第十五話
約一ヶ月ぶりの更新です。
テオとリリィの師弟コンビと遭遇したアレックスは、
彼らが受けるという“ユニーククエスト”に興味を抱き、同行することにした。
それからテクテクと歩いて、現在三人はとある民家の前に立っている。
此処は東南区。アレックスの住処もある職人達の区域であるが、三人はそのうちの一つ、
一見何処にでもありそうな、とある工房兼住居だった。
「――確か此処だったっけか?」
「多分ここだと思いますけど……って。アレックスさーん?」
「……な、なんだ?」
意気揚々と話す二人と違い、
アレックスは少し挙動不審になりながら辺りをチラチラ見つつ、リリィの声に反応する。
それは普段あまり感情を表に出さない彼らしくない行動で、傍から見ていたテオもその様子を訝しむ。
「どした?なんかこの家に心当たりでもあんのか?」
「……ああ」
――知ってるどころじゃねぇよ。
アレックスは目の前の表札――木札に大きく書かれた「ジョージ・リブリー」の名を見ながら、
その思わず喉奥から出そうになった言葉を嚙み殺した。
(まさかジョージ翁からの依頼だったとは……)
あの老人に数日とはいえ師事していたアレックスは、
今回二人が受ける予定の依頼が非常に面倒なものであると確信していた。
なんだかんだ口が悪くても、直接指導を受けていれば彼の技術がいかに高いかは分かる。
魔導血晶薬などというキチ〇イ染みた薬を所持していたり、
工房の研究用具が地味に豪華だったりと色々な理由はあるが、一番間近で見てきたアレックスはそれを十分に理解していた。
――どうせ一筋縄ではいかない、面倒な依頼なんだろう。
「……憂鬱だ」
アレックスはウンザリとしながら、意気揚々と歩く二人に追いつくべく、
鉛の様に重く感じる足を動かしていくのだった……。
◇◇◇◇
「――まさかお前もおるとは思っとらんかったわ」
「……それはこちらのセリフだ」
それから数十分。ジョージの家に着いた三人は彼に依頼を受けることを説明した上で、
詳しい依頼内容を聞くことにした。
……まあ当然、二人の反応はというと。
《お前が弟子?……ジョークか?》
《……正直、驚きました》
付き合いの浅いリリィにまで驚かれる辺り、アレックスの個性が如何に濃いかが分かる。
本人は不服そうに二人を睨んでいたが、全く気にする様子もなく話は進んでいく。
「――なるほど。では俺達に頼みたいというのは、例の遺跡に関する依頼……ですか」
見ていると、テオはこういう依頼に慣れているようで、狼狽えることも無く情報を整理していく。
どうやらジョージの依頼はこのテラから南にずっと行った砂原に存在する【イェルサレン大遺跡群】の調査らしい。
イェルサレン大遺跡群は古代の錬金術師達が発展させた国、その成れの果てである。
黄金期にはアエラでも指折りの国家であったイェルサレンも、今では僅かに残った遺跡群と、
錬金術師が戦力として保管、また警備に回されていた土人形の群れのみがその歴史を僅かに伝えるのみだ。
国が潰れ、民が離れた後も、以前と変わらず動き続ける土人形は、
今もその役割を忘れることも無く、遺跡への侵入を阻むべくプレイヤー達の前に立ち塞がる……。
(――テオ曰く、《盛者必衰》だったか。随分とまあ……哀れなものだ)
時は世の全てに対して平等に働く。
OMNISにおいてもその概念は同じであることを再確認したアレックスは、
目の前で受け答えしている師と親友の話に耳を傾ける。
「――丁度三か月前、土塊人形共の動きが活発になった。
これまでとは比較にならんほどにな」
「……ゴーレムの大量発生。そして砂原への進出」
「大量発生自体はいい。あの遺跡は巨大な生産機構の様な物だ。
――――だが、外部への侵攻となれば話は別」
ゴーレムは本来遺跡を守護する存在。それが遺跡から出て、砂原にいるなど在り得ない。
