幕間ージェームズ2
「すまないが、紐か縄はないかな」
「縄でしたら」
護衛に当たってきた騎士の長が出してきたのは、荒縄だった。
元皇帝に対して、非礼であると朕は怒るべきか。
どうでもいいことか、この騎士達は、朕が自裁するのを見届けるために来たのだから。
大公家の雌狼め、朕の従妹にも関わらず、大公家に尻尾を振り、朕をこのような立場に追い込むとは。
だが、餓死も、凍死も、溺死もどうにも死ぬまでが長く、苦しみそうだ。
この場でできる最も苦しむ時間が短そうなのが、縊死だった。
護衛の騎士達は朕が暴発しないようにと、朕に刃物すら渡してくれない。
縊死するしかないか、朕はため息を吐いて、周囲を見渡し、良い枝振りの木に気づいた。
「すまないが、自責の念に駆られて自裁したと帝都には伝えてほしい」
どうせ、そういうことになるのだろうが、今の自分にできる精一杯の皮肉だ。
妻子や両親、家族全員を「帝都大乱」の際の帝都大火災で全て失い、自分は天涯孤独の身になったと言っていた騎士達の長は、大きく肯いた。
「ご立派な態度だったと伝えます」
朕は、荒縄を持って木に近づき、首吊りの準備を1人で整えた。
無人島で、掘立小屋一つなく、日中でも最高気温が氷点下の北の孤島に、着の身着のまま1月も放置されて生き残れるものか。
朕にとって縊死するのが一番楽な死に至る方法だった。
あの女を愛人にするくらいなら、狼の群れの中で裸で寝る方がマシだ。
あの女を最後の審判まで妻にして添い遂げると大宰相のチャールズは誓ったとか、蓼食う虫は好き好きにも程がある。
何であの女と妹を愛人にしようと思ったのだろう。
「帝都大乱」が終わった後、朕は逃げ切れると思っていた。
側近の貴族の面々に責任を押しつけて、朕は暗躍を続けるつもりだった。
だが、あの女は朕を嘘の自白に追い込んだ。
「何だ。こんな所に元皇帝の朕を閉じ込めるのか」
「メアリ大公妃のご命令で、我々は従うしかありません」
騎士達は、そういって朕を完全な地下室の中に閉じ込めた。
トイレすらない個室、昼も夜も無い暗闇で、なおかつ自分がたてる音以外がしない中で、水も食事も与えられずに朕は放置された。
後でわかったことだが、丸3日後に、あの女は朕の前に表れた。
「酷い臭い。何もかも垂れ流しで、元皇帝の誇りが無いのかしら」
あの女はうそぶいた。
「この書面に署名して、血判してくださる」
空腹と咽喉の渇きでフラフラの朕は、書面に目を通した。
「帝都大乱」の全責任は、朕にある。
朕の事前計画では、大公家の一族全員を幼児まで拷問して惨殺し、根絶やしにするつもりだったと書いてあった。
乾ききった咽喉から自分は声を絞り出した。
「こんなことは考えていない」
「真実を認めないのなら、仕方ない」
あの女はそう言って、朕をまた閉じ込めた。
水も食事も与えられず、着替えすらさせてもらえなかった。
そして、丸1日後、あの女はまた表れた。
「いい話を伝えますわ。あなたの愛娘のキャサリンがチャールズの大公妃になることが決まりそうですの」
空腹と咽喉の渇きで更にフラフラだった朕はりつ然とした。
チャールズの大公妃ということは、この女が第二夫人に降りるということだ。
だが、この女がそれに甘んじるわけがない。
結婚式の翌日に、キャサリンは冷たい骸をさらし、心臓発作による自然死ということになるに違いない。
「どうすればいい」
「この書面に署名と血判を」
あの女は同じ書面を示した。
朕は止む無く署名して血判した。
後は一瀉千里だった。
朕が責任を全面的に認め、恐るべき計画を立てていたということで、朕は教会から破門され、元皇帝と言うことで助命はされたが、1年の半分は雪と氷におおわれる絶海の北の孤島に流罪となった。
そして、流罪地に着いたが、そこは無人島で、掘立小屋一つなかった。
護衛の騎士によると手違いで、真冬にも関わらず元皇帝にふさわしい行在所の建設ができておらず、着工には後1月はかかるという。
そして、元皇帝の行在所なので住民全ては追い払ったということだった。
護衛の騎士は引き上げが決まっており、朕1人で1月、この島で過ごすように、とのことだった。
あの女の差し金だ。
妹を焼き殺された恨みは余程深いらしい。
「メアリ、最後の審判で地獄に堕ちよ」
首を吊る寸前に朕は絶叫した。
メアリが高笑いする幻影が自分が見た最期の光景だった。




