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第一話「生き残った少女」

 私の元に一通の手紙が届いたのは今月の上旬だった。差出人は【迷宮都市ベルガー】に在る【ハース魔法学校】の学校長からだった。手紙の内容を簡単に解釈するなら、魔術師になりませんか? という内容。田舎の村に住む私の元に、どうして魔法学校から連絡が来たのだろう……。


「エミリア! まだそんな手紙見てるのかい? あんたが魔術師になれる訳ないでしょう! さぁ、支度をしてお店の手伝いをして頂戴」

「わかりました、ザーラ叔母さん」

「全く。魔法学校とやらはどうしてエミリアに手紙なんて送ってくるんだか……エミリアを魔法学校に通わせるお金なんてありゃしないのに」

「そうですね……」

「さぁ、支度が済んだら店に出るよ! 今日も朝から冒険者さんが来ているみたいだからね」

「はい、すぐに出ます」


 私は十二歳の時に両親を失くし、親戚の家で育てられた。ザーラ叔母さんは、私の母であるリア・ローゼンベルガ―の妹。叔母さんは、冒険者のための道具や食料を扱う道具屋に二十三歳で嫁ぎ、叔父のゲレオンさんと共に道具屋を経営している。


「おはよう、エミリア。堅焼きパンを五つ、袋に詰めてくれるかな」

「はい、ゲレオン叔父さん」


 ゲレオン叔父さんの道具屋は、朝の八時に店を開き夕方の六時に店を閉める。扱っている商品は、堅焼きパンや堅焼きビスケット、ドライフルーツや乾燥肉等の冒険者向けの保存食。それから、冒険者がダンジョンや旅に持っていく松明やポーション、魔導書や召喚書等を取り扱っている。


 店の名前はゲレオン叔父さんの苗字から取った【フィンクの道具屋】。私はフィンクの道具屋の従業員として、十二歳の頃から働いている。ゲレオン叔父さんはとても親切な人で、タダで家に住まわせてくれるし、お仕事の給料だってくれる。


 私はゲレオン叔父さんが朝に焼いた堅焼きパンを紙袋に入れ、冒険者さんに渡してから代金を頂いた。大きくて食べごたえのある堅焼きパンの値段は銅貨一枚。貨幣は全部で四種類。一クロノ銅貨、十クロノ銀貨、百クロノ金貨、千クロノ大金貨。


「今日もありがとうね、エミリアちゃん。また明日もコリント村に戻ってくるよ。今日はダンジョンに潜ってゴブリンを倒さなきゃならないんだ」

「気をつけて下さいね。賢者ヘルフリート・ハースの加護がありますように」

「なぁに、ゴブリン程度に賢者様の加護なんて必要ないさ。それじゃ行ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ」


 気さくな冒険者さんは、クエストのために、この【コリント村】でゴブリン退治をしているのだとか。コリント村から徒歩で一時間程の場所にはダンジョンがあり、ダンジョンから湧いて出てくるモンスターは、冒険者によって駆除される。この村には小さな冒険者ギルドがあって、私は毎朝冒険者ギルドに堅焼きパンとポーションを届けに行く。


「エミリア。今日もギルドまで配達を頼むよ」

「分かりました、ゲレオン叔父さん」

「気をつけるんだよ」

「はい、それでは行ってきます」


 私は朝の配達に行くために、籠に堅焼きパンを十個、体力を回復させるヒールポーションを十五個入れて店を出た。


 店の外には自然が豊かな農村が広がっている。木々に囲まれた農村には、小さな木造の住宅、武器屋や酒場、魔法道具の店等が点在している。私は朝の静かな村の雰囲気が好きだ。この時間に外を歩いているのは、モンスターの討伐に向かう冒険者達や、農業を営む村人達だけ。


 フィンクの道具屋から五分程歩くと、冒険者ギルドが見えてきた。ギルドの受付を担当しているイーダさんが、窓を開けて私に手を振っている。彼女は私より二歳年上の十七歳で、エルフとヒューマンの中間種であるハーフエルフだ。色白で、長く伸ばした銀色の髪を綺麗に結んでいる。

 

 この村の男性はイーダさん目当てに、用事も無いのにギルドを訪れる人が多い。女の私から見てもイーダさんは凄く綺麗で、思わず見とれてしまう事がある。


「おはようございます、イーダさん。配達に来ました」

「おはようエミリア。今日もいい天気ね。これから紅茶を淹れるから飲んで行かない?」

「本当ですか? 頂きます!」


 冒険者ギルドの扉を開けて中に入った。ギルドの中には、まだ朝の八時だというのに冒険者が十人も居る。私は頼まれていた堅焼きパンとヒールポーションをイーダさんに渡して代金を頂いた。