ジョージは苦々しく、その事実を口に出した。
テオ、そしてリリィはその事実を知っている。
それは現在の最前線で戦うプレイヤー達の中でも噂になっているほどであった。
ゴーレムの大量発生。そしてそれに伴う砂原の危険度上昇。
この二つから何らかの異常が遺跡に起きたのではないかという考察もされていて、
多くの実力あるプレイヤーが関心を寄せているのだ。
「まあ、その辺りはお前さん達の方が良く知っとるじゃろう。
だが遺跡調査はあくまでもついでよ。本命の依頼はそれではない」
「……確か、採取依頼だと聞いていたが」
話が一段落した所で、アレックスが会話に入ってきた。
横に座っている彼の声にジョージはニヤリと顔を歪めて、依頼の話に入る。
「――知っているなら話は早い。遺跡内に自生する薬草数種類を採ってこい」
「やっぱりか……まあメディスからの採取依頼だからそうなるよなぁ」
「ある意味、予想通りですかね?」
「土塊人形の件もあって品薄状態でな。採りに行こうにも、あれでは命が幾つあってもかなわん」
その筋肉隆々な肉体で、よくそんなことを……。
ほぼ、というか絶対嘘だろう。普通に採取できるけど面倒臭いから依頼を出しただけだろう。
三人は普通に確信しながらも、それをあえて声には出さない。
リリィは優しさ故に、テオはこのような人間の扱いに慣れている故に、そしてアレックスは――
(まあ、私も同じことをするだろうし……うむ、何も言えん)
――何よりも変人の同類故、理解できない訳はなかった。
◇◇◇◇
「――じゃあ、とっとと行きますか!」
「はい!」
「……了解」
ジョージからの依頼と共に、パシr……採取へと向かう三人は、砂原に入る為、南門へと足を向けていた。
「三人で依頼なんてワクワクしますね~!」
「てかアレックス。お前何読んでるんだよ?」
「……ん?ああ、イェルサレン遺跡の地図と、ゴーレムの情報を纏めた冊子だ」
冊子から顔を上げて、テオの問いに答える。
アレックスが広げているのは、イェルサレン遺跡の地図とゴーレムの詳細な情報を纏めた一冊の冊子だった。
普段最前線で戦う二人とは違い、バリバリのルーキーであるアレックスにとって、
今回の依頼に使う情報は絶対に手に入れなければならない。
従って、この冊子はアレックスにとっては一番の命綱となり得るものなのだ。
「でも、遺跡の依頼だって知らないのに、よく準備してきたよな、お前」
「……まあ、な」
何故か目を逸らすアレックス。
その様子を不審に思ったテオは、彼が持っている冊子に目を向けた。
冊子にはアレックスが言った通り、遺跡とゴーレムに関する情報が並んでいる。
ただ……なんというか、些か詳しすぎる内容だ。堅い文章で、事務的に書かれている。
まるで何かの報告書みたいな……と思っていると、テオは冊子の表紙、
その右上に捺されたハンコの様な模様に気が付いた。
嫌な予感がする。そう思いながらその模様を見ると、そこには大きく
『役所内資料室 第二級機密資料 一切の持ち出しを禁ず』
役所の事務員の手によって捺印されたであろう、どう考えてもアウトな文章が書かれていた。
「おい。まさかお前……!」
戸惑いと焦りを押し込んで、恐る恐る口に出したテオに対して、
アレックスは爽やかな笑顔でサムズアップしながら、こう答えた。
「――安心しろ。師匠の研究室から拝借してきただけだ」
「何やってんだオイ!?」
「いいじゃないか。師匠からのアドバイスだと思えば、これもまた良しだ」
「いやいやいや!それどう考えても俺達が見ちゃいけないもんだから。機密の意味分かってるか?」
激しく怒鳴るテオとは対照的に、悪びれることもなく平然とした構えを崩さないアレックス。
「理解しているに決まっているだろう。何を言っているんだ?馬鹿かお前は……ああ、馬鹿か」
「しみじみと馬鹿呼ばわりすんじゃねぇ……!
