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エギルサーガ  作者: 胡椒姜
1章 忘却者の目覚め
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4話 決闘

晴れているが、それが逆に寒々しくも見える日にエイルがテュールと共にやってきた。

「シグルト、君には戦ってもらう」

 そう告げられた。シグルトは驚く。スクルディアもなにも聞かされていなかったのかひどく狼狽していた。

「そんな、誰と戦わせるつもりなんですか」

 スクルディアがテュールに詰め寄ると、テュールはため息交じりに答える。

「マグニとだ」

 マグニ、というのに驚く。あの後も何度となく訪れてはくだらない話などをしていた。スクルディアに次ぐ、この村で親愛を覚える相手と言って良い相手だ。

「マグニとですって。マグニは村で一番の槍の名手ですよ。シグルトは怪我も治りきっていないし、体も動かしていないんですよ。そんな状況で戦えだなんて……」

「すまない、スクルディア。決まったことなんだ」

 エイルも快く応じたわけではないようで、下がった眉根からは苦渋がにじみ出ていた。

「マグニにするか、ブールにするか、最後まで互いに揉めた」

 テュールが言うには、シグルトを目の敵にしているとマグニはブールを糾弾していた。そして、ブールもマグニをシグルトと仲良くしている、篭絡されているとして糾弾していたらしい。

「いつ、戦うことになるんですか」

 シグルトが問うと、エイルは今からだと答える。

「そんなっ。無理です。無茶ですっ」

 懸命に叫び、かばおうとしてくれるスクルディアをそっとシグルトは押し止める。これ以上は無駄だろうし、スクルディアの立場を悪くする恐れすらある。恩人をそんな窮地に立たすようなことはしたくなかった。

「僕は、戦えばいいんですね」

 戦い方など、シグルトは覚えていなかった。知っていたかどうかすら、わからない。だが、それでも自分は戦わなければならないのだ。

「何故戦うのかを問うのは、抜けているでしょうか」

 自分を試したがっている。それ以外にはないだろうということはわかっていた。それでも、聞きたかった。

「シグルト、君の剣には大量の血脂が付着していた。つまり、その剣が君のものであるのなら、君はかなりの実力者だったということになる。それと同時に、村の敵を倒してくれたことになるんだ。それに、戦いの神に君の事を問うこともできる」

 わかっていたが、戦いからは逃げることはできそうになかった。それに、それから逃げるくらいなら死んでしまったほうがおそらくましだ、という思いもシグルトの中にあった。記憶を失いなにもないまま逃げ出すなど、野垂れ死にの未来以外は思い浮かばない。

「剣は、使わせてもらえるんですよね」

 テュールは無論だと答える。

「ただ、互いの武器には厚手の皮の布で刃を覆ってもらう」

 殺し合いまでをさせる気はないようだった。シグルトがわかりました。と頷くと、刃に皮のカバーがかけられた剣を渡される。重いとは思わなかった。手に吸い付くような感触。懐かしいとかとは残念なことに思えなかったが、扱えないわけではなさそうだ。

「行こう。マグニが待っている」

 感触を確かめていると、テュールに急かされる。シグルトとしてはもう少し、感覚を確かめたかったが、頷き歩き出す。

「シグルト、皮の手袋です。素手では危ないでしょうから」

 そう言って、スクルディアが牛皮でできた手袋を渡してくれる。

「ありがとう。スクルディア」

 丈夫そうな手袋だった。シグルトはそれを手にはめると、それは意外なほどぴったりと手にはまった。そして、シグルトは罪人のように連れられ、マグニが待つ戦いの場へと赴くのだった。




 広場には多くの人が集まっていた。厳正なる監視の下での戦いということなのだろう。

「よぉ、シグルト。悪いな、こうなっちまった」

 肩に槍を担いで、まるで間違えて食事を食べてしまったのを謝るかのような気軽さでマグニは笑った。シグルトはそんなマグニに苦笑する。

「そうか、こうなっちまったか」

 マグニと戦う。戦わねばならないのだ。戦えるかどうかわからないのに、村一番の槍の名手であるマグニに勝たねばならないのだ。勝てる道理などないのだから、恐怖で震えるかと思った。身が竦むほど恐怖をするかと思った。しかし、シグルトにそんな感情は浮かばなかった。シグルトにとってはそのことこそが、まさに悲しかった。

