、悲しくて当然だと思う。
『でも、水属性のモンスターの魔石さえあれば、俺は再び水属性の魔法を使う事が出来るだろう。エミリア、魔石も少しずつ集めようか。状況に応じて、俺がエミリアの召喚獣として姿を変えよう。水が必要なら水属性のモンスターに、風が必要なら風属性のモンスターに』
「確かに……ヘルフリートは魔石さえあれば姿を変えられるんだもんね」
『そうだよ。そういう魔法を賢者の書に掛けておいた。この事は他の人には内緒だよ』
「わかったわ」
道具屋に到着した私達は、早速中に入る事にした。今はちょうど店内にお客さんは居ないみたい。冒険に必要なアイテムをゆっくり選ぼう。
「エミリア。その装備はどうしたんだい? 随分立派な物じゃないか!」
「はい、バーナーさんのお店で買ったんです。ホワイトパラディンが使っていた物らしいですよ!」
「うむ……素晴らしい装備だな。それで、今日はお客さんとして来たのかい? なんでも好きな物を持っていきなさい」
「ありがとうございます!」
私は早速、保存食が置いてあるコーナーに向かった。ここにある商品の事は知り尽くしている。昨日まで私が実際に売っていた商品だし、道具屋で勤務している時に、冒険者のお客さんからの数々の質問に答えてきた。私はすぐに冒険に必要なアイテムを選んだ。
大きな乾燥肉の塊が三つ。硬くて日持ちするチーズが一つ。瓶詰のナッツが一つ。調理用のフライパンが一つと、軽量化された金属製のお皿が二枚。金属製のフォークとスプーン、コップが二セット。お水を入れるための水筒。たっぷりと砂糖が入っている堅焼きパンが三つ。パスタの麺と、塩、胡椒。
それから、ヘルフリートがどうしても欲しいとねだった葡萄酒。彼は久しぶりにお酒が飲みたいといって聞かなかった。
「それだけで良いのかい? エミリア」
「はい。大丈夫です」
「必要な物があればその都度持っていくんだよ。それで、今日はこれからどこに行くんだい?」
「北口を出て一時間程の場所にある墓地に行こうと思います。スケルトンを討伐するクエストを受けました」
「スケルトンか! 確かにエミリアとは相性が良さそうなモンスターだね。ユニコーンの杖の力もあるし、ガーゴイルも居るから問題はないだろう! ガーゴイル、エミリアの事を頼んだよ」
ヘルフリートは笑みを浮かべて静かに頭を下げた。
「ところで、ガーゴイルには名前を付けたのかい?」
「はい。名前はヘルフリートです! 賢者ハースの様に強くなって欲しいと言う意味で」
「ヘルフリートか! 自分の召喚獣や子供に賢者様の名前を付ける人は多い! それじゃエミリア、お客さんが来たみたいだから俺は仕事に戻るよ。気をつけて行ってくるんだ」
「はい、行ってきます。ゲレオン叔父さん」
私は商品を鞄に仕舞いヘルフリートと共に店を出た。確かイーダさんは、墓地は北口から出て一時間の場所だと言っていた。コリント村から比較的近い場所に墓地があり、冒険者達がクエストをこなしているという事は知っていたけど、まさか自分が冒険者になって、モンスター討伐に向かうなんて思いもしなかった。だけど、私は強い魔術師になるためにも、今回のクエストを必ず成功させてみせる。ヘルフリートと共に……。
『エミリア、早速村を出ようか。俺はこの辺りの土地勘はないから、エミリアが案内しておくれ』
「うん、わかったよ。だけど私もあまり詳しくないんだ。この村の生まれじゃないし」
『確かそう言っていたね』
「三年前から住み始めたのだけど、ほとんど村から出た事もないの」
『そうなのかい? 外に出て遊んだりするのは好きじゃないのかな?』
「うん、家の中で本を読んだりするのが好きかな。ヘルフリートは私と同じ十五歳の時は何をしていたの?」
