5話 村人シグルト
怪我をしているシグルトとマグニの2人は仲良くスクルディアの家に連行されていく。
「随分派手に殴られたわね。マグニ」
ハンカチと言うよりかはボロ布といったほうがいいそれで腫れた顔を拭かれ、マグニは恥ずかしいと文句を言う。だがスクルディアは意に介さず血を拭う。
「シグルトはシグルトで、動きすぎで傷が少し開いてるわ」
マグニの攻撃は一度も直撃しなかった。しかし、かすった大上段の一撃や、肩の後ろなど力が入り動きが激しくなった部分の傷口が少し開いたようで、血が滲んでいた。
「まったく、無理をして。というか、させられて……」
「仕方ないだろう。村の強硬派を抑えるには、これくらいしなくちゃいけなかったんだし」
マグニはそう言ってため息を吐く。
「なぁ、マグニ。もしも俺がお前より弱かったら、お前は俺を殺したか?」
「きっとな。わざと殺したりはしないが、俺が負けてやるようなことは絶対にしない。戦いの神を汚し、貶めることになる。大体にして、そんなことをしてもいずればれる」
それは、翻せば今回は真剣に戦ってくれたということ。そして、シグルトを誰よりも盗賊なんかじゃないと、信じてくれたということだろう。
「にしても、まさか接近戦になった時点で俺が押し切れると思ったのになぁ。突破口になるどころか、逆にされちまうなんて……」
「あの時、体が勝手に動いていた。気がつけば、膝蹴りを叩き込んでたんだ」
「体は覚えてるってことか」
そう言ってマグニは笑う。笑った時、口が痛かったのだろう、顔を少し顰める。
「シグルト、これで君は晴れて自由だ。手枷はもう必要ない。君が望めば、この村を出ても良い。望むなら、この村に住んでも良い。春までの仮の住まいとするのすら自由だ」
エイルがマグニの怪我を見ながら、シグルトに選べる道を教えてくれる。
「君は、その権利を勝ち取った。村一番の槍の名手であるマグニを倒して」
シグルトは正直、どうするべきかは決めかねていた。どうするべきかわからなかったから。
「シグルト、最初に言っておくわ。あなたが村の迷惑、と言うことを考えているのなら気にする必要はないわ」
あなたは権利を勝ち取ったのだから。穏やかな笑顔でスクルディアはそう言ってくれる。
「あなたがここを去らなければならない理由は、何ひとつないわ。後はあなたがどうしたいか。それだけよ。そして、私達はあなたが隣人になってくれると嬉しいわ」
スクルディアたちは、歓迎する。歓迎したいと言ってくれる。
「この村にいて、楽しいと思えば長居し、永住すればいい。逆に嫌になったなら、出てけばいい。それくらいで考えればいいって」
そう言ってマグニも傷に触れないように笑う。深く考えず、とりあえず嫌になるまで居ろと。シグルトは感謝をして、そうだな。と笑顔で返事をする。
「まぁ、これからもよろしく頼むぜ。シグルト」
「こちらこそ、よろしく頼む。マグニ」
そう言ってマグニと固い握手を交わす。それは互いに口にすることはないが、戦い、信頼した間での堅い友情に結ばれたものだった。
そして、それと同時に扉が叩かれ人が入ってくる。
「やっほ。スクルディア」
フレイアだった。フレイアは一人の少女を連れていた。長い赤い髪が綺麗で特徴的な少女だった。黒い帽子で少し顔を隠すようにしてちらちらとこっちを伺っている。
「あら、フレイアとスルーズじゃない。いらっしゃい」
少女はスルーズというようだった。歳はフレイアよりさらに下なようで成人直前か直後の12,3歳に見えた。
「おう、スルーズ来たのか」
マグニとも知り合いなようで、マグニは気軽に話しかける。
「まぁね。一応兄貴が怪我をしたんだ、様子くらいは見に来るさ」
スルーズが発した兄、という単語にシグルトは驚く。
「あ、兄?じゃあ、スルーズちゃんは、マグニの?」
「あ、はい。私はこの愚兄の妹になります。あと、シグルトさん。私のことは呼び捨てで良いですよ」
愚兄って、とマグニが若干へこんでいた。だが、スルーズはまったく気にも留めてない様子だった。
「あぁ、そう言えば知らなかったのね。スルーズはマグニの妹よ。マグニと同じで元気な跳ね返り。けど、マグニほど酷くないわ。愛嬌ね、スルーズのは」
