第8章
アンにしても理性では分かっているのだ。
チャールズとの愛は原作では姉夫婦のためにも、自分にとってもよくないから、諦めるべきだと悩む描写が何回もあった。
実際にチャールズとの関係は諦めよう、とこの世界でもアンは考えてはいるようだった。
だが、出産して家に帰ってみると、産んだ子キャロラインを姉の私が引き取っていて嬉々として、自分とチャールズとの間の実の子のように愛しんでいるのを見せつけられることで感情的にアンは猛反発したらしい。
それにしても、前の世界なら高校1年生なのに不倫の略奪愛に走らなくてもと思うのだが、そう簡単に恋が諦められるものなら、世の中の恋に関するトラブルは少なくとも絶対に半減はするだろう、と私でも思う。
初めてお互いに好きになって、思わぬことになり、そして、許して娘まで生した仲なのだ、チャールズとアンはそういう複雑な関係だ。
そして、原作とは異なる状況になり、娘まで姉に奪われた。
更に、自分は実母だと名乗れなくて、自分の娘が姉夫婦のかすがいで、チャールズと私が仲睦まじいのをいつも見せつけられるという状況に、アンは追い込まれたのだ。
これでは、原作と違い、アンがひねくれたくなるのも、後になって気づいてからだが、私は分かる気がする。
理性ではチャールズの判断もやむを得ない、姉が正妻である以上、娘のキャロラインを姉が引き取るのは当然なのだ、とアンは考えるのだろう。
しかし、その一方で、お姉ちゃんは自分で気づかない内に私の大事な人、恋人も娘も全て奪っていくのね。
更にそれをお姉ちゃんは知らないとはいえ、私に見せつけるのね。
私の思いに少しは気づいてよ、とアンの感情が収まらないのだろう。
アンが姉の私に向ける視線が徐々に冷たくなっていったことに、後で思い返すことで、私は気づいた。
しかし、この時の私は、キャロラインを無事に引き取れて、自分の手で育てられる嬉しさでアンのことが一時的に目に入らなくなっていた。
うつ病がこのことで少しずつよくなり完治したほどだ。
もっとも、うつ病が良くなったのはもう一つ理由があった。
「ジュリエット、キャロラインをお願い。私だと」
「分かっています。そう心配しないでください」
キャロラインの乳母のジュリエットは、私からキャロラインを受け取ると授乳した。
子爵家の出身で、夫も子爵家なので本来ならキャロラインの乳母などする必要が無い。
だが、3人も既に子どもがいて4人目を産んだばかりとなると話が違ってくる。
子どもを養うため、子どもの将来の就職のために政治的なコネを作るためにジュリエットは乳母になることを決意した。
そして、出産育児経験が豊富なことからチャールズのメガネにかない、乳母として私の家に来た。
私にとって何よりも有り難かったのは、彼女が私より6歳ほど年上で、孤独だった私の姉代わりとして腹心の相談役に彼女がなったことだった。
もちろん、チャールズとアンの関係等、彼女でも話すことが出来ないことはある。
でも、日頃の相談が気軽に彼女にできるのは私にとって有り難かった。
前世でも私は育児経験が無い。
キャロラインのことでいろいろ心配なことがあっても、彼女が助けてくれるというのは安心感があった。
うつ病が良くなったのはこのこともあった。
キャロラインに弟妹を作りたい、うつ病が良くなった私はそう決意して、チャールズと夜にまた頑張った。
原作だとキャロラインには片親違いも含めて弟が3人できるが、いろいろ事情はあるが3人共と不仲になったままで原作は終わっているのだ。
仲の良い弟妹をキャロラインのためにも私は作りたかった。
そして、無事にまた懐妊まではした。
だが、今度の子、娘はやや早産だったせいか、未熟児で産声も弱々しかった。
そして、私やチャールズの願いも空しく、生後1月も経たない内にいろいろ手を尽くしたが衰弱して亡くなってしまった。
前世の医療技術をもってすれば、容易に成長したろうにと思うと私は悲しくて仕方なかった。
だが、この事実は私にある疑念を生じさせた。
私は実は不育症なのではないか。
そのためにこの世界の医療技術では丈夫な子の出産にまで至らないのかも。
そうなると、と考えた瞬間、うつ病が良くなっていたこともあり、私は原作の流れとかを考えあわせて、皇帝の孫娘としての高貴なるものの義務にあらためて目覚めた。
何としても今の私の祖国、帝国を護りぬいて、原作の結末のような帝国が大内乱寸前になる事態を回避せねば。
どうやったら、回避できるのか、私は自分たち姉妹の幸せだけでなく、祖国を救うために頑張ろうと決意することになった。