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エギルサーガ  作者: 胡椒姜
2章 春祭
9/27

1話 シグルト家の飲み会

あまり明るいといえない部屋の中で、三人の男が話し合っていた。

「それじゃあ、何をもって失敗したかこれだけ待ってもわからなかったということか」

 壮年の男が怒りを滲ませて、そう言う。

「申し訳ありません。率いていた副長も死に、生きて帰ったものたちは僅か。三百人以上も人員を裂いて、戻ってきたのが二十人にも満たなかったですから。さらに、帰ってきたものたちは一様に何に襲われたかわからない。何が起きたかもわからない。正体不明の何かに襲われ続けたと言うだけです」

 そう言って頭を下げる男は筋骨隆々としており、他の二人とは明らかに様子が違った。

「とりあえず、僕の手のものが調べても何も出てきませんでした。ただ一つを除いて」

 一番若い男が口を開く。言ってみろと壮年の男が言う。

「ただ一人、生存者が居たらしいです。記憶喪失ということですが、旅団員が生き残って嘘をついているのか、本物なのかもわからないらしいですが」

 壮年の男はそれに興味を示した様子だった。

「引き続き、調査は続けようと思います」

「それはまかせよう。ガルム、貴様は旅団員を集めまた何が起きても良いように準備をしておけ」

「わかりました」

 二人の男が居なくなった後、壮年の男は地図をにらみつける。

「高度な自治など認めてなるものか。我が領地、我が領土なのだからな」

 男がにらみつける村の名前はエギルと書かれていた。






春がやってきた。村が俄かに活気付く。畑では種まきが始まり、また土地を耕すための鍬などの修理が多くなった。鍬などを直し、農耕のルーンを刻んでシグルトは生計を立てていた。マグニの家から仕事を回してもらわなくても、徐々にだが仕事をもらえるようにもなっていた。

 毎日は充実していた。自警団で汗を流し、また鍛冶屋として働き、友達と酒を飲んで愚痴を言いあう。そんな毎日だった。

 今日もスクルディアとフレイア、マグニの三人とシグルトは飲んでいた。集まる場所も当然のようにシグルトの家だった。他に家族がいないから気軽に集まれるというのが理由だった。

 マグニが笑いながら酒を呷る。女二人も酒を飲みつつ、今年は豊作になればいいとか話をしていた。

「そう言えば、お父さんがシグルトの直してくれた鋏調子が良いって褒めてたよ」

「それは何よりだ。フレイアたちには世話になったからな」

「あーあ、いつか俺シグルトに仕事奪われるんじゃないかな」

 そう言ってうなだれるマグニ。フレイアがそんなわけないじゃないと笑う。

「そうよ。シグルトは確かにルーンを刻んだりする技術は凄いわ。それでも鋏や鍬としてだけの完成度ならあなたのほうがしっかりとしてるわ」

 はっきりと言われると少しショックだが、スクルディアの言うことは間違えていなかった。どうしても、マグニほど上手くは造れないのだ。

「俺が土台つくって、ルーンをシグルトにってやるのが確かに一番喜ばれてるんだよなぁ。親父はもう自分が死んでもシグルトがルーンやってくれるから安心だとか言いやがるしよー」

「いいじゃない。二人で仲良くやれば。もともとマグニは細かい作業嫌いなんだし、二人で一つみたいな感じでいいじゃない」

 フレイアは見るものがつられて笑いたくなるような温かい笑みでそう言う。マグニは「そうなんだけどよぉ」と答えるが、やっぱり不満そうだった。

「二人の分担が仲良くできていていいことじゃない。二人の得意分野が被ってお客を食べあうようなことがないんだから」

 スクルディアにまで言われても、まだマグニは少し不満気だった。

「確かにそのとおりなんだけどよ。自警団員としてはシグルトのほうが断然強いから俺のほうも何かもう一つくらいないと、寂しいんだぜ」

 マグニはプライドの問題なんだと笑う。

「お前は俺の面倒を色々と見てくれているだろう。俺が同じことできるかどうかわからん」

 本音だった。マグニはとにかく明るく騒がしい。そんなマグニにシグルトは人としての魅力を感じる。自分が記憶喪失の人間を拾っても同じようにできる自信は正直なかった。

「それに自警団としての腕前がどうだったって、日常生活じゃあ役に立たないぞ」

 シグルトが笑いながら言うと、そんなもんかとマグニもあっけらかん笑う。

「そろそろ、春の祭りね」

 春祭りはその年の豊作を願い、女が花の冠をつけて踊る祭りだった。

「面倒よねー。女は料理して踊るのに、男は歌って飲むだけ。羨ましい限りだわ」

 女を働かせて男は食べて飲むなんて、本当良い身分だとスクルディアは笑う。だが、その祭りの準備には男勢も走り回されるのだ。だが、女性はさらに直前まで働いた挙句年頃の娘は皆踊らされるという上を行く労働をするのだが。