「怖かったりはしてるか」

「残念だが、怖くない」

 それこそが、悲しい。そう心の中で付け加える。生への執着が、記憶がない分薄いのだろう。何かのため、という気概はなく、ただ死なないために戦うことになるのだろう。だが、何故死にたくないかというのも、よくわからないという体たらくだ。

「それなりに強いんだけなぁ、俺」

 そんなシグルトの心情を理解してるのかしてないのか、そうマグニは洩らす。

「大丈夫だ、相手が強いか弱いかは関係ない」

 苦笑しながら答えてやると、ならいっか。と答えるあたり、やはり友人として傍らにいてくれる分には非常に心地よい存在だった。

「おしゃべりはそこまでだ」

 テュールが静にマグニを制する。マグニは口を閉じ、無言のまま構える。シグルトも、それに倣い剣を構える。シグルトは冷たい空気がいっそう冷えたように感じられた。

「真剣勝負のはずなのに、何故カバーをしてるのですか」

 静まり返り試合が始まる。そう思った時にどこかから声がした。それは大きな声だったわけではないが、広場に響いた。

「神に捧げるための戦いなら、神に信を問う戦いであるならば、命を懸けるべきではないのか」

 ざわめきが大きくなる。同調する声が多かった。テュールが静まれと大声を上げる。

「この戦いは、こうすると村の決議で決まった。文句があるものは前に出よ」

 大喝。それで静まったが、集まった人々に不満があるのは目に見えた。

「カバーを、外してもらえませんか」

 シグルトは少し自棄になっていた。負ければ追放や処刑の可能性が高いことはわかっていた。勝ってもけちがつくようなことになれば、意味はない。ならば、負けた時にはマグニに首をはねてもらうか、突き殺されるかしたほうが幾分マシだ。

「何を……」

 テュールがダメだ、と否定の言葉を口にするより先に声が響く。

「受けたっ」

 マグニの声。テュールが止めようとしたのにもかかわらず、当人であるマグニが案を受け、穂先にかけられていた皮のカバーを勢いよく外してしまう。 

「この試合は命すらを賭けた、神に捧げるべく神聖な戦い。その勝敗、その結果は神以外に、いやっ、神にすら文句を言わせはしないっ」

 こちらの意を汲んでくれたようだった。シグルトも剣のカバーを力強く外し、地に叩きつける。

「すまないな、マグニ」

「謝るんじゃねぇよ」

「なら、ありがたいと言わせてもらうっ」

 見物人たちが歓声を上げる。テュールは最早止めようがなくなったのを理解したのか、仕方がないと開始の宣言をする。



 マグニは最初から手加減などをしてくれる気はなかったようだった。鋭い突きがシグルトの腹を狙ってくる。シグルトはそれを流れるようにかわしながら剣を横薙ぎに振るう。マグニもまたそれをかわし、突きを連続で放ってくる。

「おらおらおらっ」

 シグルトはかわしきれず、剣でさばく。だが、体が自然に動きただの一度も槍は体に辿り着くことはなかった。

「っらぁぁ」

 突きだけでは埒が明かないと見たのか、薙ぎ払いも入る。その一撃一撃は重たく、シグルトの腕に響く。だが、マグニの動きは捉えられないほどではなかった。その事実にシグルトは驚く。決して余裕があるわけでもなんでもなかったが、どうしようもないというわけでもなかった。

 鋭い突きがシグルトの頭部すれすれを通り、髪を数本巻き込む。瞬間の隙、シグルトは前進し間合いを一気に詰める。そこはもう、槍の間合いではなく剣の間合い。反撃のチャンスだった。袈裟切りに剣を振るうと、マグニはそれをぎりぎり回避する。シグルトが前進すると同時に後ろに跳んでいたのだ。しかし、大きくは下がれず、依然間合いは剣の間合いだった。シグルトは前進しながら裂帛の気合と共に斬りかかる。攻守は逆転したが、マグニもまた、先ほどのシグルトと同じように攻撃を受け止め続けていた。