「スクルディア姉さん、それ十分酷いって」
跳ね返りと言われているようだが、可愛らしい少女だった。体はスクルディアやフレイアと比べて歳のせいもあるのか小柄であるが、元気はよさそうだった。
しっかりしていて長女とも言えるスクルディアと、どこかおっとりとした次女フレイアに、元気で活発な三女スルーズと、仲の良い三姉妹といった風情だった。
「シグルトさん、今日の戦い凄かったです。おめでとうございます」
そう言って、スルーズは祝福してくれる。真っ直ぐで純粋な笑い。シグルトもありがとう。と自然な笑顔で返す。
「お前、一応兄が負けてるんだぞ……」
マグニが慰めるなり、もっと心配するなりしろと言うようにそう口にする。
「兄貴も頑張ったてよ、うん。互いに真剣でやるっていうのを宣言して、神にすら口をはさませないって言った時までは輝いてた」
「マグニは全力だったんでしょ?」
フレイアがマグニに問うと、当たり前だとマグニは答える。
「神にすら捧げる神聖な戦いの手を抜けるか。俺は全力で挑んで、その結果敗北した。俺は俺の戦いに誇りを持って戦った」
「まぁ、兄貴が手を抜いてないのはわかったよ。それでも、シグルトさんの方が強かった。村一番の槍の名手、今村で一、二を争う兄貴を病み上がりで倒しちゃうんだから」
妹だけあって、マグニの痛いところを何の遠慮もなくずばずばと切って捨てていく。マグニの心の傷が大丈夫か、シグルトは僅かに心配になる。
「本当に、言いたい放題言いやがって」
それでも言い返せないのは、痛いところを突かれているからなのだろう。マグニはそれ以上何も言わない。ただ、無言で妹を拗ねたように見つめるだけだった。
「今度シグルトさん、是非とも私とも立ち会ってください。私も兄ほどじゃないですけど、腕には自信があるんです」
そうスルーズが言ってきたのだ。シグルトは目を丸くする。
「あ、もちろん真剣じゃなくてカバーは付けてくださいね。胸を貸していただきたいんです。より大きく高い壁にぶつかりたいんです」
シグルトが驚いている理由を少女は何ひとつ理解していなかった様子だった。シグルトがなんと答えたものかと悩んでいると、フレイアが笑いながら教えてくれる。
「スルーズはね、お父さんと亡くなられた叔父様を尊敬なさっているの。それで、剣の訓練をしているんだよ。並みの自警団員なら叩きのめせるくらいに強いんだ」
フレイアに教えられて、シグルトは驚く。会話の流れからまさか、とは思った。しかし、まさか本当にスルーズが剣を持って戦ったりするとは思ってなかった。
「テュールさんも尊敬してるぜ、フレイア姉。私は強く、そしてその力に驕らない人は尊敬すべきだと思ってるだけだ」
「マグニは?」
マグニは槍の名手だ。さらに力に驕っているようにも見えない。
「兄貴ですか?確かに強いですけど、尊敬はちょっと違いますよ」
はっきり言われて、マグニは少し面白くなさそうだった。だが、シグルトにとってもマグニは尊敬とはまた違う、もっと親しみやすい何かであったため、スルーズのあまりな返答に苦笑をもって返事をする。
「よし、マグニ。大きな怪我はないようだ。口の中を切ってはいるが、それくらいだ。しばらく食べ物を食べると沁みるだろうけどね」
げぇ、とマグニはうめく。口はだいぶ派手に切れているようだった。
「さぁ、次はシグルトだ。シグルトの場合は傷口が開いたんだから、時間がかかる。今日のところは皆帰りなさい」
医者であるエイルにそう言われ、皆は席を立つ。
「じゃあな、シグルト。スクルディア。今度ゆっくり飲もうぜ」
「相変わらず食って飲むことばっか。シグルトさんゆっくり休んでください。そして、改めてようこそエギルの村へ」
「ばいばい。スルーズに言われちゃったけど、私たちは歓迎するよシグルト。また皆でご飯食べようね」
三人が家を出て行く。賑やかな三人がいなくなったせいか、唐突に静になった気がした。
「さて、それじゃあ上着を脱いでもらおうか」
シグルトは今後どうするか、傷の手当を受けながらゆっくりと考えるのだった。