第28章
ヘンリーとアンの結婚式と披露宴の日が遂に来た。
朝から快晴の素晴らしい天気だ。
この日のために借り受けた教会騎士団の宿舎から、大公家の騎士達が早朝から結婚式と披露宴の警護のためにまず一番に動いていく。
朝、眠りから覚めた私は物騒な考えが浮かぶのが止まなかった。
今なら帝都を制圧できる。
教皇トマスにも協力してもらえば、250騎の騎士が投入できるのだ。
帝都の要衝、皇帝宮殿等を制圧することは今なら帝室側が油断している以上、奇襲を掛ければ容易なはずだ。
後は、元皇帝ジェームズが政治の紊乱を引き起こしているのを見過ごせないとして現皇帝のジョンの名で、元皇帝ジェームズを帝国の遠方の州に流罪にする。
大公家にとって、それが一番いい。
私にはそんな物騒な考えが浮かんだ。
いけない、いけない、愛する妹の結婚式の日に何てとんでもない事を私は考えているのだ。
確かに帝室側で帝都にいる騎士は100騎程に過ぎない。
後は非常時には帝都の治安維持にも当たる帝国近衛軍1000人程が帝都には駐屯しているに過ぎない。
だが、帝国近衛軍には騎士はいない、単なる歩兵部隊だ。
帝国が全土を統一する際には勇名を轟かせ、帝国近衛軍来襲の一報を受けただけで大抵の敵が降伏したという伝説を帝国近衛軍は持つ。
しかし、帝国近衛軍も帝国全土統一から余りにも長い年月を経る内に財政事情等から兵が質量ともに大幅に削減されてしまっている。
今や大公家の騎士100騎が騎兵突撃を掛ければ、帝国近衛軍は馬蹄突撃で蹴散らされておしまいになる存在に過ぎない。
大公家の私兵250騎が帝都の武力制圧に動き出したと聞けば、ただでさえ戦意の低い帝国近衛軍は兵舎に籠ってしまうだろう。
そうなると帝室側には100騎程の騎士しかいなくなる。
大公家側が帝室側に対して2倍以上の兵力を有し、しかも奇襲という有利もあるのだ。
今ほど、考えようによれば、大公家の私兵が帝都を制圧するのに絶好の条件がそろっている時は無かった。
実際に、ヘンリーと私は結婚式当日に帝都制圧のために大公家の私兵を動かすことを2人だけで検討した。
だが、2人共にダメだという結論にすぐ達した。
政治を動かすには権威と武力と両方が必要だ。
権威が無い武力は単なる暴力に過ぎず、すぐに武力反乱を招くだろう。
かといって武力の無い権威など無力極まりなく、無視されておしまいになる。
今の段階で大公家が私兵を動かしては、権威がどうにもない。
むしろ、帝室側に最初の一矢を放たせて、大公家側が止む無く蜂起したという形を取った方が、こちらに権威が手に入り、戦後処理が容易になる。
私もヘンリーもそう考えた。
それに私もヘンリーも共に躊躇われるものがあった。
結婚式という祝祭の当日に兵を動かすというのは、結婚式を血で汚すものだ。
ヘンリーにとっては自分の結婚式だし、私にとっても(向こうはそう思っていないが)愛する妹の結婚式なのだ。
それを利用して帝国を握るなど、どうにも自分達の良心に反する行為だった。
だが、いよいよ当日になると私の心の中には放棄したその考えが浮かんで止まなかった。
私は余程、この結婚式に参列したくないらしい、と自分の心の一部が批評した。
まあね、私はそれを肯定した。
自分の愛する妹とはいえ、今や完全な宿敵ともいえる恋敵、夫の愛人なのだ。
何が悲しくて夫の愛人の結婚式に夫婦そろって参列しなければならないのだ。
もっとも、自分がこの結婚式を主導して実際のものにしたのもまた事実だった。
私はため息を吐きながら、ヘンリーとアンの結婚式に出席する準備に取り掛かった。