『毎日モンスターと戦っていたよ。それから魔法の修行。山に籠ってモンスターを狩り、ひたすら魔法を極めるために毎日特訓していた』
「私の生活とは随分違うんだね……なんだか凄いなぁ」
『今とは時代も違うからな。俺の時代の冒険者ギルドはあんなに立派じゃなかったし、クエストの種類も少なかった。魔術師が少ない時代だったから、俺の様に魔法の心得がある者は、毎日クエストを受けていたよ』
「そうだったんだね。時代の違いか……」
当たり前の事だけど、やっぱりヘルフリートは凄い人だったんだ。一緒に居ると友達みたいに話しやすいから、たまに彼が賢者だという事を忘れてしまうけど。
「そうだ。ヘルフリートって体を取り戻したらどうするつもり? もし私がヘルフリートを召喚出来たらだけど」
『そうだね、家を買ってのんびり暮らそうかな。昔からの夢だったんだ。週に二日だけモンスター討伐のクエストを受けて、残りの五日はのんびり家で過ごしたり、旅行に行ったりする』
「素敵な夢ね」
『俺の夢は叶わなかったけどね。魔術師として有名になると、色々な国から仕事の依頼が来るんだ。休んでいる暇なんてなかったよ』
「ヘルフリートは蘇ったらまた忙しくなるんじゃないの?」
『どうだろう、今の時代に俺の力が必要とされるかも分からないよ。そして、俺の力が通用するのかもわからない……時代と共に新しい魔法は生まれ、魔法の効率も良くなり、古い魔法は使われなくなる……』
「そんな事ないよ! 私はヘルフリートの魔法を覚えたい! 大地の魔法陣だって昔の時代の魔法陣だけど、私に合っている気がするの」
『自分に合う魔法をとことん追求するんだ。魔法は練習すればする程上手くなり、魔力の総量も上がる』
私とヘルフリートは、ポカポカとした朝日を体に浴びながら林道を歩き始めた。本当にこの道を進んだら墓地があるのだろうか。そして、本当に私の力でスケルトンを倒す事が出来るのだろうか。少し心配だな。
『エミリア。体を取り戻してからの人生も楽しみだけど、俺はこうしてエミリアに召喚してもらって、幸せを感じているよ。人間の体じゃなかったとしても、俺は再びこの大地で生きている』
「私で良かったの? もっと優れた魔術師がヘルフリートの事を召喚してくれたかもしれないよ?」
『エミリアだから良かったんだよ。素直で魔法の才能もある。集中力も高い。そして可愛い……』
「馬鹿! こんな時にふざけるなんて。まったく!」
『ごめんごめん。だけどこれは本心だよ。エミリアが俺の力を継いでくれ。俺から魔法を教わって、正しい魔法の使い方をするんだ。弱い者を助け、傷ついた者を癒す。悪質なモンスターを倒し、地域の平和を守る魔術師になるんだ』
「うん。私もそうなりたいと思うよ。それから、両親に掛けられた呪いを解けるようになりたいとも……」
『なれるさ。いつかきっと』
「そうよね! ヘルフリートから魔法を教わるんだもん!」
『ああ、俺が居る。心配するな』
私達はお互いのこれまでの人生や、将来の夢等を語り合っていると、森は段々と深く、薄暗くなってきた。もしかして墓地に近づいているのだろうか。闇属性の魔力を少しだけ体に感じる。さっきまでの暖かい森の魔力ではなく、冷たくて不気味な魔力が森の中を流れている。
『この不気味な雰囲気が闇属性の魔力だよ。覚えておくように』
「うん……」
『杖を抜いておくんだ。いつ敵が現れるか分からない』
「分かったよ。ヘルフリート、私の事守ってね」
『当たり前だよ。何があっても俺がエミリアを守るよ』
ヘルフリートは腰に差していたダガーを引き抜いた。銀色の美しいダガーの表面には、既にエンチャントが掛かっているのか、火の魔力が流れている。私とヘルフリートは慎重に森の中を進むと、ついに目的地の墓地に辿り着いた……。