「春の祭りかー。でも、私は秋の収穫祭で、男女で踊る方が嫌だなぁ」

 一方のフレイアは男女で踊る秋の収穫祭の方がよほど面倒で嫌だと言う。

「私は初めてだから、ちょっと楽しみなんだけどなぁ。いつも料理の手伝いを母さんにさせられるだけだったから」

 スルーズもそう言いながら酒を飲む。成人をしたこともあり、初めてドレスを着て踊ることを夢想しているようだ。

「スルーズは初めてだもねぇ。スルーズと同い年で有力株は、ケルズくらいかぁ」

「別に私はそんなのどうでも良いよ。ただ、母さんも着てたっていうドレスを着て、踊ってみたいだけ」

「そういうところは、普通の女の子なんだな」

 シグルトは微笑ましくなった。剣を持って、稽古をつけてほしいなんて言ってくるスルーズが、普通にお洒落なドレスを着て踊りたいというのだから。

「それは酷いですよ、シグルトさん。私だって、女の子なんですからね」

「無茶言うなよ。シグルトにいっつも稽古をつけてくれだのなんだの言ってて、こういう時だけ女の子面してもなぁ」

 うるさい。そう言いながら、スルーズは容赦なくマグニの背を蹴飛ばす。

「ほら、そういうことするからよ」

 まったくとスクルディアが笑う。スルーズも流石にやってしまったと少し赤くなり縮こまる。そういう仕草はお転婆な女の子といった風情で可愛らしい物だった。

「しかし、3人とも秋の祭りは引く手数多なんだろうな」

「スルーズはどうか知らんが、多いこと多いこと。兄弟分としては鼻を高くすりゃいいのかねぇ」

 マグニが素直にそう言うほどに、2人はもてているのだろう。

「私はそれが嫌なの。私は踊りたい人とだけ踊れれば、それで満足なんだから」

 そう言ってフレイアが膨れる。フレイアはおっとりとはしているが自己主張がないわけではない。その外見やフレイアの家は大農家ということもあり粉をかけてくる男が多くうんざりしているのだ。

「私もそれに同意するわ。フレイアほどじゃないけど、愛想を振りまくのも面倒だから」

 スルーズは2人のあんまりな感想を聞いて、少しうなだれる。

「考えたら、スクルディア姉さんも、フレイア姉も居るんだ。私の存在なんて、霞むんだろうなぁ」

「お前みたいなちんちくりん当然だろう」

 そう言って笑うマグニをシグルトは容赦なく殴る。記憶喪失のシグルトでもこれが良くないことであることくらいはやタスクわかる。

「スルーズにはスルーズの良さがある。大丈夫だ」

 そう言って、近くにある赤毛の髪を梳くように撫でてやる。マグニとは違いくせ毛ではないため柔らかく、なで心地は良かった。

「だと良いですけど。私はフレイア姉や、スクルディア姉さんみたいに胸もないし、ちんちくりんだし……」

 スルーズは自分が女らしくないことをわかっていて、コンプレックスにもなっているのだろう。特に二人の姉貴分が異性からもてている上に、スタイルも良い。それに比べると、歳のせいもあるのだろうが、スルーズは背も低く、胸もあるとは言いがたかった。

「シグルトさんは男としてどう思います?」

 口を尖らせて聞いてくるスルーズ。いつもと少し様子が違うが、女性にとってはそれほど気になることなのだろう。

「鹿肉とうさぎの肉の味は違うがどちらも美味しい。どちらが優れているって言うものでもないだろう」

 そう言って頭をポンポンと叩くと、またマグニが余計なことを言う。

「フレイアとスルーズなら鹿とうさぎってより、牛とうさぎだな」

 すねを無言でスクルディアに蹴飛ばされてマグニは悶絶する。自業自得というより他ないので、シグルトも当然のように無視をする。

「大丈夫よ。そのうち、伸びるわ」

 本当にそう思ってる。とスクルディアにスルーズが詰め寄る。スルーズの盃を覗き見るとまた空になっている。小柄なスルーズが飲むには既に少々多すぎる量を既に飲んでいた。先程から少々様子がおかしいのも酔っているのだろう。

 スクルディアとフレイアの胸に視線は釘付けだった。2人が同姓、妹分とはいえその視線に居心地を悪そうに身を翻そうとした瞬間だった。

「このっこのっ」

 大声を張り上げ、いきなりスルーズはスクルディアの胸を服の上から鷲掴みにした。

「きゃっ、ちょ、ちょっとスルーズなにするのよっ」

 スルーズを振り払おうとするスクルディア。しかし、スルーズはまったく無視してこれでもかといわんばかしにスクルディアの胸をがっちりと両手で揉むというより、鷲掴みにする。

「なんでこんなに差があるのさっ。私だって頑張ってるのに。なにがフレイアより小さいだよ。十分あるじゃないかっ」

「ちょ、やめて。スルーズ。痛い、本当に痛いって。もげちゃうっ」

 揉みながら怒るスルーズ。本当に痛いのか悲鳴を上げて身動ぎするスクルディア。フレイアが2人を引き離そうとした時、男性陣2人がその様子を凝視しているのに気づく。

「そこの2人、回れ右。いくら仲良くてもスクルディアは嫁入り前なんだから、凝視したりしちゃ駄目。そしてスルーズもやめなさいっ」

 マグニとシグルトはフレイアに渇を入れられ、ようやくスクルディアとスルーズから目を離し、慌てて背を向ける。シグルトは凝視してしまいバツが悪くなり隣のマグニを見やると、マグニはケラケラと笑っている。本当にこいつはと軽い溜息とともに笑みが漏れる。

