第37章
エドワードが産まれてから3日後、表向き大公家は祝賀ムードに包まれている。
何しろ待望の世継ぎが誕生したのだ。
アンはまだ10代だ。
これから何人も子どもができるだろう。
大公家は安泰だ。
貴族社会の人間の多くもそう思っている。
今度は帝室の世継ぎが問題だ。
だが、大公家の奥では別の空気が漂っていた。
「マーガレットとエドワードをしばらく引き取って、面倒を見てくれないか」
ヘンリーは私とチャールズを呼び出して頼み事をしていた。
私は前日にヘンリーと会っていたので知っていたのだが、事情を知らないチャールズはびっくりして尋ねた。
「一体、どういうことなのです」
ヘンリーは頭を抱え込んで言った。
「アンが難産から回復しないのだ。エドワードやマーガレットに母が寝込んでいる姿を見せて覚えさせるのはとてもつらい。だから、アンが良くなるまで、チャールズの所で面倒を見てほしいのだ」
私はすぐに答えた。
「分かりました。2人を引き取って面倒を見てもいいと思います。いいわよね。チャールズ」
「ああ」
私がすぐに言ったので、チャールズも反対する理由も無いことから同意した。チャールズは心配そうな顔をして言った。
「アンを見舞うことはできませんか」
ヘンリーはチャールズを睨んだ。
「アンは寝込んでいる。ゆっくり妻を休ませてくれ」
妻をヘンリーは強調した。
暗に2人の関係を非難している。
チャールズも気が付いたらしく諦めた。
だが、私は知っている。
今のアンをチャールズに逢わせるわけには行かない、そうヘンリーが判断したことを。
私もそれに同意した。
アンが回復するまで、アンは一握りの人としか会わせるわけにはいかない。
だが、アンが回復する時が来るのだろうか。
私もヘンリーも疑問だった。
ヘンリーの腹心の医師2人の診断も同様だった。
実際に、エドワードの出産は難産だったらしい。
一時は、医師がアンを助けるか、エドワードを助けるかの緊急時の判断をヘンリーに仰いだほどだったという。
何とかエドワードは無事に産まれたが、産んだ子が男の子だったことと、前回、キャロラインの出産が軽かっただけに、今回も軽いと思っていたのに難産だったのは神の怒りに触れたせいだとアンが思い込んだことから、アンは完全に心を壊してしまった。
ヘンリーの案内でアンに昨日、私が会った時にはアンにソフィアが付き添っていたが、ソフィアは完全に憂い顔をしていた。
私はヘンリーの指示で扉の隙間からアンの様子を見た。
アンは、ヘンリーを見るなり言った。
「ごめんなさい。もう永遠にあなたの傍にいるから。あなたからも神に口添えをして、私を許してって。そして、私を抱いて」
ヘンリーは涙をこらえた。
私も涙が溢れた。
アンは寝床から無理に起き上がり、服を脱ごうとさえしている。
ヘンリーは言った。
「体を治してからでいいから。神に口添えもしてあげるよ」
「ありがとう。それから悪魔の化身はどうしているの」
悪魔の化身?私は疑問を覚えたが、アンの続きの科白にりつ然とした。
「今のメアリは、私の本物の姉ではないの。本物の姉は悪魔に殺されたの。今の姉は悪魔が成り替わった者なの。だって、あの姉がキャロラインを可愛がり、エドワードが産まれることが分かるわけ無いもの。だから、今の姉は悪魔の化身に違いないの」
アンは真顔で言っている。
私は前世の記憶が甦ることでアンの言うとおりのことをしている。
今のアンにとって、これまでの私の行動は悪魔の化身に見えてきていたのか。
ヘンリーはアンを撫でてから言った。
「大丈夫、メアリは家には絶対に入れない。司祭様も悪魔祓いをしてくれている」
「ありがとう。私の言うことを信じてくれて」
アンはほっとして寝た。
ヘンリーはそれを見届けて、アンの寝室から出てきた。
私は黙って頭を下げた。
それ以外にどうすればいいのか、私には分からなかった。
「ご覧の通りなのです」
「本当にどうすれば」
ヘンリーの言葉に私は戸惑うばかりだった。
ヘンリーは言った。
「妻を護るのは夫の務めです。それに最後の審判までアンと添い遂げると私は誓った身です。アンを愛して傍に居続けますよ」
「そんな」
私は絶句してしまった。
私がヘンリーの身だったら、とても耐えられない。
「大丈夫です。ソフィアとか他の侍女もいて、アンの面倒を見てくれます。アンはあなたを悪魔の化身と思っている一方で、これまでの自分の行動に対する報いが来たのだとも思っているのです。あの誓いに従って、アンは私の傍に居続けるしかないと思っているのです」
ヘンリーの言葉に私は何も言えなくなった。
私は結婚の誓いを前世のせいで軽く考えすぎていたのか。
この世界ではそこまで重いものだったのか。
「でも、マーガレットやエドワードにアンの今の姿を見せられません。世話をお願いします」
ヘンリーの言葉に私は肯くことしかできなかった。