「エミリア。ハース魔法学校から手紙が届いたって本当?」

「はい、今月の上旬に届きました」

「それじゃ、エミリアは魔術師になる素質があるんだ。確かハース魔法学校って迷宮都市ベルガーにあるんだよね?」

「そうだったと思います。迷宮都市ベルガーには一度しか行った事が無いので、よく分かりませんが」

「それで、魔術師になるつもりなの? エミリアはもう十五歳でしょう? 成人したんだからもう家を出ても良い頃よね」

「はい、そろそろ独り立ちを考えています」


 私が住む【クロノ大陸】は、十五歳が成人で、お酒が飲めるのも十五歳から。確か冒険者ギルドに登録出来るのも十五歳からだったはず。

 

 イーダさんは二年前の十五歳の誕生日に、エルフの村を飛び出して、この村で冒険者ギルドの受付の仕事を始めたと言っていた。歳の近い私とイーダさんは出会ってすぐに意気投合した。何でも話せるお姉さんみたいな存在で、私の唯一の友達。


「確かエミリアの両親は魔術師だったよね? ドーレス村の……」

「はい。三年前にモンスターに襲撃されて、村は壊滅状態ですが」

「その話は聞いたわ。嫌な事を思い出させてしまってごめんなさい」

「いいえ、良いんです」


 私が住んでいた【ドーレス村】は、コリント村から馬車で十日程の場所に在り、三年前にモンスターの奇襲を受け、現在は壊滅状態になっている。闇属性のモンスターの集団が村を襲い、村人の大半を殺した。魔術師である私の両親は必死に抵抗したが、錯乱の呪いを掛けられて正気を失った。今は迷宮都市ベルガーの病院で、呪いが悪化しない様に二十四時間の魔法治療を受けている。


 モンスターが村を奇襲した時、私はたまたま近くの森で果物を摘んでいた。森の中に居た事によって私は生き延びた。それから私は、ドーレス村襲撃事件の生き残りの少女として、大人達から事情聴取を受けた。


 帰る場所を失くした私を引き取ってくれたのはゲレオン叔父さんだった。それから私は現在までの三年間、この村で暮らしている……。


「魔術師になってみたら? 魔術師になってご両親の呪いを解いてあげたら良いじゃない」

「でも……呪いを解くには強い聖属性の魔法を使えなきゃならないんですよね。私、魔法なんて使った事ありませんよ」

「大丈夫よ、魔法は素質があればすぐに使えるようになる。エミリアは魔術師の家系の生まれなんでしょう? それならきっと強い魔力を持った状態で生まれているはず」

「そうでしょうか? 自分で両親の呪いを解くなんて考えてもみませんでした」

「賢者ヘルフリート・ハースの言葉を借りるなら、『魔法に限界はない。どんな小さな者も魔力を持って生まれる。己の魔力を育てるのは日々の鍛錬であり、鍛錬によってのみ限界は突破される』らしいよ」

「賢者ハース……魔王ヴォルデマールを討ち取り、民のために命を落とした英雄」


 賢者ヘルフリート・ハースは、ガザール暦700年に魔王ヴォルデマールを倒し、賢者の称号を得たクロノ大陸の英雄。私に手紙を送ってくれた魔法学校の名前も、【ハース魔法学校】だった。


 この大陸に住む者で、賢者ヘルフリート・ハースの名を知らない者は居ない。私は幼い頃から、両親に賢者ハースの物語を読んで聞かされた。確かお父さんは賢者ハースに憧れて魔術師になったんだ。


「魔術師、目指してみたら? 家を出て一人で暮らすきっかけにもなるでしょう」

「そうですね……もう成人しましたし、そろそろ家を出ようと思っていました」

「でも、エミリアがこの村から居なくなったら寂しいなぁ、たまには帰ってきてよね」


 イーダさんは宝石の様に美しい青い目で私を見つめた。女性に見つめられているはずなのに、私の心は高鳴る。本当に綺麗だな、イーダさんって。イーダさんは十五歳でエルフの村を出てこの村に来たんだ。私もそろそろ自分の人生を探すために村を出る時期かもしれない。私はイーダさんが淹れてくれた紅茶を飲み干すと、お店に戻るためにギルドを後にした。

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