幕間ーアン
第19章の終わりで、主人公と決別した時点での妹アン視点での回想描写です。
彼女が私の目の前を去っていく。
私の侍女達が慌てて部屋に入ってくるのが見える。
大抵の事なら、私に味方してくれる乳母のソフィアは私に非難めいた目を向けつつ、私と大公家当主のヘンリーの結婚が決まった旨を私の侍女達に伝えている。
侍女達は何とも複雑な表情を揃って皆、浮かべた。
仕えている女主人の私の結婚が決まったことは、本来なら喜ばないといけない。
だが、正確には21歳も年上で、私の9歳年下の一人娘のいるヘンリーと結婚する。
幾ら上級貴族の結婚は政略結婚が当たり前とはいえ、もう少しいい相手と結婚された方がと皆、思っているようだ。
実際、自分もそう思う。
だが、彼女の言うことは正しい。
私には選択肢がない。
ヘンリーと結婚するしかない。
彼女のこと、メアリお姉さんのことをあらためて思った。
「お姉さん」
もう2度と呼ばない。
そう決めたはずなのに、そう呼んでしまい、涙が溢れてきた。
私の一番古い記憶は、彼女の声だ。
「アン、私の可愛い妹アン」
そう呼ばれては、抱きしめたり、いろいろ撫でられたり等々、彼女には可愛がられてきた。
私が彼女にお願いをしたら、大抵の事を彼女は叶えてくれた。
私を産んだ際に亡くなった母から、もしもの時は私のことをずっと可愛がってと頼まれたとも私に彼女は言っていた。
小さい頃から大抵は一緒に彼女といた。
ずっと仲の良い姉妹でいられると思っていた。
それがどうしてこうなったのだろう。
あの時、北山の山荘の庭を夜に散策したいと思ったのが、私にとっていけなかったのだろうか。
彼女がその時にいたら、絶対に反対されたろう。
「皇帝の孫娘なのに、夜の庭を1人で散策するなんて。誰かに見られたらどうするの。はしたない女と思われてしまうわ」
そう彼女がいうのが目に浮かぶ。
だから、彼女がいないのをこれ幸いと、侍女達が寝静まるのを待って、私は夜の庭を散策したのだった。
もう私も15歳なのだ。
これくらい1人でしてもいいはずだ。
そして、チャールズに私は会った。
まさか人に会うなんて、私は慌てふためいた。
「こちらの公爵家の侍女の方ですか」
チャールズは私を侍女だと誤解していた。
「ええ」
私は誤魔化すことにした。
冷静に考えれば、夜の庭を1人で散策するのは皇帝の孫娘として相応しい行動とは言えない。
「あなたの部屋で話をしたいのですが、いいですか」
「いいですよ」
私は笑顔で答えた。
感じのいい人だ。
服装等からいっても、少なくとも伯爵、おそらくは公爵以上の上級貴族なのは間違いない。
どうせ話をするだけなのだから、この人と私はゆっくり話ができるように自分の部屋で話をしたい。
そう私は思った。
それが間違いの元だった。
そして、私はその夜にチャールズによって処女を失って、女になった。
チャールズは私を侍女だと思い込んでいて、驚かせようと知人の公爵家の息子だと名乗っていた。
この二重の間違いが事態をややこしくした。
私は彼がチャールズで、姉の婚約者とは全く思わなかったのだ。
そして、ソフィアに事の経緯を話して、私は叱られて、また慰められた。
あなたの部屋で話をしたいというのは、あなたと男女の関係になりたいという遠回しの表現だったのだ。
私はそれを全く知らずに、チャールズを部屋に招き入れてしまったのだ。
だから、チャールズがそういう行動に出たのはある意味で当たり前だった。
そして、1月余りが経ったが、当時の私は別人と思い込んでいたチャールズからの連絡はないままに、姉の結婚の日が来た。
私は彼にもてあそばれたのだと思い、体調を崩してしまっていた。
そして、姉の結婚の当日、私は披露宴の席で真相を知った。
チャールズは姉の婚約者で、姉と結婚してしまったのだ。
もう、取り返しがつかない。
チャールズは私には決して手の届かない存在になった。
私は衝撃の余り、一時意識を失ってしまった。
意識を取り戻した後、私はソフィアに真相を打ち明けて、声を押し殺して泣き続けた。
どうして、チャールズは姉と結婚してしまったのだろう。
姉を初めて憎んだ時だった。