「ほら、スルーズもやめなさい」

 フレイアがスルーズを引き離そうとした瞬間、スルーズは標的を変えてフレイアに襲い掛かった。

「こんな胸があるから悪いんだ。こんなのがあるから、私のが小さくなるんだっ。富があるから貧しいものが生まれるんだっこんな胸もいでやるっ」

 フレイアが声を上げる。マグニとシグルトは見えないが、どんな状況になってるか想像はできてしまう。結局、スルーズがスクルディアとフローラの2人がかりで押さえつけられるまで、それは続いたのだった。

「あー、うん。うちの妹が悪かった」

 スルーズは酒を飲んで動いたせいもあって、今は眠っていた。皆やれやれと苦笑する。

「お酒を飲んだスルーズの前で胸とかの話はご法度ね」

 スクルディアはげんなりしていた。女性陣2人はたまに痛かったと胸を擦るこのまま、この話が続くのは良くないとシグルトは思って、話題を変えることにすることにした。

「それにしても、祭りが楽しみだ。俺は何かを手伝ったり、準備したりしなくて良いのか?」

 シグルトが話題を変えると、スクルディアもそれに乗ってくれる。

「大丈夫よ。本当に村の皆で豊作を願って歌って飲んで踊る。それだけの祭りよ」

男1人のシグルトに誰も最初から期待していないとスクルディアは笑う。シグルトもそんなものかと笑う。

「まぁ、気になるなら適当になんか捕まえて肉でももっていけばいいさ」

 マグニがそうアドバイスをしてくれる。特にテュールが兎の肉が好きだと教えてくれた。

 その後も皆酒を飲んで、フレイアとマグニも眠ってしまったのだ。シグルトは3人が冷えないようにと暖炉に薪をくべる。

「やっぱり夜はまだ、冷えるわね」

「そうだな」

 そう言って、スクルディとシグルトはまだ酒を飲む。つぶれた3人ほどではないが、明らかに互いが酔っているのがわかった。スクルディアが新たに杯に酒を注いでくれる。

「この家に住んで、何か思い出したりはしていないの?」

 スクルディアが新たに杯に酒を注ぎながら、そう訊ねてきた。シグルトは記憶のことをあまり考えないようにしていた。考えても何も出てこず、出てこない自分の記憶の闇と空白に焦燥と絶望を覚えるだけだったから。だから、それから救ってくれる友人たちに深い感謝をしていた。

「何も。何一つ、思い出せない」

 シグルトが力なく首を振ると、スクルディアが悲しげに笑う。

「やっぱり、そう簡単にはいかないわよね」

 そう言ってから、優しくシグルトに笑いかけてくれる。

「大丈夫。記憶がなくても、今がある。私たちがいるわ。だから、1人で絶望しないで。1人で悲しまないでちょうだい。寂しいのは、悲しいのは恥ずかしいことじゃないわ」

 シグルトの胸が詰まる。優しい友人たち。いつも、いつも遊びに来てくれる4人の友たち。

「いつも、4人で仲がいいんだな」

記憶がないシグルトには、羨ましい限りだった。本当に仲の良さそうな4人。自分にもそんな人間がいたのだろうかとシグルトは酒の入った頭でぼんやりと考える。しかし、そのときスクルディアは悲しげな表情を浮かべていた。シグルトは今居るかいないかさえわからない人間のことを考えるのはやめて、目の前の友人に注意を向ける。

「いいえ、5人だったの。もう1人、居たのよ。前に、この家に住んでいたのよ。もう、二度と戻らないわ」

 酔っていたのだろう。スクルディアは言ってから、しまったというような顔をした。

「そうなのか」

 ジギスムント。以前この家に住んでいたという男のことなのだろう。シグルトは、それには触れないことにした。あまり、触れないほうが良いと思ったのだ。

「俺なんかが住んで、良かったのか」

「いいのよ。あなたが住んで、あなた以外住む人なんていないわ」

 悲しげなスクルディア。シグルトは何とかスクルディアを元気付けたかった。だから、何かを言おうとしたのに、結局気の効いた言葉など何も出てこなかった。自分への苛立ちを沈めるために、杯に残っていた酒を呷る。口の中に酒の甘い味が広がる。

「3人には、言わないでね」

 ひとしきりの沈黙の後、スクルディアが静かにそう言ってきた。シグルトはそれに、黙って頷く。スクルディアがそう望むのなら、それでいい。そう思った。どう考えても明るい話題にはなりそうにはないから。

 そして、その後も2人は酔いつぶれるまで、静かに飲み続けるのだった。

 二度と戻らない。その意味を尋ねるのはあまりにも愚かで、無粋だった。いくら酔っていても、その程度の分別はあった。

2章です。少し遅くなったのでこれからしばらく急いで投稿していきます。

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