第1章
その時、私はこれまでの人生の中で幸せの絶頂にいた。
私の年齢は21歳、この世界では嫁き遅れかけと陰口を叩かれてもおかしくない年齢だが、ある意味で仕方なかった。
何しろ夫は3歳年下で、夫が18歳にならないと正式には結婚できないのだから。
皇族公爵の娘である私の嫁ぎ先として、次期大公たる夫は望める中では最高の家柄だった。
皇帝なり、皇太子なりに私が嫁ぐという選択肢が私の家柄でない訳ではない。
しかし、皇帝なり、皇太子なりに嫁ぐとなると政治的後ろ盾がないと悲惨な目に遭うのが目に見えている。
元皇子とはいえ、私の母を私の妹の出産の際に失い、政治的才能が余りない我が父が、私の政治的後ろ盾になれる筈がない。
せめて、男兄弟がいて、その男兄弟に政治的才覚があれば、と思わなくもないが、私の男兄弟2人は私が15歳になる前に共に亡くなってしまった。
この世界では幼児死亡率が高く、男なら5割、女なら6割しか成人できない。
だから、別におかしくはないのだが、成人前に息子2人が夭折して、娘2人しか生き残らなかったというのは、父にとってショックだったみたいだ。
それで、父は当時務めていた宰相を辞めて、半分修道僧みたいな生活を始めてしまった。
だが、何が幸いになるか分からない。
妻の実家の政治的策謀に巻き込まれたくない大公家としては、兄弟がおらず、父が政治的に引退している私は次期大公の妻として最適だったのだ。
ちなみにその時、夫は12歳。
12歳でもう婚約と言われるかもしれないが、次期大公や皇太子クラスになると1ケタの年齢で婚約した例等、幾らでもある。
大公家としては、私の妹との婚約がより望ましいと考えていたようだが、姉より先に妹が婚約することに父が難色を示し、私が次期大公の婚約者になった。
それから約6年の歳月が流れ、私と次期大公は正式に結婚式を挙げて、夫婦になることになったのだった。
「メアリ。きれいだよ」
「チャールズ。ありがとう」
夫の科白に、私の心が浮き立った。
婚約してすぐに同居する例もあるが、夫は古風と言うか、まじめな性格で、正式な結婚をしてから同居と言うことで、ずっと私とは同居せずに来た。
口さがない私の侍女の1人は、隠れた愛人がいるから同居を拒んできたのでは、と疑っているが、夫にはそういった噂一つない。
あいつは女嫌いなのではないか、と父が冗談を言うくらいだ。
私は、夫の浮気に悩むことはなさそうだと、安心していた。
この世界では、夫が第2夫人や愛人を持つことは珍しくないし、妻と愛人が同居することさえよくある。
第1夫人に子どもができない場合、第2夫人を夫が持つように第1夫人が勧めるべきだと言う人が結構いるくらいだ。
そういった女性同士のトラブルに私は巻き込まれたくない。
「そういえば、アンは」
夫は私の妹のことを尋ねた。
妹は先日から体調を崩し、寝たり起きたりの生活をしている。
「披露宴で、チャールズ義兄さんに挨拶だけはすると言い張っていたのだけど」
本来なら唯一人の妹として結婚式にも参列するのだが、私が止めたのだ。
それでも、とアンは儀礼を重んじて強硬に言い、披露宴で挨拶だけをすると言うことで、私とアンは妥協した。
披露宴と言ってもこの世界ではお互いの親兄弟しか参列しない。お互いの親兄弟が共に食事をして親族になったことを確認するだけだ。
「あっ、来たわ」
私の視界にアンの姿が入った。
アンは顔色が悪かったが、足取りはしっかりしている。
だが、チャールズの顔を見た瞬間、アンの足取りが乱れ、倒れたように見えた。
周囲が騒然とし、アンの侍女がアンを半ば抱きかかえて退出するのが見える。
私は自分の侍女にアンを援けるように指示した。
私自身が行きたいが、自分の披露宴の真っ最中ではどうにもならない。
あれ、既視感がある。
私はチャールズの顔を見た。チャールズも顔色を変えている。
これにも既視感がある。ドウシテ
次の瞬間、私の頭の中で記憶は爆発した。
前世で読んだ少女漫画の一シーンだということに気づいたのだ。
そして、自分がヒロインの姉であるということに。