大体なんで持ち出し禁止の資料がジョージ氏の研究室にあるんだよ!」
テオを弄って一先ず満足したのか、親友の顔を見て、アレックスは冷静に答え始める。
「知らん……だがまあ、あの師匠も意外と真面目な所があるからな。
大方私達が依頼を受けたこと。それが答えになるのかもしれん」
「へ?」
「メディス……というか、研究者なら必ず自分が扱う問題に関する情報は確保しておくものだ。
それに師匠は直接採取に行くこともあるようだしな。ひょっとしたら、それ用かもしれん」
仮にも熟練のメディス。魔導血晶薬とかいうキ〇ガイ染みた霊薬を扱えるだけあって、
機密文書を持ち出せるほどに役所への影響力も強いのかもしれない。
実際役所では結構有名だったようだしな……と役所で書類の提出をした時を思い出して呟く弟子に、
テオは何となく納得した様な顔で冊子を眺める。
「まあいいや……折角だし俺にも読ませてくれよ」
「散々騒いでおいて結局読むのか……。馬鹿力で破るなよ?」
「そんなことしねぇよ……どれどれ?」
さっきまで騒いでいたことが嘘のように、テオは冊子――一応機密資料を読み始めた。
興味本位で中に書かれた機密資料を読むという完全アウトな事をしているテオだが、
その内容を理解するたびに頭の中に疑問符が浮かび上がっていく。
そんな親友の様子を不思議に思ったのか、アレックスが横から話しかける。
「何かあったか?」
「いや……機密っていう割には、なんか拍子抜けというか……?」
載っている情報は確かに多い。
それに手書きで丁寧に書かれた文章には時折赤いインクで、
単語を強調する様に引いたであろう波線や二重線、細かな注釈が施されていて、非常に見易い。
遺跡の地図には今回の依頼に必要な薬草の大まかな分布図も書かれているし、
ゴーレムの資料には、種類や姿形がどのように分かれているかなど、絵付きで載っている。
ただなんというか、その――
「――あえて言うなら『機密資料ってこんなもんなのか?』かねぇ……。
最前線でも持ってる情報ばっか……ていうか、それより少ねぇぞ?」
中の情報は確かに多い。役所の資料であることから、その正確性も信用できる。
だが、『機密』と言うには如何せん普通すぎるのだ。
書かれている情報も最前線にいる自分たちならば知っていて当たり前のことばかり。
これなら機密にする必要ないんじゃないか?と資料を見ながら首を傾げるテオを不思議に思ったのか、
「――急に立ち止まったかと思ったら、何見てるんですか?」
先頭を歩いていたリリィが二人の元へ近寄ってきた。
これ幸いとばかりにテオは手元の資料をリリィに見せる。
「……ん?なんですかこれ?」
「持ち出し禁止の機密資料。役所の連中に見つかったら完全アウトの代物さ」
「ええ!?何でこんな物持ってるんですか!」
「ナンデダロウナー?」
「……さあな」
驚愕を露わにするリリィの隣で、持ち出した張本人にジト目を向けるテオ。
一筋の冷や汗を流しながら目を逸らす親友の姿を一頻り眺めた後、
興味深そうに資料を読んでいたリリィに問いかける。
「で、だ。それ見てどう思うよ?」
「え?どう思うって言われても……うーん。少し物足りないですかねぇ?」
「物足りない?」
テオだけでなくリリィにも同じ様な反応をされた為か、
いい加減に理由が気になりだしたアレックスは、話の先を促す。
「……なんというか、細かく情報は羅列されているのに、
あまり重要な情報。ゲームバランスを崩す程の情報は全く書かれていないんですよ」
「薬草の分布図とか、遺跡内部の構造とか、確かにあると便利な情報は載ってるけど、
これくらいなら機密として持ち出し禁止にするほどじゃあないんだよ」
「……大した代物ではない、ということか?」
「便利ではあるんですが、機密として扱うかどうかは……微妙ですかね?」
「大方、『第二級機密資料』ってのがその理由だろうよ。
二級までの情報だからそれくらいだって役所の規定になってるんじゃね?」
ふむ……。二人の言葉に耳を傾けながら、テオから取り返した資料を眺める。
この冊子の価値が些か残念な評価になっていることはどうでもいいが、
彼らからすれば拍子抜けだったとしても、アレックスにとっては貴重な情報が詰まった大事な代物だ。
無断で拝借してきた為、長くは手元に残らないだろうが、それでも活用するに越したことは無い。
少し強引に自分を納得させるアレックスは、ふと思いついた疑問を目の前の師弟に投げかける。
「――最前線で思い出したが、戦闘経験ほぼゼロの私が行っても大丈夫なのか?イェルサレン大遺跡群とやらは」
彼の声に足を止めて硬直する二人。
まさか――そうアレックスが考えた矢先。
「――そ、そそそそうでした!どうしましょうアレックスさんの件!?」
「考えてなかった」
「師匠ゥゥゥゥウウウウ!!?」
この親友は何も考えていなかったのか。
呆れた顔で馬鹿を見るアレックスは、思わずため息をついた。
「……どうするんだ?私としては最悪お前たちだけで遺跡に行くのもアリだと思うが」
「ん?別に大丈夫だよ。俺達で護衛すればどうとでもなるさ」
「アバウトすぎます。師匠」
「まあ、これを機にお前のレベリングも済ませちまおう。その方が楽だし」
「不安要素しかない……」
能天気な答えを返す馬k……親友に、悲壮感溢れる表情を見せる少女。
ある意味お似合いの二人だな……と軽い現実逃避を始めたアレックスは、小さく声を漏らす。
「……最前線のダンジョンとかではないだけマシか」
なんだかんだ言っても久しぶりの冒険。不安は残るが、何事もポジティブに考えることが大事だ。
……そうやってアレックスが決意を新たにしていると、それを見た隣の親友が一言。
「――――まあ、普通に最前線なんだけどな。イェルサレン大遺跡群」
――台無しだよ、この馬鹿が。
折角の決意が積み木細工の様に崩れ落ちたアレックスであった。
読了ありがとうございました。




