第15章
「どうして、お父様が帝室を完全に裏切ることになるのですか?」
私は率直に父に尋ねた。
「そもそもジェームズが何で退位させられたとお前は聞いている」
父が反問した。
「遊興が酷く、皇帝にふさわしくないとチャールズの父が退位に追い込んだと私は聞いておりますが」
「あれは嘘だ。遊興が酷いというが、ではジェームズがどんな遊興をしたというのだ」
そういえば遊興の内容の酷さが自分には思い付けない。
原作でも詳しい描写は無かった。
ジェームズが遊興をやっていないとは言わないが、歴代の皇帝の遊興とそう違いがあるとこの世界の私の記憶からは思えない。
「真実の原因は、ジェームズが大公家の持っている荘園を整理しようとしたことだ。帝室の荘園も整理するというのなら、まだしも、大公家の持っている荘園を狙い撃ちにしては、大公家とそのバックの貴族が大公家潰しと激怒して当然だ」
確かにそうだ。
免税特権はあるわ、地方の州長官からの査察拒否権はあるわ、という特権がある荘園は国家としては減らさないといけない。
だから荘園を整理すると言われては、表立っては反対しにくい。
だが、あからさまに大公家の荘園を狙い撃ちにしては、チャールズの父が怒って当然だ。
それにジェームズは一つ考え違いをしている。
荘園というのは二重名義が多々ある。
下級貴族が持っている荘園はバックが弱いので地方の州長官は何かと潰そうとする。
なぜなら、州長官の最大の任務は、国の税収を増やすことだ。
それで、手っ取り早い方法が、荘園を潰して国の税金を掛けるようにする方法である。
それを防ぐために下級貴族の方も自分が保有する荘園を大公家や帝室の二重名義にすることで州長官に因縁をつけられないようにする。
下手に帝室や大公家の荘園に因縁をつけると皇帝や大公に睨まれ、二度と州長官等になれないからだ。
この方法で下級貴族は荘園を維持確保している。
だから、大公家の荘園を潰そうとすることは、下級貴族の荘園の多くも潰すことになる。
こうなると下級貴族の多くも大公家に味方する。
何しろ自分達の収入の多くを荘園に依存しているのが貴族の実態だ。
荘園が潰されては、収入源の大半を失ってしまう。
「わしは、何とかチャールズの父とジェームズを取り持とうとしたが、ジェームズが強硬でな。あれはわしの甥だから、何とか守りたかったが、チャールズの父がもう我慢ならんと激怒したのを抑えられくなってしまった。それで、わしは宰相を辞めて引退することにした。わしが宰相で唯一、ジェームズ寄りだったのにそれを失っては、ジェームズは国政を執り行えない。味方の宰相を補充しようにもチャールズの父が同意しないしな。どうにもならなくなってジェームズは退位せざるを得なくなったわけだ」
なるほど、私は得心した。
ということは、私がチャールズと婚約した裏事情も。
私は声を潜めて聞いた。
「つまり、私がチャールズと婚約したのは、本当のところは、それに対する大公家からの報酬ですか」
「まあな」
父も声を潜めて答えた。
政略結婚イコール不幸な結婚というのが漫画とかではお約束だが、史実を紐解くと政略結婚でも幸せな結婚生活を送った例は数多ある。
実際にこの世界の私とチャールズは原作と違い、実子に恵まれないこと以外は幸せな結婚生活を送っている。
まさか原作は漫画のお約束で政略結婚イコール不幸な結婚で描いたのではないか。
ともかく、今のこの世界で問題になるのは、アンのことだ。
「ここでアンをヘンリーと結婚させると、ジェームズ以下の帝室の面々は、わしが大公家側に完全に味方したと思うだろう。帝室の元一員としてそれはわしには耐えられん」
父は言った。
だが、私は父とは違う考えに至った。
「それなら尚更、ヘンリーとアンを結婚させましょう」
私は言った。
「何を言う。わしに帝室を完全に裏切れと言うのか」
父は慌てたように言った。
「最早、私とチャールズが結婚した以上、帝室の面々の多くが父や私を大公家側とみなしています。今更、帝室側に着こうとしても信用してもらえません。大公家側に着くべきです」
私は力説した。
父は唸った。
「しかし、ヘンリーはアンに求婚していないのだろう」
「私がヘンリーを説得して、ヘンリーをアンに求婚させて、アンとの結婚に持ち込みます」
父の質問に私は答えた。
私は原作の経緯を知っているからか、そもそも元皇帝ジェームズが気に食わない。
そのために色眼鏡で見ているのかもしれないが、私はチャールズのためにも、アンをヘンリーと結婚させるべきだと考えた。
そうすれば醜聞は大公家内の家庭内で収めることも出来る。
「お前がそこまで言うのなら、ヘンリーとアンとの結婚の件は、お前に任せる」
とうとう、父は私にヘンリーとアンとの結婚を一任してくれた。