 シグルトは防御を強引にでも打ち崩すために大上段の一撃を繰り出す。

「待ってたぜ、それを」

 マグニが先ほどシグルトがしたのと同じように前進してくる。剣でも槍でもない間合いに入ろうとしていた。瞬間、シグルトの体は勝手に動いた。まるで、マグニの動きに合わせるようにシグルトも無理矢理前進をし、腹部に強烈な膝蹴りを叩き込む。マグニはシグルトが反応できないと思っていたのだろう。予想外だった衝撃にダメージを隠せず咳き込む。

 シグルトはそのまま剣を片手に持ち替え、拳を握り締め、固めてマグニの顔面に向かって突き出す。顔面を殴りつけたダメージが皮手越しに伝わってくる。皮手をしてなければ拳を痛めたかもしれない。シグルトは更にきつく拳を握りしめ、もう一度側頭部を思いっきり殴りつけてやる。

 それをマグニは受けて、倒れることなく立っていた。口から血を吐き出しながら、石突でシグルトの顎を目指し切り上げてくる。至近距離の一撃、受け止めようにも剣は片手持ちをしてしまっていて、とてもマグニの力を受け止められはしない。シグルトは急所だけはと腕を折りたたんで防御の体制に入る。しかし、マグニの槍は胸すれすれを通って流れる。マグニは歯を食いしばっているが、膝が笑っていた。だから、踏ん張りが利かず流れてしまったのだろう。シグルトはそんなマグニに蹴りを浴びせるが、マグニはそれを槍で受け止めながら、震える膝で下がる。

「まさか、接近戦にあんなに鮮やかに切り替えられるなんて思ってなかったぜ」

 口から血を吐き捨てながら、マグニが笑う。

「俺自身、驚いた。まさか、体があんなに動くなんてな」

「手前が驚いていたら、世話ねぇよ」

 マグニが軽く笑って、槍を構える。距離は僅かに離れた。もう拳も足も届かない。再び命削る剣と槍の間合いだった。シグルトも剣を構え、ぶつかる。

「おおおぉぉぉおおっ」

 マグニの槍は早かった。しかし、それだけだった。まだ、足の踏ん張りが利いていないのだろう。シグルトはそれを受け流しながら前に出る。マグニも自身の槍が軽いのはわかっているのだろう。しかし、後ろに下がったりして逃げたくとも、足が利かないのだからどうしようもない。

距離はどんどん詰まっていく。マグニは攻撃しながら少しずつ、少しずつ下がる。だが、下がる距離が少なすぎる。シグルトが前進するスピードの方が遥かに速かった。

もう後一歩というところまでシグルトがやってきた刹那、大上段からの打ち下ろし。破壊力が足りないから、槍の重さを使ったのだろう。もし、体で受けたらシグルトはその一撃で重傷を負うことになる。マグニの全身全霊最後の一撃だった。

 振り下ろされる槍。シグルトは剣で受けることはしなかった。剣で受け止めて、勢いを殺しきれる自信がなかったのだ。全力で左前方に身を低くして跳ぶ。マグニの槍の一撃は僅かに肩から背をかすり、地に叩きつけられる。シグルトはその隙を見逃さず、剣を突きつける。その気になれば、マグニの体を刺し貫くことができるように。

「勝負あり」

 テュールのその声でシグルトは剣を、マグニは槍を手放し、座り込む。

「勝者シグルト。我々の神はシグルトが村に迎えることに問題はないとされた」

 テュールが大声で村の人間に向かって叫ぶ。

「マグニが、最強の戦士の息子が負けた……」

 驚きが辺りを包んでいた。それくらい、マグニの敗北はないと村人は信じていたのだろう。

「マグニ、手加減をしたりしたんじゃ……」

 誰が言ったかわからないその声に、マグニは立ち上がる。切って、今だ止まらない血と共に大声を張り上げる。

「最初に言ったとおり、この戦いは神に捧げし戦い。手加減なんてもってのほかだ。その言は二人の戦士と神すらをも侮辱するものだ」

 テュールもそれに頷く。

「異議があるものなど、この村にいないはず。両者は戦いをさらに神聖なものにするためにまさしく命を懸けて戦った。この結果に異議を申し立てるなど、許されぬと知れっ」

 テュールの大喝。それで今度こそ静まる。それ以上文句を差し挟めるものなどなく、その場は解散となるのだった。


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